【#ふぁぼされた数だけ自分の好きなCDアルバムを紹介する】21〜30

【#ふぁぼされた数だけ自分の好きなCDアルバムを紹介する】21〜30

ツイッター上の↑タグにのって軽い気持ちで紹介を始めたら思いのほか長くなってしまいました。そのまま流すのも勿体ないのでここにまとめておくことにします。


《目次》


21:PINK FLOYD『Wish You Were Here』
22:近田春夫『電撃的東京』
23:VOIVOD『Killing Technology』
24:OPETH『Ghost Reveries』
25:Sam Cooke『One Night Stand! Live at The Harlem Square Club』
26:ちあきなおみ『百花繚乱』
27:THE DOORS『Strange Days』
28:人間椅子黄金の夜明け
29:DARK TRANQUILLITY『We Are The Void』
30:MASSIVE ATTACK『Protection』

 

 

 


21:PINK FLOYD『Wish You Were Here』

 

 

Wish You Were Here [Discovery Edition] by Pink Floyd (2011)

Wish You Were Here [Discovery Edition] by Pink Floyd (2011)

 

 

 

大ヒット作『狂気』で全てを吐き出した後、難産を経て作られたアルバム。英国ブルースロックの薫り高い音遣い感覚を最高度に熟成された形で味わえる一枚で、メロウながら安易に泣き崩れない渋い叙情が素晴らしい。大傑作です。

シド・バレット脱退後のPINK FLOYDは、バレットが作り上げた神秘的なイメージを受け継ぎつつ、長尺の構成で深いニュアンス表現をするスタイルに移行していきました。
(短編集でなく長編小説を描くようになった感じ)
そうした“発展的な”スタイルは、同時期に台頭してきたバンド達とあわせて「プログレッシヴ・ロック」と呼ばれ、ロックシーンにおける「優れた技術・楽理を援用した高度な楽曲構築」「様々な音楽要素の積極的な吸収・融合」などの傾向を生みました。
そうした「プログレッシヴ・ロック」のバンドにはテクニカルな演奏&複雑な曲構成を過剰に志向するものも少なからずありましたが、このPINK FLOYDにはそういう傾向は一切なく(技術的制約もあって)、シンプルながら非常によく練られた“楽曲の良さ”で勝負するスタイルを貫いていました。
1973年の『The Dark Side of The Moon』(邦題:狂気)はそれが最も成功した大傑作で、アルバム1枚43分の長さを「全部で1曲」として繋げた上で徹底的に快適に聴き通せる構成にしています。全世界で5000万枚を超えるという売上はそうしたわかりやすさの賜物でしょう。

PINK FLOYDの長尺曲がこれほど聴きやすく高い没入感を生むものになっているのは、作編曲における卓越した構成力はもちろん、バンドの(技術的には頼りないが)優れた演奏表現力による所が大きいです。
名曲「Echoes」はその好例ですね。
https://m.youtube.com/watch?v=NtyOisjwvD8
まず、音色・音響センスの良さ。キーボード担当のリチャード・ライトは技術的に優れたプレイヤーでなく派手なソロも弾きませんが、「Echoes」の最初の一音はこの長尺曲以外では聴けない深く壮大な雰囲気を一発で形作ってしまいます。こうした音選びのセンスがなければこの雰囲気は絶対に生まれません。
これは他メンバーも同様で、「無闇に弾きまくるのではなく磨き抜かれた音色のみを配置することでニュアンス表現の密度を高く保つ」ことが常にできているのです。『狂気』収録の名曲「The Great Gig In The Sky」(ボーカルはゲスト)はそうした表現力があってこそのものでしょう。
https://m.youtube.com/watch?v=T13se_2A7c8
また、アンサンブルの独特の質感も固有の雰囲気表現に大きく貢献しています。一音一音をタイトに刻むのでなくのっぺり引き伸ばしながらなんとなく繋がっていくようなグルーヴは「のびきったソバが汁気をたっぷり吸った状態で絡みついている」感じのものですが、これが長尺の曲構成には実によく合います。
普通のコンパクトな歌モノの4倍くらい“気の長い”時間感覚で流れる長尺曲には、一瞬一瞬ガッツリ締まるタイプの緊張感ある演奏よりも、あまりテンションが上下せずなんとなくダラダラ流れていくタイプの演奏の方がよく合うのです。PINK FLOYDのグルーヴは後者で、実に良い味を出しています。

本作『Wish You Were Here』(邦題:炎〜あなたがここにいてほしい)は、そうしたグルーヴ感覚やテンション展開が特に美味しい形で纏められた大傑作です。他の代表作のような野心や勢いは前面に出ていませんが、内省しつつくよくよしすぎない感じの雰囲気が実に好ましい。浸れます。
PINK FLOYDは(The OrbやKLFに影響を与えたこともあってか)「アンビエント」という形容をされることもあるようですが、明確な展開のある作編曲はそうしたもの一般とは異なります。本作の芯になる名曲「Shine On You Crazy Diamond」はその好例でしょう。
https://m.youtube.com/watch?v=R0sw2CgysWY
PINK FLOYDの音遣いの芯になっているのは「英国ブルースロック」です。ブルースの乾いた粘り気をクラシック音楽などの水気で程よく溶かした(ジミヘンあたりの系譜にもある)音遣い感覚。PINK FLOYDは、音楽史上でも屈指といえるこの旨味を最高度に熟成したバンドの一つなのです。
その最大の原動力となっているのがデヴィッド・ギルモアのギターです。ブルースマイナーペンタトニックとハーモニックマイナーの美味しい所を最も良い按配で使い分けるリードはフレーズも音色も最高。先掲「Shine On You Crazy Diamond」ではそれをひたすら堪能できます。
そうしたフレージングは、常にメロウで艶やかな“泣き”の表現をしながらも安易に“解決”して“泣いて済ます”ことがなく、渋く穏やかな潤いを保ち続けます。「Shine〜」は廃人となったバレットへの想いがモチーフなのですが、そこに過剰な感情の動きはなく、“淡々と悼む”ような趣があります。
もう終わったことであり、今さらセンチメンタルになりすぎはしない。“泣いて気持ちよくなる”ために掘り起こすような嫌らしいこともない。しかし、忘れられない大事なものとして常に頭の片隅に在り続ける。諦観と追憶、少し乾いているがふいに胸を焦がす…という趣の渋い情感にしみじみ酔わされます。
今の自分はPINK FLOYDを頻繁には聴きませんが、先述のような「英国ブルースロック」の味わいは音楽を意識的に聴き始めた頃に最も強く染みたもので、今でも最大のツボの一つです。そのツボの開発に最も大きく影響したのがこのバンドで、やはりそれなりの思い入れがあるのかもしれません。
本作は、そうした「英国ロック」のエッセンスを最も良いバランスで体現するものの一つだと思います。聴き手の感情を揺らしすぎず、メロウにこびりつく音遣いで渋い叙情に浸らせてくれる。何度でも繰り返し聴き続けられる極上の美酒ですね。プログレに抵抗感のある人もぜひ聴いてみてほしい大傑作です。

 

 

 

22:近田春夫『電撃的東京』

 

 

電撃的東京

電撃的東京

 

 

 

1978年発表。歌謡曲の名曲をグラムロック/パンク風にアレンジしたカバー集なのですが、出来上がったサウンドは後のNWOBHMに酷似しています。内容の良さは勿論、同時代の音楽シーンの変遷を考えるにあたっても非常に興味深い資料。大傑作です。

近田春夫は常に時代の1歩先を行く優れた音楽家/評論家で、内田裕也系ロックンロールやニューウェーブ、ヒップホップやゴアトランスといった音楽の(再)評価〜導入を積極的に進める活動で日本の音楽シーンに(裏から)大きな影響を与えてきました。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E7%94%B0%E6%98%A5%E5%A4%AB
そうした音楽活動と並行して行われてきた音楽評論は優れたものばかりで、『POPEYE』で連載していた「THE 歌謡曲」や『週刊文春』連載の「考えるヒット」などは膨大な知識と卓越した文章力に裏打ちされた充実の仕事になっています。
https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/416354660X/ref=mp_s_a_1_2?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&qid=1499253065&sr=8-2&pi=AC_SX236_SY340_QL65&keywords=%E8%BF%91%E7%94%B0%E6%98%A5%E5%A4%AB+%E6%AD%8C%E8%AC%A1%E6%9B%B2&dpPl=1&dpID=51K9HA0X0HL&ref=plSrch
この『電撃的東京』はその「THE 歌謡曲」での評論を実演した大傑作で、筒美京平や津倉俊一、加瀬邦彦、川口真といった名作曲家の作品が取り上げられています。
原曲(森進一)
https://m.youtube.com/watch?v=sCN2Y2fWBV4
電撃的東京版
https://m.youtube.com/watch?list=PLvCF2fagbOTytXmLS6lQwMmmmNS6aSJQ0&v=6okdy9dFS2g

それで興味深いのが本作のサウンド。「SEX PISTOLSを激しくした風になった」という仕上がりは、卓越した演奏表現力もあってかパンクというより高速ハードロック、もっというなら80年代頭のNWOBHMNew Wave of British Heavy Metal)に近いのです。
その最高の実例が冒頭を飾る「ついておいで」。異常に艶やかなギターが滑らかに殴りかかるイントロからの流れはIRON MAIDENの疾走曲やANGEL WITCHの同曲に通じるものが非常に多いです。こうしたサウンドがHR/HMシーンとは全く異なる場所から現れたのは非常に興味深いです。
この『電撃的東京』を初期パンクとNWOBHM(パンクの荒い質感や勢いを取り込んだメタル)の間においてみると色々納得いくものがありますね。
SEX PISTOLS
https://m.youtube.com/watch?v=yqrAPOZxgzU
IRON MAIDEN
https://m.youtube.com/watch?v=E8gsH--0RzA
その意味では本作は最高のメタルパンクと言えますし(いわゆるクサレメタルのファンは必聴)、英国ロックと日本の歌謡曲の音遣い感覚の共通点とか、「パンクとメタルが(対立していると言われながらも)音楽的に非常に近い所にいる」ことを考えるにあたっての非常に良い資料でもあります。お薦めです。

ちなみにSEX PISTOLSの1stは非常に面白い作品で、分厚く固い音作りは後のメタルやハードコアに通じますし、「Bodies」では後のゴシックロックやBLACK FLAG的な音遣いを先取りしています。聴き込む価値のある傑作です。
https://m.youtube.com/watch?v=BOoDdD1fHFU

 

 

 

23:VOIVOD『Killing Technology』

 

 

Killing Technology [12 inch Analog]

Killing Technology [12 inch Analog]

 

 

 

HR/HM・ハードコア・プログレッシヴロックなど膨大な音楽要素を他に類を見ない配合で融合させたバンドの3rd。奇怪で魅力的な不協和音フレーズや個性的な旨みに満ちた演奏など全てが素晴らしい。後続への影響も絶大な大傑作です。

VOIVODが結成されたのは1981年。一般的にはスラッシュメタルのシーンで語られるバンドですが、他に類を見ない強力な個性を保ちながらアルバム毎に大きくスタイルを変える(しかもその上で質の高さを保ち続け周囲を納得させる)活動により、メタルシーンに限らず大きな影響を与えてきました。
VOIVODメンバーがインタビューなどで明らかにしている影響源には以下のものがあります。
(英語版Wikipediaの参考記事集などで確認)


PINK FLOYD
(「PINK FLOYDがキーボードでやっていることを(ギターで)真似しようとした」という発言あり)
LED ZEPPELINGRAND FUNK RAILROAD
ALICE COOPER
KING CRIMSON、YES、GENESIS
VAN DER GRAAF GENERATOR、HAWKWIND
BIRTH CONTROL、NEKTAR、RUSH
KILLING JOKE、BAUHAUS
U2、LORDS OF THE NEW CHURCH
SWANS、Einsturzende Neubauten
MOTÖRHEAD、RAVEN、TANK、JUDAS PRIEST
KREATOR、METALLICA、SLAYER、VENOM
DISCHARGE、GBH、DRI、SOD、BROKEN BONES
CORROSION OF CONFORMITY、SEX PISTOLS
RAMONES
バルトークストラヴィンスキー
ショスタコーヴィチ


ハードロックやプログレッシヴロックから音楽を聴き始め、ハードコアパンクやニューウェーブ〜ジャンク/エレクトリック・ボディ・ミュージックなども貪欲に掘り下げつつ、そうしたもののエッセンスを巧みに融合させてしまったという感じです。
この3rdはそうした音遣い感覚が最も即効性溢れる形で示された大傑作です。
https://m.youtube.com/watch?v=Jl_231xbN9E
半音(特に♭5th)を巧みに組み込んだフレーズ/ルート進行とメタル的なパワーコードの“曖昧で広がりのある響き”を組み合わせるリフには悶絶モノの格好良さがあります。
こうした音遣い感覚は数々の天才的な音楽家に絶大な影響を与えてきました。OPETHやCARBONIZED〜THELION、VED BUENS ENDE〜VIRUSなど超一流のバンドもVOIVODがなければ存在しなかったかもしれません。
(参考:OPETHインタビュー
http://www.hmv.co.jp/news/article/1505080018/
4thの1曲め「Experiment」
https://m.youtube.com/watch?v=DGmaresjBhY
などはOPETH(の「Deliverance」あたり)と直接つながるものがあります。第3期KING CRIMSONとBAUHAUSのようなゴシックロックの暗黒浮遊感を一体化させてしまう咀嚼力・視野の広さは驚異的です。
こうした豊かな素養・個性の逞しさは演奏にもよく表れています。5thのデモ音源
https://m.youtube.com/watch?v=4v8wYAMvpkY
ではその最初の到達点が示されています。全パートが他にない味を持った名人な上、バンド全体の噛み合いも実に素晴らしいのです。
先述のような音楽性の主幹となるPiggy(故人)のギターは奇怪で艶やかなコード感覚とロックンロールの格好良さ(MOTÖRHEADに通じる感じ)を両立する最高級品で、VOIVODといえば彼ばかりが言及される傾向もありますが、他のパートも同等に素晴らしく、全くひけをとりません。
豊かな響きを飄々とした佇まいから繰り出すSnakeのボーカルはVOIVODの音楽全体が醸し出す雰囲気に「これ以外は考えられない」というくらい合っていますし、ハードコア的な“鈍く跳ねる”質感を保ちながら多彩なリズムパターンを繰り出すAwayのドラムスも唯一無二の魅力に満ちています。
そして個人的に最も推したいのがBlackyのベース。歪んだ音色によるごつごつした質感をキープしながらビートに常に滑らかに密着する演奏は極上で、こういうスタイルのベーシストとしては世界最高のプレイヤーなのではないかと思います。脱退・復帰・脱退を経て現在不在なのが本当に勿体ないです。
こうした個性的な名人達によるアンサンブルが(各人の得意分野が活きる形で)最初に完成した5thでは、HR/HMのみならず全ての音楽ジャンルにおいて最高の珍味の一つと言える演奏が聴けます。ギターとベースの対位法的絡み合いが奇怪でのほほんとした雰囲気を生む場面等、全てが味わい深いです。
今回メインとして挙げた3rdではこのようなアンサンブルはまだ模索段階なのですが(テンポの速さや急変度合いがAwayのドラムスにうまく合っていない気がする)、不協和音フレーズの強烈な格好良さや凄まじい勢いといった訴求力の高さを考えると「この一枚」としてはやはりこれになると思います。

VOIVODの以上のような音楽性はアンダーグラウンドなメタル(〜近接した分野のハードコアパンクなど)では非常に高く評価されているのですが、メインストリームの音楽シーンからすると十分に認知されているとは言い難いです。しかし、歴史的な存在感や影響力には絶大なものがあります。
ハードロック/ヘヴィメタルやハードコアパンク、プログレッシヴロックや近現代クラシック、そしてニューウェーブ〜ジャンク〜エレクトリック・ボディ・ミュージック。これほど広く豊かな音楽のエッセンスを咀嚼し融合させわかりやすく提示する…ということができたバンドはジャンル問わず稀です。
その意味で、VOIVODは(メタルシーンに限らず全ジャンルにおいて)音楽史上屈指の卓越した“ミクスチャー”バンドだと言うことができます。作編曲も演奏も他にない個性と練度に溢れた素晴らしい音楽。この3rdアルバムはその優れた入門編と言える大傑作です。ぜひ聴いてみてほしいですね。

ちなみに、Piggyの逝去で一度活動停止したVOIVODですが、現在は同郷カナダを代表する天才Daniel Mongrainと共に活動を続けています。↓は彼のバンドによる極上カバー(ベースはBlacky)。これも素晴らしいテイクです。
https://m.youtube.com/watch?v=2B1OC4nwSkI

 

 

 

24:OPETH『Ghost Reveries』

 

 

ゴースト・レヴァリーズ

ゴースト・レヴァリーズ

 

 

 

70年代ロック・欧州フォーク・90年代以降のデスメタルなど膨大な音楽要素を比類のない巧みさで融合させるバンドの2005年発表8th。スウェーデンとイギリスの中間という趣の音遣い感覚が前面に出た作編曲&演奏など全てが素晴らしい。大傑作です。

OPETHは「プログレッシヴ・メタル」と呼ばれるバンドの一つですが、そうしたものの多くが陥りがちなスタイル(歪な複合拍子を連発する演奏/曲構成で“頭の良さそうなサーカス”的爽快感を演出するもの)とは一線を画します。演奏技術も素晴らしいですが、それ以上に表現力や音楽的豊かさに優れています。
OPETHの主幹ミカエル・オーカーフェルトは重度の音楽マニアで、インタビューなどで好んで影響源を語る一方その内容は媒体によって大きく変化します(相手に合わせる感じ)。

参考↓(英語記事邦訳集)
http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2015/11/02/201339

OPETHの影響源】
(インタビューで確認できているもの)

DEEP PURPLE、RAINBOW、BLACK SABBATH
WHITESNAKESCORPIONS

‪CAMEL、PINK FLOYDKING CRIMSON、‬
‪YES、VAN DER GRAAF GENERATORGENESIS

DREAM THEATER、Steven Wilson関連‬
‪(RUSHはあまり好きではない)‬

‪Bert Jansch(PENTANGLE)、Nick Drake
‪Jerry Donahue(FAIRPORT CONVENTION)‬
‪Jackson C. Frank ‬

JUDAS PRIEST(2ndなど初期を特に愛する模様)‬
‪IRON MAIDEN、KING DIAMOND‬

‪MORBID ANGEL、VOIVOD、BATHORY、‬
CELTIC FROST、DEATH、SLAYER‬
‪AUTOPSY、ENTOMBED‬

‪FLOWER TRAVELLIN BAND(日本)や‬
‪70年代のイタリアンロック・ジャーマンロック、‬
‪60年代サイケなど、随時購入して好きだと言っているものも無数に存在する‬


基本的には70年代のハードロックやプログレッシヴロックを好みつつ、90年代頃以降のエクストリームメタル(74年生まれでスウェーデンの初期デスシーンにリアルタイムで接す)などにも平行してハマる。その結果、(かけ離れたものとされる)両者を自然に融合させてしまえるようになったわけです。

例えば、出世作5th『Blackwater Park』('01)の1曲め
https://m.youtube.com/watch?v=vK-wm3Gstqk
では、MORBID ANGELとVOIVODの暗黒浮遊感を完璧に融合させたような音遣いが堪らないドゥーミーなデスメタルが、欧州70年代フォークの最も薫り高い部分に通じる静謐なパートを挟んで披露されます。
こうした(一般的にはかけ離れたものとされる)雑多な音楽要素をエッセンスのレベルで掴み自然に融合させてしまうセンスが、10分に渡る長尺の構成を全くダレずに聴かせる作編曲の構築力&演奏表現力によって最も望ましい形で活かされる…というのがOPETHの基本的な音楽スタイルです。
一時期までのOPETHは先掲のような「ゴシカルなデスメタルとフォークを70年代プログレッシヴロック的な長尺構成のもと融合させる」という形式を取ることが多かったですが、その中で7th『Damnation』('03)のように大きくフォーク方面に寄ったアルバムも作っています。
https://m.youtube.com/watch?v=qEaf9LqIUZQ
OPETHというと「デスヴォイスとクリーントーンを巧みに使い分けるなど“静と動の対比”が凄いバンド」というイメージが強いようですが、豊かな音遣い感覚の味/魅力は一貫しています。だからこそ、先掲のように大きくスタイルの異なる展開/曲を並べても違和感なく聴かせることができるわけです。
こうした音遣い感覚は、芯の部分は一貫しているのですが、「どの要素をどういった比率で用いるか」という配合は長年の活動のなかで微妙に変化し続けています。初期はスウェーデンらしい滑らかな進行感が主だったのですが、時期が後になるにつれ英国ロック的な引っ掛かりが増していくのです。
例えばこれは10th『Heritage』('11:デスヴォイスを完全に封印したことで賛否両論となったアルバム)の4曲め。
https://m.youtube.com/watch?v=Qx1Pqpn75xk
「RAINBOWを意識した」という発言が示すように、先掲曲に比べ英国ハードロック的な引っ掛かりある音遣いに寄っています。
この10thはそれまでのデスメタル要素(≒わかりやすい刺激分)が完全に排除されたということで昔からのファンにだいぶ批難されたアルバムなのですが、個人的には「味の質がかなり変わった」こともそうした反応の原因になっている気がします。
https://m.youtube.com/watch?v=lgyaVQ_XZA4
この10thの「英国ロック的な引っ掛かりが増えた」音遣いの傾向は、実は本作8thから既に前面に出てきていました。その点においては「急に変化した」わけではないのですが、デスメタル的なアタック感も大きく減退したことにより、以前からのファンが好んで聴ける要素が一気に減ったのだと思われます。
そういった話の8thにおける好例が「Beneath The Mire」↓。デスメタル的な激しいパートとフォーキーで静かなパートが交錯する構成は過去曲に通じますが、音遣いは英国的な粘り気のあるものに寄っています。OPETHはこういう変化を続けてきたバンドなのです。
https://m.youtube.com/watch?v=QlT1sRHf34M

ここで繰り返し用いている「音遣い」という表現は「フレーズやコードの使われ方の傾向」全体を指すものですが、そうしたものの流れが生み出す「“解決”しなさ」の質(=ブルース感覚の質、引っ掛かり感覚)にもフォーカスしています。そして、その音遣い感覚は地域によって一定の傾向がみられます。
例えば、同じ初期デスメタルをみても、スウェーデンものの音進行は「滑らかに流れ最低限の引っ掛かりを残す澄明な感じ」、フィンランドものは「日本の歌謡曲に通じる“涙がこびりつく”粘り気がある感じ」で、後者の方が引っ掛かりが強めになる傾向があります。ノルウェーは両者の中間という感じです。
同じ北欧地域でもこうした音遣い感覚にはかなりはっきりした違い&傾向がみられます。このタグ付け企画で取り上げてきた「英国ロック」的な音遣いも同様です。ノルウェースウェーデンフィンランドの中間前者寄りだとしたら英国は後者寄り、ただしその3者とは根本的に異なる部分もある感じです。
このような音遣い感覚は(膨大な資料をちゃんと楽理的に分析した上で傾向を示すべきとは思いますが)ある程度の量&質を聴くことによりそれぞれの違いが感覚的に/具体的にわかるようになり、それに対応する“回路”もどんどん培われていきます。
(「音楽の好み」の根幹に関わる重要な要素と思います)

これは個人的な話ですが、それなりに多くの音楽に接してきた結果、自分の好みに本質的なレベルでハマる音遣い感覚は日本・スウェーデン・英国のものだということがわかって“しまい”ました。結局の所、自分が育った場所(音楽的文化圏&実際に住む地域)に好みが決められてしまうのだと思います。
こういう話はOPETHのミカエルにも言えるのではないかと思います。生まれ育ったスウェーデンの音遣い感覚(BATHORYファンというのはその点でも納得できる)に加え、70年代英国ロックや90年代アメリカのデスメタルにハマったことでその音遣いを“本質的な好み”としてきたのでしょう。
先述の「活動時期が後になるにつれてスウェーデンより英国的な音遣い感覚が前面に出てくる」というのは、こうした“好みの感覚”が成熟し変化してきたことによるものなのではないかと思います。こういった面に注目して聴くといろいろ掴めて面白いです。

本作『Ghost Reveries』(8th)は、そうしたスウェーデン〜英国志向がほどよく絡み合いつつ絶妙な異物感(溶けきらなさ)を残しているアルバムです。冒頭の大名曲「Ghost of Perdition」でもそうした配合の音遣い感覚がよく発揮されています。
https://m.youtube.com/watch?v=MDBykpSXsSE
本作においては、先述のような音遣い感覚を下地にした作編曲が、素晴らしい演奏表現と極上のサウンドプロダクションのもと理想的な形で具現化されています。最後を飾るバラード「Isolation Years」のサビ裏で“静かに泣く”ギターはその好例。最高と言うほかないです。
https://m.youtube.com/watch?v=KDpyzdhUktg
多彩なフレーズ構成を一音一音念のこもった音色表現で形にし、大きな変化を滑らかに繋げてしまう。ミクロ&マクロのコントロール能力があるからこそ可能な音楽なのでしょう。
↓は最高のVOIVOD〜KING CRIMSONオマージュですね。
https://m.youtube.com/watch?v=2kKNT3PdDkE
本作で脱退してしまう初期〜中期の名ドラマーMartin Lopezはそうした表現力に大きく貢献しています。武骨ながら豊かな音色表現と粘りある艶やかなリズム処理はOPETHの音楽に絶妙な引っ掛かりを加えていました。この点、以降の作品では聴けない素晴らしい味のあるアルバムと言えます。
OPETHのアルバムは全て傑作なのでどれから聴いても基本的には問題ないとは思いますが、先述のような音遣い感覚の変化を考えると、ちょうど中間に位置する本作から入ればどの作品にもうまく接することができるようになると思います。お薦めです。
https://www.metal-archives.com/bands/Opeth/38

ちなみに自分が一番好きなのは先掲の“問題作”10th『Heritage』です。演奏&音響の表現力ではNo.1と思いますし、音遣い感覚の質や成熟度といった面ではこれが最も相性が良いですね。単純な刺激や解りやすさは微妙ですが、こういう味わいの深さ面白さは最高級。こちらもお薦めです。

 

 

 

25:Sam Cooke『One Night Stand! Live at The Harlem Square Club』

 

 

ハーレム・スクエア・クラブ1963(期間生産限定盤)

ハーレム・スクエア・クラブ1963(期間生産限定盤)

 

 

 

歌の神様が早逝の2年前(32歳直前)に遺した大傑作。下町の黒人客が集まるクラブでの生録音で、ゴスペル〜ソウルミュージック〜ロックンロールの真髄が最高の盛り上がりとともに収められています。究極のライヴアルバムの一つです。

サム・クック(1931-64)は音楽史上最高のシンガーの一人です。完璧な発声と徹底的に洗練されたフレージング、溢れる情感に裏付けられた陰翳深い表現力。心技体すべてを最高度に併立した歌唱は、アレサ・フランクリンオーティス・レディングなど数々の名歌手に絶大な影響を与えています。
晩年に遺した「A Change Is Gonna Come」
https://m.youtube.com/watch?v=wEBlaMOmKV4
は黒人音楽の歴史を代表する名曲で、歌詞の内容・完璧なパフォーマンスにより膨大なカバー・バージョンを生み続けています。最高音A#での完璧な脱力&響きの豊かさをはじめ、発声技術だけとってみても金字塔と言える名演です。
サム・クックの素晴らしさは、いかなる時でも響きの芯(喉頭=声帯のある空間=原音ができる場所を直接効率よく扱うことで生まれる中域のクリアな響き成分)を完璧に維持し、それを曲の求める雰囲気に最適な力加減でコントロールできる所にあります。
以下、それについて少し具体的に触れていきます。

↓はサムがソロ活動前に在籍していたゴスペルグループSOUL STIRRERSの後期音源で、Paul Fosterとのダブルリード構成になっています。2人の発声の違いがわかりやすく示されているこのテイクを用いて簡単に説明していきます。
https://m.youtube.com/watch?v=4VqxXmwpg8o
まずは先攻のポールから。低〜高全帯域にわたって豊かな響きを確保できていて優れたボリューム感があり、パワフルなのに柔らかい質感とあわせ素晴らしい包容力を生んでいますが、響きの芯(中域のクリアな鳴り)は不明瞭で、音程の上下に合わせてそのあたりの構成成分が不安定に揺れる傾向があります。
それに比べ後攻(33秒〜)のサムは、全ての帯域が完璧にクリアな響きで構成されていて(響きの芯をスムーズに外に通すことができている)、どんなに音程が上下しても響き全体の構成成分がブレることがありません。この“旨み成分だけを純粋に抽出する”超絶的な技術/状態維持が彼の持ち味なのです。

歌/声のサウンドを評価するために広く用いられている表現に「声量」がありますが、これは少し危うい要素をはらんでいます。「声の響き全体のボリューム感」をおおまかに「声量の大/小」で表すことはできるものの、その声の響きがどういう成分/状態になっているか表すことはできないからです。
例えば、低〜中〜高域まで全ての帯域がバランスよく分厚い声も、低域が極端に痩せている一方で高域がやたら膨らんでいる声も、ともに「声量がある」という形容をされてしまうことが少なからずありますが、それぞれの響きの構成状態は全く違いますし、そこから生まれる味や表現効果も大きく異なります。
これは先のポール/サムのスタイルの違いについても言えることで、「声量=ボリューム感の大小」といったおおまかで曖昧な印象ではポールの方が上にとられることが多いかもしれませんが、響きのバランスの良さ/洗練度/充実度ではサムの方が比べものにならないくらい上なわけです。
こうした話(〜発声技術を磨く方法)については↓に具体的に書いています。
http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2016/06/12/172821
大事なのは「声量」ではなく「響きの状態」。サム・クックが史上最高のシンガーの一人と言われるのは、こうした面での練度/コントロールが最高級に素晴らしいからなのです。

本作『One Night Stand!』はそうした最高の技術が凄まじい勢いと共に味わえる大傑作です。
https://m.youtube.com/watch?v=yBfsUCahFlo
スタジオ音源では洗練された白人向けポップスのみで勝負していたサムが、黒人客で埋め尽くされたクラブ公演で“本性”を剥き出しにしています。
ゴスペルベースのソウルミュージックを(1963年当時の基準ではあり得なかったくらいハードな)ロックンロールに寄せたラフなスタイルは激しい勢いに満ちていますが、同時に“客を置いてけぼりにしない”包容力や親密さにも溢れています。
こうした「手と手を取り合って燃えていく」盛り上がりは優れたゴスペル音楽にそのまま通じるもので、約38分のフルセットを絶妙なペースで走り抜ける構成力/ダイナミクスコントロールと併せ、聴くものに過不足ない充足感をもたらしてくれます。一枚のアルバムとして完璧な、文句なしの大傑作です。
本作は録音された当時「白人向けソウルをメインとするサムのイメージから外れる」という理由から長くお蔵入りにされていました。それが1985年に発表されると大絶賛と共に受け入れられることになります。
山下達郎は当時「途中で中断できないからフルでラジオオンエアせざるを得ない」という発言をしています)
そうした絶賛/印象変化の背景には、スムースに洗練されすぎたサムのスタジオ音源が後のパワフルなソウルミュージック基準からすると物足りなく思われていた状況があり、実際現在でも本作ばかりが(特にロック方面のリスナーからは)評価される傾向があるのですが、それはそれで勿体ない気がします。
たとえば、本作の翌年(晩年)に録音・発表された名ライヴ盤『At The Copa』は裕福な白人客向けクラブでの演奏を収録したもので、本作に比べると確かにわかりやすい勢いには欠けるのですが、抑えた力加減で自分の意思を通そうとする雰囲気には本作より数段“戦闘的”な姿勢や深みが感じられます。
そうした“胸の内に強い意思を秘めつつ搦め手で戦っていく”洗練されたポップスには本作にない素晴らしい味わいがありますし、そしてそれは本作とあわせて聴くことにより初めて見えてくるものなわけです。そうした優れた作品群にアクセスするための入門編としても本作は最適ですね。超お薦めです。

〈大事なのは「声量」ではなく「響きの状態」〉という話に関連して。いわゆるウィスパーヴォイスは「声量はないけど響きの芯は充実している」ものの好例です。こうした響きが大音量のバッキングの上で埋もれないのはクリアな響きがあるからです。
https://m.youtube.com/watch?v=yaOL3PFB4dM

 

 


26:ちあきなおみ『百花繚乱』

 

 

百花繚乱

百花繚乱

 

 

 

世界最高のシンガーの事実上の最終作。歌詞/楽曲の奥行きを何十倍にも深める超絶的な歌唱表現力が、「日本のAOR」をキーワードに製作されたという多彩な名曲のもとで存分に展開されています。音楽的な充実度・アルバムの完成度ともに比類なき大傑作です。

ちあきなおみ音楽史上最高のシンガーのひとりです。発声技術は完璧に開発されたものではありませんが、歌詞や楽曲を徹底的に読み込み適切な音色・力加減で形にする表現力では(少なくともこの人の路線では)右に出るものがありません。この点、全ての楽器奏者と比べても最高レベルだと思います。
ちあきなおみの凄さがわかりやすく示された音源を選ぶなら「朝日のあたる家」ライヴテイクがまず挙がるのではないかと思います。
https://m.youtube.com/watch?v=tFOfiiLbnYs
パワーと奥行きが驚異的な序盤&終盤の響き、そして抑えめに深い陰翳を描き出す中盤。どこまでも素晴らしいです。
ちあきなおみは歌詞や楽曲を徹底的に読み込み、没入して“そこで生きる”表現ができるのですが、同時にそうした自分を俯瞰する視点を忘れません。膨大な感情情報を溢れさせながらそれに溺れず、不自然に整えず適切にコントロールできてしまう。発声技術は勿論“表現技術”がこの上なく見事なのです。
「歌うときは感情を込めるのが大事」という話がよく言われますが、単に感情を込めるだけではそれは音に表れず、他者には伝わりません。「感情の変化を音色や力加減の変化にそのまま伝える」そして「そうした変化を自分自身が“初めて観て知り”、反応してさらなる変化を生んでいく」ことが大事です。
このように、「自分の出している音が自分の感情を表しているか確認しながら表現を構築していく」ことこそが「音楽で表現する」ということであり、それにあたっては瞬発力(その場で音色を選び適切に出す力)と俯瞰力(曲全体の構成を把握し音色変化の流れをコントロールする力)の両方が重要になります。
ちあきなおみはそうした瞬発力&俯瞰力がこの上なく優れたシンガーで、どんな楽曲でも“本当の意味で”(技術・表現の両面において)歌いこなすことができてしまいます。歌詞を“文字通り”でない音色で歌うことで複雑なニュアンスを生む“対位法”的解釈なども絶品です。
https://m.youtube.com/watch?v=WsAYvdcwYjU
そして、単に技術と解釈力が優れているだけでなく、本人自身が得体の知れない深みを持っているシンガーでもあります。↓はNHK紅白歌合戦での伝説的名唱/怪唱「夜へ急ぐ人」(友川カズキ作)。
https://m.youtube.com/watch?v=AVdTlxjB7vw
正気と狂気の境目を掴ませない圧巻のパフォーマンスです。
ちあきなおみは、そうした最高の表現技術と人間的深みに裏付けられた歌唱力を用いて(歌謡曲畑に属しつつ)あらゆるジャンルの楽曲を歌いこなしてきました。先掲「夜へ急ぐ人」収録の『あまぐも』(楽曲:友川カズキ河島英五、演奏:ゴダイゴ)はジャズがかったロックの大傑作でもあります。

本作『百花繚乱』(1991)は、結婚後実質的に休止していた歌手活動を約10年ぶりに再開したテイチクレーベル期の最後に発表されたアルバムであり、実質的な最終作でもあります。この翌年に夫と死別したちあきなおみは全ての芸能活動を休止。現在に至るまで一切表舞台には出てきていません。
そして本作は“実質的な引退作”となったのが本当に惜しい大傑作なのです。ジャズ/フュージョン的和声を効果的に(嫌味なく)活用したロック寄りポップス、クラシカルで美しいバラードなど、音楽的な広がりとアルバム全体の統一感(構成・雰囲気の流れまとまりなど全て)が見事に両立されています。
こうした紹介企画で他人様の記事を持ってくるのもアレですが、ちあきなおみの本作『百花繚乱』についてはブログ『満月に聴く音楽』における宮本隆さんのこの上なく素晴らしい評論があるので、興味を持たれた方はぜひ読んでいただきたいと思います。
http://blog.goo.ne.jp/stillgoo/e/215b48b16c3fe499242ac0fae2f1283c
この記事に付け加える形で書いておきたいのが、本作は今の時代の耳で聴いても決して古くないということです。歌謡曲ならではの“安易に流れずこびりつく”タッチを残しながらも手際よくビートに乗るリズム処理は見事ですし、バッキングも全パート“技術と表現力を両立する”極上の歌伴をしています。
そして、70年代ソウルミュージックの最も美味しい部分に80年代以降のジャズ/フュージョン要素を(教科書的な定型に陥らない優れた解釈のもと)滑らかに溶け込ませた音遣いなどは、昨今言うところの「シティポップ」的な観点からみても大いに歓迎されるものなのではないかと思います。
作編曲と演奏のクオリティの高さ、音楽的な広がりと流れまとまりの良さ、そして比類なく素晴らしい歌唱表現力。本作『百花繚乱』は、ちあきなおみという音楽の神様の持ち味がとても親しみやすく示されている一枚です。じっくり聴き入り深く感動することも楽しく聞き流すこともできる大傑作。お薦めです。
なお、「世界で一番うまいシンガーを選べ」と言われたら私は即答でちあきなおみを挙げます。発声技術に関しては鍛錬で勝つこともできますが、この解釈力とアウトプットの(迫力と節度を両立した)素晴らしさは誰も越えられないでしょう。一度は生で聴きたいですが、やはり難しいでしょうね。残念です。

 

 

 

27:THE DOORS『Strange Days』

 

 

まぼろしの世界

まぼろしの世界

 

 

 

ネガティヴなことを豪快に肯定する表現志向で絶大な影響を与えた名バンドの2nd。彼らの作品の中では一枚モノとしての完成度が突出して高く、神秘的で親しみ深い雰囲気が最高の形で示されています。暗く陽気なポップミュージックの大傑作です。

DOORSは60年代後半のロックシーンを代表するアメリカのバンドで、ジム・モリソン(ロック史を代表する破滅型の天才ボーカリスト)の優れた歌唱&作詞、そしてレイ・マンザレクのオルガンによる蠱惑的なフレーズ&音色表現により、同時代以降の音楽家などに絶大な影響を与えました。
パティ・スミスやTELEVISION(ニューヨークパンクの源流)、イギー・ポップSTRANGLERSやCURE(ポストパンク〜)といった70年代以降の最重要アーティスト達にも決定的な影響を与えていますし、日本でも灰野敬二遠藤ミチロウ大槻ケンヂなど多くの才能が影響下にあります。
DOORSが同時代以降の人々に大きな影響を与え続け得た理由は幾つかあると思われますが、その中でも特に大きなのが「ネガティヴなことを豪快に肯定した」ということでしょう。エディプス・コンプレックスを題材に破滅を歌った名曲「The End」はその好例です。
https://m.youtube.com/watch?v=JSUIQgEVDM4
ジム・モリソンのボーカルは「フランク・シナトラのようなクルーナータイプのバリトンを絶叫スタイルに寄せた」感じのもので、豊かな響きで叫ぶ時も全力では吠えない独特の力加減があります。パワフルに弾ける爽快感と深くこびりつく憂鬱な気分が極めて自然に繋がっているのです。
こうした“力強い脱力感”がオルガンの蠱惑的なサウンドと“クラシカルなブルース”的音遣い(PINK FLOYDにも通じる)と組み合わさることで、独特の神秘的で親しみ深い雰囲気が生まれます。こうした音楽性は代替不可能な魅力に満ちています。
DOORSの作品(特に1st)においては、このような雰囲気・力加減とともに「ここではないどこかへの希求」が描かれているように思います。望郷、薄く漂う絶望感、そしてそれを乗り越えようとする逞しさや意欲。名曲「The Crystal Ship」はその好例でしょう。
https://m.youtube.com/watch?v=bU1sLx1tjPY
正気を保ちながら深淵を見通し分け入っていこうとする高揚感が(冒険小説の主人公に通じるような素直て稚気あふれる佇まいのもと)全編で漂っている。
その「正気を保ちながら」というのが(本人たちの意識はともかく)傍目からは「うまくいくか心配」な危うさとともにあるように見えるのも一つの醍醐味かもしれません。
そうした「豪快に深淵に分け入っていく」雰囲気はやはりジム・モリソンの鷹揚なボーカルによる所が大きいですね。基本的にはアジテーターで(意識的な部分とそうでない部分がある)、テンションが低くパワフルな歌い回しで気軽に柔らかい闇に包み込んでいく。唯一無二のキャラクタだと思います。

本作2ndは、DOORSのそういった持ち味・表現志向が最も良いバランスでまとめ上げられた大傑作です。1stは得体の知れない深み&インパクトは凄いものの曲展開は未洗練で、3rd以降は曲のまとまりは良いもののアルバム全体の構成は滑らかでない。2ndは両者の良い所を併せ持っています。
2〜3分の曲×9個→11分の大曲という構成も、その大曲がPINK FLOYD的な構築美を(前作最後の「The End」がボブ・ディラン的長尺フォーク曲のようなつくりなのとは一転して)勝ち得ていることもあって、流れまとまりは文句なしに良いと思います。
DOORSの音楽特有の「夜の街の灯火を遠くにみながら、正気と狂気の境目のヒリヒリした神経刺激に身を焼かれている」というふうな「朦朧としつつ強烈に(半)覚醒する」気分が、過不足なく洗練されたポップススタイルのもと(それでこそ可能な表現として)最高の形でまとめ上げられている内容なのです。
DOORSは3rd以降も充実した活動をして聴く価値が高いです。
(「Not To Touch The Earth」は後のポストパンクやブラックメタルに通じる〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行のベースが興味深い)
https://m.youtube.com/watch?v=7AfMf70gxbY
しかし、やはりアルバムとしての出来は最初の2枚ですね。そこから入るのが良いと思います。
ちなみに、2ndの最後を飾る名曲「When The Music's Over」は、ロック以降の音楽においてはおそらく初めてブラストビートが用いられたものとしても非常に興味深いです。(7分17秒〜20秒)
ドラマーはジャズ出身なので、そちら方面にあった手法を活かしただけなのかもしれませんが。
https://m.youtube.com/watch?v=YkKRU1ajKFA
などなど、DOORSの音楽は今の耳で聴いても非常に興味深い(というか時代を超えてトップクラスと言える)要素に満ちた金脈で、特に本作2ndにはそうした魅力が最高の形で収録されています。「暗い音楽を聴きたいけど気分が沈むのはちょっと」という人も是非聴いてみてほしい大傑作。お薦めです。

ちなみに、遠藤ミチロウスターリンなど)“最後のバンド”THE ENDの作品では、DOORSの名曲の数々が原曲に勝るとも劣らない格と微妙に異なる(ミチロウさん達にしか出せない)味とともに見事にカバーされています。こちらも大推薦です。
https://twitter.com/meshupecialshi1/status/675305969262268416

 

 

 

28:人間椅子黄金の夜明け

 

 

黄金の夜明け(UHQCD)

黄金の夜明け(UHQCD)

 

 

 

日本が誇る最高のハードロックトリオによる3rdフル。BLACK SABBATHKING CRIMSONなど英国ロックの滋味を完璧に換骨奪胎する作編曲、そして個性と技術を両立する超一流の演奏は、この路線では右に出るものがありません。著しく充実した大傑作です。

人間椅子青森県弘前高校の同級生だった和嶋慎治(ギター)と鈴木研一(ベース)によって結成されたバンドで、ドラムスの交代を経つつ堅実な活動を続けてきました。大きく注目されることはなかったものの、発表した作品はいずれも稀有の傑作です。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/人間椅子_(バンド)
人間椅子の影響源は70年代〜80年代前半イギリスのHR/HM(↓の記事に詳しい)やプログレッシヴロック(HR寄りのもの:特にKING CRIMSON)で、そうした嗜好を一貫して保ちつつ非常に豊かな音楽をつくり続けてきました。
http://realsound.jp/2014/08/post-1109.html
人間椅子が驚異的に優れているのは、そうした英国ロックの偉大なバンドの特徴的な要素(フレーズやコード進行など)をわりとはっきり引用しているのに「比較対象を考えるなら真っ先に挙がるのは人間椅子自身」というくらい引用元を意識させないオリジナリティを確立しているところでしょう。
たとえば、BLACK SABBATH「After Forever」イントロとKING CRIMSON「The Great Deceiver」アウトロあたりの音遣いを融合させ、その両者にない豊かな音遣い感覚を組み合わせることにより、参照元にもない味を生み出してしまうのです。
本作1曲め「黄金の夜明け」イントロの〈和音階(囃子や民謡由来のもの?)+RUSH〉的な音遣いにより極めて薫り高い暗黒浮遊感を生み出す場面などはその好例でしょう。英国ロックから獲得した豊かで混沌とした味覚が、日本(の東北)ならではのセンスによって卓越した個性に昇華されているのです。
こうした「何かに似ているのに確固たるオリジナリティがある」境地に達し得たバンドは実は稀です。本作収録曲でいうと「独裁者最後の夢」はIRON MAIDEN、「わ、ガンでねべが」はKING CRIMSONをモロに連想させるのですが、その上で人間椅子自身の個性が完全に勝っています。
こうしたことが可能になるのは、「特徴的なフレーズを引用しつつそこに他の豊かな音楽要素を肉付けすることにより、そのフレーズを引用元とは“別の文脈”で活かせている」からだと思われます。
(このあたりはヒップホップの巧みな編集にも通じるかも。)
エッセンスの汲み取り方が深く巧みなのです。
例えば、70年代KING CRIMSONは蠱惑的といえるくらい強力で特徴的な音遣い(特にロバート・フリップのスケール遣い)で一世を風靡し、後続に絶大な影響を与えましたが、そうした後続の多くはそうした特徴的なスケールのみを引用し、そこに伴う“下味”の部分を疎かにする傾向があります。
喩えていうなら「スープの上に浮かんでいる具だけに注目し、スープの深く豊かな味わいを無視してしまっている」感じ。具(=特徴的なフレーズ)だけを引用し単体で/裸で使うため、味わいに奥行きがなくなり、そうしたフォロワー同士の間に違いがみられない没個性状態になってしまっているのです。
人間椅子が見事なのは、そうした「具」を割とそのまま持ってきながらもそれに伴う「スープ」を独自のセンスで作り上げ、引用元とは異なる形での“完璧な正解”を導き出してしまっている所です。英国ロックや日本の土着音楽など大量の素材を溶け合わせた音遣いには引用元に劣らず豊かな滋味があります。
9分に及ぶ大曲「水没都市」はその最高の好例でしょう。歌が入るパートなどは明確に70年代KING CRIMSONを連想させますが、そこに「亜流でつまらない」「不純物が混じっていて楽しめない」感じは全くなく、むしろ本家よりも良い瞬間も多い。KCインスパイア系最高峰の名曲ですね。
本作3rdフルは以降のアルバムと比べそうした「引用元がはっきり残っている度合」が大きめで、それにもかかわらず完璧に個性を確立している実に稀有な在り方を存分に味わうことができます。こうした作編曲の巧みさはOPETHあたりと並んで世界最高峰と言えるのでは。本当に凄いバンドです。
そしてそうした作編曲に劣らず凄いのが驚異的な演奏表現力です。優れた個性と卓越した技術を兼ね備えたギターとベースは共に(少なくともHR/HMの世界では)最高レベルの名人ですし、ボーカルも他では聴けない唯一無二の味がある。そしてドラムスも上手い。演奏面だけみても稀有の魅力があります。
ベース&リズムギターの「ビートにぴったり丁寧に貼り付きながら細かいニュアンスを出していく」リズムアンサンブルはうますぎてビビるレベルですし(「リズム感のないベースなんて」という自嘲は到底納得できないものがある)、色艶と正確さを完璧に両立するリードギターにもたまらない味があります。
遅いテンポでの“間を完全に活かしつつ滑らかに歩む”アンサンブルは「ドゥーム成分9割・スラッジ成分1割にIRON MAIDEN的なグルーヴを加え隙なくガッシリ固めた」感じですし、BLACK SABBATH「Symptom of Universe」のようなゴツい疾走パートも極上です。
そしてそこにのるボーカルも極上です。鈴木研一の声質(中低音メインのしゃがれ声)は全ての音楽ジャンルをみても似た者のいない最高の珍味ですし、それに比べればプレーンな和嶋慎治の伸びやかな歌い回しにはどこか不健全な“文士的な”佇まいがあり、両者が互いを実にうまく引き立てあっています。
ドラムスは何度も交代していますがいずれも優れた味と個性を持った実力者で、本作3rd参加の上館徳芳はコージー・パウエル的パワーヒットを重視した手数を増やしすぎないスタイルでこの路線に絶妙にハマっています。というふうに、初期の作品ながら全パートが著しく充実した仕上がりになっています。
というふうに、人間椅子は作編曲と演奏表現力の両面において極上の味をもつハードロック・トリオで、その個性とクオリティは世界的にみても最高レベルといえるものがあります。本作3rd『黄金の夜明け』はその入門としても良い大傑作(後半の展開には慣れが要る部分もありますが)。お薦めです。

 

 

 

29:DARK TRANQUILLITY『We Are The Void』

 

 

WE ARE THE VOID

WE ARE THE VOID

 

 

 

2010年発表の9th。活動20年目にして遂に独自のゴシック/ブルース感覚を確立した一枚で、唯一無二の薫り高い個性が提示されています。所謂メロディックデスメタルに抵抗がある人にこそ聴いてほしい傑作です。

DARK TRANQUILLITYがカテゴライズされることが多いメロディックデスメタルメロデス)と呼ばれるジャンルは、90年代のHR/HMシーンで大きな人気を博す一方で、コアなメタルファンからはかなりの抵抗感を示されてきました。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%AB
メロデス登場の背景となった北欧(特にスウェーデン)の初期デスメタルシーンでは、スカンジナビア・ハードコアの“すっきり流れる一方で常に渋みを伴う”音遣い感覚に、CARCASS的な暗黒浮遊感、そして欧州フォーク〜クラシック音楽的な振幅の大きい美旋律を加えるスタイルが育まれてきました。
そうした初期デスメタルの名バンド(DISMEMBERやENTOMBEDなど)は最近のハードコアパンクシーンにも大きな影響を与える強力な魅力を持ったものばかりで(先述のような音遣い感覚はもちろん硬く躍動感のあるグルーヴなども)、これはコアなメタルファンにも歓迎されることが殆どです。
このような「それ以前のスラッシュ/ハードコアの渋みを残したまま美旋律を導入した」北欧デスメタルも所謂メロデスに括られることが多いのですが、現在広く認知される(そしてコアファンから敬遠される)タイプのメロデスは、美旋律の導入を優先する余り先述の“渋み”を失っていることが多いです。
具体例はあえて挙げませんが、特に90年代後半に日本盤が乱発された類のメロデスは、クラシカルなスケール(ハーモニックマイナー主体で殆ど半音を使わない)の薄味演歌的フレーズと安易な解決(ドミナントモーション)を連発するコード進行が極めて多く、そのワンパターンで底の浅い構造が様々な層から批判されてきました。
そうした傾向は「メロデス」と最初に呼ばれるようになった幾つかのバンドより後に登場した(フォロワー的な)バンド群にかなりはっきり共通し、先述のようなスタイルの「わかりやすく刺激は強いものの味の質が単調で浅い」感じが悪い意味でジャンル全体の特徴として認識されてしまうことになりました。
このような抵抗感は名サイト『Thrash or Die!』
http://www.geocities.co.jp/Broadway/4935/hm.html
のレビューにおける評価の分かれ方でもよく示されています。実際、スラッシュメタル/ハードコアを愛する優れた耳からすればそうした評価は正当で、私も良くも悪くも大きな影響を受けました。
しかし、全ての「メロデス」バンドがそうしたワンパターンなスタイルに陥っていたわけではありません。ARCH ENEMYはそこに分類されつつ最初から一線を画す音遣い感覚を備えていましたし、IN FLAMESSOILWORK等はそこに分類されつつ優れた拡張/発展を繰り返してきました。

メロデス」第一世代に数えられるDARK TRANQUILLITYもそうした優れたバンドの一つです。1991年結成のこのバンドは、雰囲気表現や音遣い感覚の好みが非常にはっきりしていて、それをより深く豊かに描くために作品毎に試行錯誤を繰り返す、という活動を一貫しやり通してきました。
2nd『The Gallery』('95)の冒頭を飾る名曲「Punish My Heaven」も、単旋律のパターンは限られていますが、そこに肉付けされるコードの流れは独特の滑らかになりきらない引っ掛かりを持っています。その上で、90年代前半の北欧地下シーン特有の冷たく澄明な雰囲気が見事です。
この初期の混沌とした(ヴィジョンはあるが手法を見つけられていない)表現志向が最初に飛躍したのが4th『Projector』('99)です。専任鍵盤奏者(以降ずっと重要な役割を担う)が加入したこともあり、固有のゴシック感覚が大きく花開くことになりました。
その4thと続く5th『Haven』('00)
で試したゴシカルな音遣いに巧みなキメを連発するメタル的展開美を加えた6th『Damage Done』('02)は、音遣いの混沌とした渋みは増したものの、卓越した作編曲と音楽史上最高のデスヴォイス音色表現(歪み声でない“普通の”超一流シンガーをも上回る表現力がある)を堪能できる傑作になっています。
そうした流れを踏まえた上でバンド史上最も重要な転換点となったのが7th『Character』('05)でしょう。複雑かつ効果的な展開のもとでの攻撃的な勢いが評価された傑作ですが、実は「スウェーデン(の初期デスメタル)とノルウェー(のブラックメタル)の音遣い感覚を巧みに融合した」一枚でもあります。
OPETHの項でも触れた「地域特有の音遣い感覚」が、DARK TRANQUILLITYならではの薫り高いゴシック感覚を注入されつつエッセンスのレベルで自然に融合されている。その意味で、本作は他に類を見ない傑作なのです。
この7thでは、上記のように抽出・融合されたエッセンスが割と“ダシのみ”の形で(だからこそはっきりと)提示されているのですが、その一方でゴシカルなミドルテンポ展開が蠱惑的な「The Endless Feed」
https://m.youtube.com/watch?v=0jNgM30oNoY
のようにそれまでにない引っ掛かりを生む(半音を効果的に活かした)作編曲もなされています。
このあたりから、このバンドの「コードの流れには独特のセンスが反映されているのに単旋律の作り方がオーソドックスでそれが足枷になっている」傾向がうまくほぐれてきた気がします。次作8th『Fiction』('07)はそうした展開が一気に花開いた傑作です。
この8thでは全曲で異なる曲調/雰囲気表現が試され、その全てで優れた成果が挙げられています。バンドの新たな代表曲『Empty Me』
https://m.youtube.com/watch?v=EjezXS5OLhY
の全く底が浅くない男泣き感覚などは過去作になかったものですし、その上で文句なしに素晴らしい仕上がりになっています。
以上のような試行錯誤を通して到達したのが本作9th『We Are The Void』('10)です。コアなデスメタル/ブラックメタルに通じる半音進行や“フレーズの飛躍”が泣きの進行にうまく取り込まれ、このバンドにしか出せない深く薫り高いゴシック感覚を生み出しています。
最後を飾るブラックメタル的パワーバラード「Iridium
https://m.youtube.com/watch?v=vzVDt1xYFsM
はこのバンドにしか作れない名曲でしょう。固有の優れたヴィジョンと20年に渡る試行錯誤を通し培った音遣い感覚は、優れたゴシック音楽としても欧州ならではのブルース音楽としても最高級品だと思います。

DARK TRANQUILLITYの影響源として確認できるのは↓などで、確かにアタマの4バンドは成る程その通りなのですが、それらをそのまま組み合わせればこういう音楽ができるかというとそんなことは全くありません。もっと多くのインプットと独自の探求があればこその個性なのだと思います。

DARK TRANQUILLITYの影響源】

(web上のインタビュー記事で確認できたもの)
(上にあるものほど頻出:重要度が高い模様)


KREATOR、SABBAT(UK)、DEPECHE MODE
HELLOWEEN

CRADLE OF FILTHRAMMSTEIN、TOOL、NECROMANTIA

METALLICA、FORBIDDEN、TESTAMENT、DESTRUCTION、DEATH ANGEL
RAVAGE〜ATHEIST、MORBID ANGEL、
NIHILIST、DR. SHRINKER、FATAL、VARATHRON、MERCILESS、SINDROME、ASSASSIN、THANATOS、ATROPHY、
SCANNER、SDI、NOT FRAGIL、
VARATHRON、ZEMINAL、INTOXICATE
MERCIFUL FATE、IRON MAIDEN、
BLIND GUARDIAN、CRIMSON GLORY

60〜70年代のプログレッシヴロック
(GOBLINのサントラ作など)


Mikael Stanne(2016)の人生の3枚
http://www.metalpaths.com/interviews/2016/11/26/interview-dark-tranquility-mikael-stanne/
クラシック音楽から一枚
モーツァルトやベートーベンあたり)
Jeff Buckley『Grace』
・ATHEIST『Unquestionable Presence』

〈キーボードの使い方〉
DEPECHE MODEや80年代シンセポップなどに想を得た(他の多くのメタルバンドがやるようなクラシカル/アトモスフェリックなのとは一味違う)手法

〈その他〉
・2nd『THE GALLERY』の日本盤ライナーノーツなどではMANOWARやDREAM THEATERの名前も挙げられている
・『BURRN!』誌の来日ツアー同行記では「ミカエルがカラオケで歌ったTHE DOORSは絶品だった」という話なども披露されていた


先述のような個性の確立度とアルバム全体の統一感という点では9thがベストと思いますが、DARK TRANQUILLITYは以降も素晴らしい音楽を作り続けています。10th『Construct」('13)収録の「Uniformity」
https://m.youtube.com/watch?v=BolGeBNPK1w
は私がこのバンドで最も好きな大名曲。悶絶級の美しさです。
昨年発表された最新作11th『Atoma』('16)も、アルバム全体の印象は地味ですが、このバンドにしか出せない味わいがより成熟した形で示された優れた作品だと思います。
8th以降はメロデス嫌いな人でも抵抗感の出にくい音遣いが主ですし、聴く価値は高いです。

DARK TRANQUILLITYが素晴らしいのは全ての作品において徹底的な“表現志向”を貫いている所です。作編曲や技術が優れているのは当然として、そこから深く豊かな表現力を生み出すことを最も重視し、それを常に達成し続ける。このようなバンドはメタルシーンに限らず意外と稀です。
そして、そうした活動を通して培われた「スウェーデンの暗く澄明な湿り気に溶かし込まれた薫り高いゴシック/ブルース感覚」は、他の音楽では聴けない最高の艶味を与えてくれます。
(個人的には最も惹かれるものの一つです。)
本当に素晴らしいバンドですし、ぜひ多くの人達に聴いて頂きたいです。

ちなみに、CARCASSの名盤4th『Heartwork』('93)はメロデス扱いされることも多いですが、「70年代HR〜80年代NWOBHMグラインドコアの暗黒浮遊感」的コード感は一般的な意味でのメロデスとは異なります。近いけれど別物と見るべきでしょう。

 

 

 

30:MASSIVE ATTACK『Protection』

 

 

Protection

Protection

 

 

 

1994年発表。ソウル/ファンク〜ジャズ〜レゲエをヒップホップ以降の感覚で融合した先達の2ndフルで、個性と品質が最高度に両立されている大傑作です。夜と朝が出会う時間帯にこれほど合う音楽も稀なのでは。理屈抜きに良いです。

MASSIVE ATTACKは「トリップホップ」「ブリストルサウンド」の先駆けとされるグループで、ヒップホップのグルーヴ展開(ほどよく揺れながら長いスパンで流れ続ける)と音響感覚(硬くラフにこすれながら付かず離れず絡む)を巧みに活かした音楽性で周囲に絶大な影響を与えました。
80年代初期には基本的なスタイルが確立されつつあったヒップホップでは、KRAFTWERKYMOといったエレクトロポップをはじめとした“非黒人音楽”が積極的にサンプリングされ、旧来の黒人音楽(タイトに磨き抜かれたグルーヴ)とは異なる“ヨレ”“訛り”が巧みに取り込まれていきました。
こうした非黒人音楽からの影響は音遣い面でも顕著にありました。黒人ブルース的なものと比べると“解決”を多用する薄めの(しかしそれならではの形で熟成された)引っ掛かり感覚が、JBあたりの同じく薄めに洗練されたブルース感覚と融合され、長尺をもたれさせない音遣い感覚を生んでいったのです。
そうやって生まれたヒップホップならではの“グルーヴの流れ方”(≒フロウ:基本的にはラップがバックトラックを乗りこなす質感を指す言葉だけど音楽全体に通じるものでもある)は、それでなければ作れない素晴らしい“居心地”を生み出す手段として、他の多くのジャンルに絶大な影響を与えてきました。
MASSIVE ATTACKは以上のようなスタイル/感覚を他の多様な音楽要素と融合した先駆けで、様々なビートミュージックが作り出す“効き目”を深く理解し掛け合わせる見事な作編曲〜トラックメイキング(この2つは同時並行:不可分に繋がっている)により不世出の傑作を多数生み出しています。

1st『Blue Lines』('91)はソウルミュージック/ファンク(SLY AND THE FAMILY STONEあたりの感じ)とレゲエ寄りダブを中心に多様な音楽要素を溶かし込んだ大傑作(歴史的名盤)で、ブルース的な強めの引っ掛かりはあるものの、それが欧州ならではの水気を加えてうまく解きほぐされています。
また、3rd『Mezzanine』('98)はニューウェーブ〜ゴシックロックの音遣い感覚とギターサウンドを大胆に導入した大傑作で、先述の豊かな音楽要素・グルーヴ感覚があって初めて可能な音響空間、そして抽象的ながら明快な曲展開により、欧米のロックシーンにも絶大な影響を与えました。
その間に発表された本作2nd『Protection』('94)は、両者の中間といえる音楽性を最高度に突き詰めたものになっています。レゲエ的な音進行が背景に引っ込む一方でダブ的な音響処理がより巧みに活用され、夜の深い時間に合うジャズ的なサウンドと見事に溶け合わされているなど。
収録曲はスタイルだけみるとビートも音進行もバリエーション豊かなのですが、雰囲気の質や空気感・テンション・基本的な人柄には確かな統一感があります。強力な曲ばかりなのに一枚聴き通した直後に残るのは「アルバム全体としての印象」。流れまとまりも抜群に良く、堪らなく居心地が良いです。
STEELY DAN『Aja』やMiles Davis『in a silent way』に通じる薫り高い雰囲気が、微細な緊張感が漂い続けるのに全く息苦しくならない(極上のソファ的な)空気感と、朦朧としつつ感覚の一部が冴えるような半覚醒感と共に、最高に洗練された形で示されています。
ローリング・ストーン誌はこの『Protection』を「朝の4時に都会をドライブする時に最適な音楽」として「全時代における最もクールなアルバム」のトップ10に入れたらしいですが、その評価には完全に納得できるものがあります。深夜に聴く音楽としてこれほど美味しいものも稀でしょう。
単に居心地が良いだけでなく、FUNKADELICとゴシックロックをレゲエ/ダブを媒介に接続しハウス化したような「Spying Glass」やGONG系サイケをスローなヒップホップにしたような「Eurochild」など、危険なものもある。洗練された闇という趣の雰囲気が堪らないです。
3rdの明確な展開/物語性も大変良く、わかりやすく引き込む訴求力が非常に好ましいですが、そういうのがはっきり前面に出ていないのに雰囲気の流れまとまりは実によい2ndの方が、何も考えず没入させられる(途中で考え始めてもいくらでも聴き込める)快適さは上。自分はこちらの方が好きですね。

という感じで、個人的には「深夜に聴く音楽」(特に“起き続けつつ気分を安定させる”ためのもの)としてはトップクラスに重宝するアルバムです。BUCK-TICK『SEXY STREAM LINER』や佐井好子『蝶のすむ部屋』あたりの雰囲気が好きな方なんかはドツボでしょう。お薦めです。