2021年下半期・メタル周辺ベストアルバム

【2021年下半期・メタル周辺ベストアルバム】

 

 

前回の記事作成時には聴いていなかった上半期リリース作品も含む

 

上半期の記事はこちら

 

closedeyevisuals.hatenablog.com

 

 

 

 

Dream Unending:Tide Turns Eternal

 

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 Justin De Tore(Innumerable Forms、Devil‘s Dareなど)とDerrick Vella(Tomb Mold、Outer Heaven)によるドゥームデスバンドの1stフルアルバム。Justinはドラムスとボーカル、Derrickはギターとベースを担当し、二人はこのバンドの音楽性を“Dream Doom”と形容している。

 2010年代に活発になり注目を集めるようになった初期デスメタルリバイバルは、バンド数の多さや豊かな音楽的広がりもあって外からは掴み所なく見えるかもしれないが、大勢としては幾つかの流行のもとかなり明確な傾向を生んでいる。Morbid AngelやImmolationに代表されるリチュアル系、Bolt Throwerの影響下にあるハードコア寄りのもの、Incantationのような重く速いタイプのドゥーミーなブルータルデスメタル、といった元々多かった系統に加え、ここ数年はDemilichに代表されるフィンランドものやdiSEMBOWELMENTのようなフューネラルドゥーム寄りスタイルの再評価が進み、Gorgutsに連なる不協和音デスメタルの系譜も広く知られるようになってきた。そうした流れがある程度固まってきたところに現れたのが90年代頭の英国初期ドゥームデスを参照するバンド群で、欧州ゴシックロックとエクストリームメタルの融合をいち早く成し遂げた初期のParadise Lost、My Dying Bride、Anathema(Peaceville Three:Peacevilleレーベルの代表格3組)がメタルから離れる前の作品群からインスピレーションを受けつつ、それら先達にはないバックグラウンドのもとで新たな境地を切り拓いている。こうした方向性はゴシックメタル周辺(先述の3バンドの直接的な系譜)においては途切れず引き継がれてきたものだが、それが先述のような初期デスメタルリバイバルの流れで実践され素晴らしい成果をあげることで脚光を浴び、異なる文脈においても知られる機会を得ることになった。Kayo Dot(こちらはシーンの流行を意識したのではなく前身バンドmaudlin of the Wellの25周年を踏まえた原点回帰という意味合いが強い)やWorm、そしてDream Unendingが今年の11月に相次いで傑作を発表したことで、この手のスタイルが一気に注目度を増し、新たな潮流を生みつつメタル語りの再考(これまで見過ごされがちだったニューウェーブ~ゴシックロックからの影響の吟味など)をも促していくのだと思われる。

 以上を踏まえて、Dream Unendingの音楽性を一言でいうならば、ブラックメタルの領域でAlcestやDeafheavenが成し遂げたジャンル外との接続のドゥームデス版ということになるだろう。AnathemaやEsoteric、Ahabといったゴシックデス~フューネラルドゥームの系譜を引き継ぎつつ、The CureCocteau Twins、デニス・ウィルソン(The Beach Boysの結成メンバーでブライアンの弟)、Pink Floydからも大きな影響を受け、それらの要素を分け隔てなく融合。タイトルトラックの中盤に挿入されるナレーション(スタートレックシリーズなどに出演したリチャード・ポーが担当)の候補にはThe Blue Nileのポール・ブキャナンが挙がっていたという話もあるように、演奏や音響の手法は伝統的なメタルの価値観に留まるものではなく、90~10年代に至る様々な領域の感覚を消化した上で新たな境地を開拓している。その上で素晴らしいのが、Autopsyやフィンランドの初期デスメタルなどが培い磨き上げてきたドゥームデスの形式がしっかり継承されているということと、それでいて表現されているものは極めて前向きだということである。アンダーグラウンドのマナーを尊重し血肉化(マニアからもtrueと認められるレベルで体現)しつつ、在り方や雰囲気表現の質は一線を画し、深淵を知った上で俯かない、かといって安易に能天気になるのでもない、地に足のついた厳しい優しさを示す。これは先掲のAlcestやDeafheavenにも成し得なかったことで、「セルアウトだ」「ハイプだ」みたいな批判を受けずにPitchforkの“今週の新譜6選”に選ばれるなどメタル外からも注目を集めている在り方は、Dream Unendingというバンド名および“Dream Doom”という自称ジャンル名に実によく合っている。シンプルなようでいて奥が深い作編曲(全てのフレーズが印象的で、最小限の積み重ねで特殊なコード感を生むアレンジも素晴らしい)も、慎重で逞しい演奏(スネアのほどよい深さやギターの艶やかさなど全ての鳴りが極上、“間”のコントロールもたまらない)も、真似のしやすさと代替不可能性を絶妙に兼ね備えており、新たなスタイルを定義しつつ越えられない金字塔たりうる「名盤」の条件を満たしている。伝統と革新を両立することで初めて可能になる類の大傑作。2021年を代表するメタルアルバムである。

 

インタビュー

The Soul is a Wave: A Conversation with Dream Unending (Interview) (invisibleoranges.com)

Full Album Stream & Interview: DREAM UNENDING Tide Turns Eternal - Decibel Magazine

Dream Unending Build Their Own Worlds Through Gorgeous Doom Metal - SPIN

 

 

 

Devin Townsend:The Puzzle

 

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 2年ぶりのスタジオフルアルバム(同時リリースの『Snuggles』と併せこの名義では9th・10th)。8thアルバム『Empath』は自身のメタル寄り路線およびプログレッシヴロックの歴史全体を総括するような傑作だったが、本作はそれをある程度引き継ぎつつ大きく趣向を変えた内容になっている。

 デヴィン・タウンゼンドの音楽は、フランク・ザッパスティーヴ・ヴァイ~テクニカルデスメタルの流れにある超絶技巧アンサンブルと、アンビエントニューエイジ的な音響および時間感覚を、その配合比率を変えながらミュージカル的なノリ(外連味あるプレゼンテーションの姿勢や音進行感覚など)のもと融け合わせる感じのもので、時にどちらか一方に極端に振り切ったりもしながら、それぞれ趣の異なる個性的な作品を多数生み出してきた。本作はそうした経歴を振り返ってみても類例のない仕上がりで、過去に取り組んできた様々なスタイルが新技(「Albert Hall」冒頭のプリミティヴブラックメタル的なトレモロリフなど)を織り交ぜつつ薄暗がりの中で忙しなくコラージュされていく。全てのフレーズが印象的なのに一々記憶に留めるのは容易でなく、今どこにいるのかもよくわからなくなりながらも不思議な落ち着きが得られ、仄暗い安らぎに浸っているうちにいつの間にか終点に着いている...という独特の音楽体験は、メタルというよりはヴァン・ダイク・パークス『Song Cycle』やジム・オルーク『The Visitor』に通じ、このような歴史的名盤群にひけをとらない特別な居心地を作り上げているし、そう考えると、メタルシーンでキャリアを築きつつその伝統的な価値観・音楽観では手に負えないイレギュラーな存在とみなされがちだったデヴィンの音楽全体をうまく読み込む糸口が得られるような気もしてくる。『The Puzzle』というタイトルのとおり、よくわからないながらも何度でも聴きたくなり、どれほど聴いても飽きず、繰り返し接するほどに旨みの芯のようなものが鮮明になってくる。個人的にはデヴィン関連作の中で最も惹かれるアルバム。メタル周辺音楽の歴史においても唯一無二の境地に達した大傑作だと思う。

 同時リリースの『Snuggles』はメタル/ロック色ゼロ、得意技の一つであるリッチな多重コーラスをLaraajiやSigur Rôsに通じる壮大な音響と絡めた感じのアンビエントニューエイジ路線なのだが、過去の同系統の作品群に比べ絶妙に渋みが増しており、それでいて各曲のフレーズは明確に印象的。こちらも今のこの人にしか作れない類の素晴らしい作品である。Dream Unendingなどと違い容易に真似できる対象ではない(つまりフォロワーが生まれにくくシーンの形成には直接繋がらない)タイプの存在感がさらに増し、良くも悪くも孤高のポジションを一層固めてしまっているけれども、30余年に渡るキャリアを経てなお全盛期を更新するような近年の活動は本当に素晴らしく、その勢いはこれからも続いていくのではないかと思われる。メタル外でいえばジェイコブ・コリアーなどにも勝るとも劣らない超絶的な才能だし、広く注目されてほしいものである。

 

 

 

King Woman:Celestial Blues

 

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 シューゲイザーバンドWhirrのボーカリストとして音楽活動を始めたKristina Esfandiariが携わる複数のソロプロジェクトのうち、特にヘヴィロックに焦点を当てたバンドの2ndフルアルバム。基本的にはドゥームメタル寄りの歌ものスタイルで、The Gatheringあたりに連なるゴシックメタル、Neurosisにも通じるスラッジ~ポストメタル的な要素などが、磨き抜かれたシンプルなフレーズ構成のもとで滑らかに統合されている。表現の主軸となっているのは、カリスマ派キリスト教の両親に育てられたなかで植え付けられたトラウマとの葛藤で(このインタビューなど参照)、そうしたテーマがミルトン『失楽園』的なメタファーを通して真摯に描かれている。これと関連することとして素晴らしいのが激しく繊細な演奏表現力。優れたリフを土台に丁寧に噛み合うアンサンブルはロックサウンドとして超一級、そこにのるKristinaの“囁きながら絶叫する”感じのボーカルも唯一無二の個性と力加減を示している。必要十分に練り込まれたアルバムの構成も完璧で、厳しくも柔らかい包容力が漂っていることもあってか、シリアスな雰囲気に貫かれているのに何度でも聴きたくなってしまう。どの曲も本当によくできているし、このテーマとこの音楽性でなければ実現不可能だった最高のハードロックアルバムなのではないかと思う。各所で高い評価を得ているのも当然。一見地味なようでいて稀有の魅力に満ちた傑作である。

 

 

 

Ad Nauseam:Imperative Imperceptible Impulse

 

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 イタリア出身。本作は5年ぶりのリリースとなる2ndフルアルバムで、ストラヴィンスキーやペンデレツキのような現代音楽寄り作曲家、アンダーグラウンドメタルの名バンド群、その他多岐に渡る影響を消化した上で、GorgutsやUlcerateを参照しつつその先の世界を切り拓くような高度な音楽性が構築されている。なにより驚異的なのは音響で、スティーヴ・アルビニを崇拝し理想の環境を作り上げるために自前のスタジオを建てたという蓄積のもと、イコライザーやコンプレッサーを殆ど使わない録音作業を膨大な時間をかけて完遂したという。爆音と膨大な手数を伴うデスメタルスタイルでそうした手法を成功させるというのはとても信じ難い(つまり演奏技術からして常軌を逸するレベルで凄いという)ことだが、本作の異様な音の良さを聴くと確かに納得させられるものがある。同様の音楽性を志向するミュージシャンの間では既に高い評価を得つつある(インタビューで名前が挙がることが既に少なくない)し、稀有の傑作としての定評がこれから固まっていくのではないかと思われる。

 

 

 

Anatomia:Corporeal Torment

 

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 日本のデスメタル周辺シーンを80年代末の黎明期から牽引するTakashi Tanaka(ドラムス・ボーカル)とJun Tonosaki(ギター・ベース)からなるバンド(2002年結成)、アルバムとしては4年ぶりとなる4thフル。一口にドゥームデス(英語圏ではDeath Doom表記が一般的な模様)と言っても様々なスタイルがあり、Autopsy、Incantation、Cianide、英国の初期ゴシックメタル、オーストラリアもの(diSEMBOWELMENTやMournful Congregation)、フィンランドもの(Rippikouluのようなハードコア寄りのものから、ThergothonやUnholyのようなフューネラルドゥームの始祖など)、KhanateからSunn O)))あたりに至るスラッジ~ドローンドゥームの系譜、MitochondrionやAntediluvianのような暗黒ブルータルデスメタルなど、音像は似ていても作編曲や雰囲気表現の質は一括りにできない豊かな広がりがあるのだが、Anatomiaはそのいずれにも与さない驚異的な個性を確立。Autopsyやフューネラルドゥーム的なものに隣接しつつ、Cold Meat Industryレーベルに代表されるダークアンビエントの音響/時間感覚を独自に消化したようなサウンドのもと、代替不可能な深い旨みを作り上げている。古今東西デスメタルのエッセンスをシンプルな単音フレーズに落とし込んだようなリフも独自のコード感も素晴らしく、長尺の展開を心地よく聴かせきる構成力および演奏表現力も極めて見事。最後を飾る「Mortem」の21分弱の長さが全く苦に感じられない緩急コントロールおよびペース配分の具現化力はこの世界でも屈指の凄さである。今年はDream UnendingやWorm、Cerebral RotやMortiferumなど、ドゥームデスの傑作が多数発表されたが、Anatomiaの本作はその中でも最高のひとつと言っていいだろう。どうしてもニッチでマニアックな印象が伴うスタイルだが、語り口は完璧に洗練されていて非常に浸りやすい。広く聴かれてほしいバンドである。

 

 

 

Antediluvian:The Divine Punishment

 

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 アルバムとしては8年ぶりのリリースとなった4thフル。Mitochondrionなどと並びカオティックなブルータルデスメタルの代表格だったバンドだが、本作ではそのルーツであるIncantation的なスタイルに回帰しつつ曲構成は格段に多彩に。VonやBlasphemyのような1st wave Black Metalに通じるリフを織り交ぜつつ、The Beatles「Revolution 9」(オーソドックスなロックンロール曲「Revolution」ではなくテープコラージュによる現代音楽的な長尺曲のほう)やPopol Vuhなどを経由してAmon Düülに至るような混沌が、「アルバム全体で1曲」的な緻密な構成のもと提示されている。2010年代までのエクストリームメタルの歴史を踏まえた上で初めて可能になった豊かな音楽性は、プログメタル云々でない言葉本来の意味での“プログレッシヴロック”を体現しているように思われる。Deathspell Omegaに通じる儀式的な装いがある一方で、上品にまとめようという気取りは一切なく、だからこそ野卑だが俗っぽくない佇まいになっているのも凄い。メタル領域からしか生まれ得ない(それでいてメタルの枠には留まらない)類の傑作。初期Coilのようなインダストリアルの気高く猥雑な雰囲気が好きな方にもお薦めである。

 

 

 

Berried Alive:Mixgrape

 

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 一言でいえば、デスコアやハイパーポップを通過したPrimusが初期ビリー・アイリッシュと融合したような音である。Djent以降の技術水準からみても異常にうま過ぎるギターは全編でとんでもないフレーズを滑らかに弾きまくるのだが、余計なソロは一つもなく、変則的なリフの数々がコンパクトに洗練されたポップソングの構成要素として不可欠に機能している。演奏的な意味での身体能力が高すぎるためどうしても元気な印象が生まれてしまう一方で、ボーカルのトーンは極めてシリアスで、そうした兼ね合いが総体として絶妙なバランスを生んでいるのも面白い。アートワークや曲名(buried alive=生き埋めを果物のberryでもじったユニット名や、それをふまえてgrave digger=墓堀り人をgrape diggerとするなど)に溢れるおふざけ感はLimp Bizkitあたりにも通じるし、その上で現代メタル・ポップミュージック双方の境界を楽しくクレイジーに押し広げようとする音楽なのだろう。技術と節度が高度に両立されることで初めて可能になる驚異的な作品である。

 

 

 

CaÏna:Take Me Away from All This Death

 

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 英国の一人ブラックメタルユニットによる9枚目のフルアルバム。ブラックメタル~ノイズ~インダストリアルを網羅する(一人で全パートを担当するこの手のユニットではわりとありがちな)方向性のもとで優れた構成力を示していた過去作の路線をある程度引き継ぎつつ、本作では80年代ゴシックロックの要素を一気に増量。Depeche ModeThe Cureを土台にしつつ独自の味わいを出したような歌もの、1st wave Black Metal寄りの獰猛なブラックメタル、Septicfleshあたりにも通じる地中海的な神秘表現など、各曲のスタイルは明確に描き分けられているが、その配置の仕方が絶妙で、アルバム全体を通して描かれる流れや輪郭は実に美しい。ノイジーにこもっているようでいて緻密に作り込まれたプリミティヴ音響も一つ一つのリフの個性的な冴えも素晴らしく、少しくらい凄いことをやっても没個性とみられがちなこの系譜において頭ひとつもふたつも抜けた出来になっているように思う。Darkthroneの名作『Transilvanian Hunger』をもじったと思われる「Castlevanian Hunger」(Castlevaniaは高難度で知られる名作アクションゲーム『悪魔城ドラキュラ』の英語名)において欧州ハードコアからゴシックロック経由で2nd wave Black Metalに至る諸々のスタイルを見事に融合してみせるなど、ユーモア感覚と気迫が自然に並び立っているようなところも興味深い。構造的強度と念のこもり方の両面において優れた傑作である。

 

 

 

Cynic:Ascension Codes

 

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 7年ぶりのリリースとなった4thフル。過去作で重要な役割を担ってきたこのジャンルを代表する達人、ショーン・レイナート(ドラムス、2015年に脱退)とショーン・マローン(ベース)が2020年に相次いで亡くなり、バンドとしての活動が危ぶまれていた中で発表されたアルバムで、ファンからの期待(ハードル設定)は非常に高くなっていたのだが、蓋を開けてみれば概ね満足されているというか、基本的には絶賛と共に迎え入れられているように思われる。そもそもCynicは2006年の復活以降は実質的にポール・マスヴィダル(ギター・ボーカル)のリーダーバンドで、ポール特有のメロウかつシリアスな音進行感覚を各プレイヤー特有のフレージング(1993年の歴史的名盤1stフルにもあった、まどろっこしく蠢くようなギターリフや、既存のメタルやジャズロックの枠を大きく超えた創造的なドラムアレンジ)によりCynic的に料理する活動を続けてきた。3rdフル(2014年)発表時のインタビューでTame Impalaやカエターノ・ヴェローゾを好んで聴いていたという発言があるように、ポールの音楽志向はメタルやプログレッシヴロックよりもインディロック寄りで、それをメタルファンにも納得しやすい形に整理したのが2008年の歴史的名盤2ndフルだったのである。そうした経歴を踏まえてみると、本作4thフルは上記のような持ち味を見事に発展させ過去最高の形でまとめ上げた傑作だといえる。9つのソングと9つの短いインタールード(数個の主題による変奏と思われる)からなる構成は、冒頭の「The Winged Ones」と真ん中の9トラック目「DNA Activation Template」で同一展開(一見5拍子に思われるが全部4拍子)を持ってくるなど、アルバム全体のまとまりが緻密に考え抜かれており、それが各曲のやや歪な展開と絶妙なバランスを生んでいる。ポール特有の音進行も実に良い感じで、柔らかくもどこまでも沈んでいくような展開(2010年のEP『Re-Traced』などに顕著、繰り返し接しているとしんどくなるので個人的には惹かれつつも苦手だった)が絶望一辺倒でない前向きなまとめ方をされているのが好ましい。2017年からドラムスを担当しているマット・リンチの演奏も素晴らしく、レイナートとは異なるタイプの変則的なフレーズ構成とメタルコア以降のグルーヴ感覚をもってこのバンドの質感を現代的にアップグレードしてくれていると思う。個人的には2ndフル以降では最も好きな(というか“中毒”症状なしで習慣性を導いてくれると納得できる)アルバム。インディロック方面とメタルの融合の尖端部としても評価されるべき傑作である。

 

 

 

Deafheaven:Infinite Granite

 

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 インディロック方面のメジャーな音楽メディア(Pitchforkなど)での評価も固まり、“メタルをあまり聴かない音楽ファンからの知名度が最も高いメタルバンド”的なポジションが確立された上で、「今回のアルバムは自分達にとってのRadiohead『Kid A』になる」という発言とともにリリースされた5thフル。ブラックメタル的な絶叫やブラストビートは殆ど無くなってはいるもののメタリックな質感はわりとそのまま保たれている(ドラムスまわりなどの音作りにはメタル出身ならではの肌感覚が根差している)一方で、音進行や雰囲気表現は確かにメタル的なところを逸脱しており、快感原則はある程度引き継いでいて見た目はあまり変わらないが考え方は大きく入れ替わっているという印象の、解釈するのが意外と難しい仕上がりになっている。

歴史的名盤となった2013年の2ndフル『Sunbather』がメタル内からもそこまで問題なく受け入れられた理由の一つには、雰囲気表現はともかくとして演奏感覚はブラックメタルの刹那的な勢いをそのまま高品質で体現しているというのがあり、絶叫ボーカルや崩壊気味に突っ走るドラムスがジャンル文化的な表現の記名性においても越境的な個性の提示においてもうまく機能していた面もあったと思われる。これは脱メタル路線の落ち着いたアンサンブル表現においては足を引っ張りうるもので、本作を聴く前はそこをどうクリアするかが心配だったのだが、蓋を開けてみれば全く問題なくうまく活きており、絶叫をほぼ完全に排したメロディアスな歌唱表現は個性もあって見事だし、ドラムスは爪先立ちのスリリングなタッチを残しつつ抜群の安定感を示している。その点において、メタル的な身体感覚を引き継ぎつつ巧みに衣替えしてみせたと思える作品なのだが、そういう「今まで通りメタル的な立ち位置からも聴けるじゃないか」的な感覚で接すると楽曲の方は「良いけどあまりピンとこない」となってしまう、という状態が個人的には長く続いていた。フレーズ構築や楽曲構成などはメタルだと思わずに聴いてみたほうが手応えが増すし、意外と過去作の延長線上で聴けてしまえるのが解釈の障害になるタイプの作品なのではないかと思う。

本作に関しては、メタルを殆ど聴かないシューゲイザー方面の方が書いたこの素晴らしいレビューのように、メタルの基準や傾向から離れて聴いてみるほうがうまく読み込めるように思う。たとえば中盤のハイライト「Lament for Wasps」はBoards of Canadaマニュエル・ゲッチング『E2-E4』、King Kruleなどを聴く感覚で接した方がしっくりくるし、朝焼けの直前を捉えた感じの雰囲気はMassive Attack『Protection』あたりにこそ通じるものがある。メンバーが各々のお気に入り音源について語ったBandcamp掲載の記事で挙げられた名前は大部分がメタル外のアーティストだったし、メタルのフォームや美学との接点を保ちつつ内部構造は大胆に組み換えてみせたのが本作だとみるべきなのかもしれない。そう考えてみると、最終曲「Mombasa」終盤のThin Lizzy的な展開はこのような微妙なポジションをよく表しているようにも思われる。リリース前の注目度が非常に高く、あらかじめ問題作とみなされるような運命を背負っておきながら、事前に予想されたのとは全く異なる角度から微妙な違和感を呼び起こしたアルバム。予備知識や先入観なしで接すれば何も気にせず楽しめる素晴らしい代物だし、様々なジャンルの音楽ファンに聴いてみてほしい、それぞれの立ち位置からの感想を教えてほしい作品である。

 

 

 

Fetid Zombie:Transmutations

 

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 アンダーグラウンドメタルの領域で著名なカバーアート画家Mark Riddickのソロプロジェクト、活動14年目の7thフル。正統派ヘヴィメタルからデスメタルに至る豊かな知見を様々に組み合わせ、アルバムごとに異なる配合のエクストリームメタル(初期デスメタル寄り)を生み出してきたが、本作ではその試みが過去最高のバランスで結実。80年代後半の神秘的なパワーメタルをスウェーデンプログレッシヴな初期デスメタルと混ぜた感じの音楽性は、初期の聖飢魔ⅡやCrimson Gloryを後期Carbonized経由でCrypt of Kerberosと融合したような趣があり、エピックメタルとコズミックデスメタルを接続する批評的表現としても、理屈抜きに浸れる味わい深いロックサウンドとしても、素晴らしい成果を示している。それぞれ異なる表情に描き分けられた6つの収録曲は全てが名曲級の出来で、アルバム全体の流れまとまりも非常に良い。4名の客演ギタリストが弾きまくる極上のソロ(いずれも過不足なく練り込まれた美旋律)群は、メロディアスなものが好きな音楽ファンすべてに強力にアピールするのではないかと思う。タイプは微妙に異なるがFirst FragmentやKhemmisなどと並ぶ80年代メタルリバイバルの系譜、その最高の成果としても知られてほしい傑作である。

 これは自分のアンテナの張り方が足りない(気付くタイミングが遅かった)のも大きい気もするが、今年は一人多重録音のエクストリームメタル作品に興味深いものが特に多かったように思う。Fire-Toolz やDungeon Serpentは大きな注目を集めていたし、Sallow Moth・Care Neir・Gonemageをはじめとする多数の一人バンドで興味深い作品を連発するGarry Brents、その他にもSugar WoundsやAlchemy of Fleshなど、小回りのきく個人単位で豊かな/越境的な音楽を作り続けているミュージシャンがメタル周辺の領域にも実はかなり多いということがわかってきた。昨年の年間ベスト記事で取り上げたRebel Wizardもその好例で、そことも隣接するブラックメタルの領域では、BurzumやThornsといったノルウェーシーンの先達による“一人ブラックメタル”の制作姿勢(これはメタル領域におけるベッドルームミュージックの代表例と言っていいだろう)が脈々と引き継がれ、EsoctrilihumやMare Cognitum、Spectral Loreなどが近年も傑作を連発している。また、規格外の巨大な存在感があるため逆に意識されづらくなっている印象もあるが、そもそもデヴィン・タウンゼンドはこうした一人制作アーティストの嚆矢であり代表格なのだとも言える。各楽器の専門家を集めたバンド編成による人力演奏が美徳とされるジャンルでは、こうしたプロジェクト形式はどうしても見過ごされがちなものだけれども、シーンの広がりやその成果を適切に把握するためには無視することはできない。そうした傾向はこれからさらに増していくのではないかと思われる。

 

 

 

Fire-Toolz:Eternal Home

 

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 Angel Marcloidの一人多重録音ユニットによる、Bandcamp上にあるものとしては6枚目のフルアルバム。フランク・ザッパやmats/morganに通じる複雑かつポップなジャズロックフュージョンがプログメタルやブラックメタル経由でIDMと接続しているような音楽で、そうした緻密な楽曲構造が80年代的な音響イメージとハイパーポップ以降のビート感覚で彩られている。4部からなる全78分のアルバム構成は完璧で、一見過剰にも思えるボリュームに反し口当たりはとても軽やか。何度でも気軽にリピートできてしまうし、そうさせるための配慮や推敲が徹底的になされた作品なのだと思う。

本作に関する感想を見るとその多くがvaporwaveとの関連を指摘しているが、“@fire₋toolz vaporwave”でツイッター検索してみると、本作をvaporwaveと絡めて語るツイート(自分に対するリプライや引用RTでない、エゴサーチで発見したのだろう相手)に対し「vaporwaveに影響を与えたジャンルやムーブメントから影響を受けてはいるが、自分の音楽はvaporwaveではない」「80年代の音楽が好きであれば似通ったものになるわけで、こういう言い方にあてこすりの意図はないけれども、混同しないでくれると助かる」というリプライを繰り返したり、「vaporwaveはEDMの一種だと思うけど、最近は“EDMでないエレクトロニック・ミュージック”がvaporwaveの定義となってきている感がある。みんなはどう思う?」というvaporwave関連のプロデューサー/プロモーターに対し「どこが?フューチャーファンクとサウンドがちょっとだけ似ている点を除けば共通点なんてないのでは」「通じる点もあるかもしれないけどそれは極小、出自にはパンク精神があるvaporwaveはEDM領域からは外れるものだと思う」という議論を投げかけたりしている様子がどんどん出てくる。こういうやり取りには、vaporwave扱いされることに辟易している一方で思い入れがないわけでもない、丁寧で誠実な理解をしようと心がけている姿勢や性格が滲み出ているように思う。実際、昨年6月に公開されたBandcampにある好きな音源特集でtelepathテレパシー能力者の『アマテラス』を挙げているなど、そちら方面の影響を受けているのは間違いないのだが、その上でそうした要素をFire-Toolz名義の作品に反映するのは注意深く避けているのだろう。様々な音楽ジャンルを探究して得たエッセンスを自在に混淆しつつ注意深くコントロールを利かせる、貪欲にはなるが無節操にはならない誠実さのようなものが常にあって、それだからこそ可能になる深く精緻なジャンル/スタイル理解が土台になっている音楽なのだと思われる。同記事のExivious『Liminal』(Cynic人脈のメンバーによるフュージョン寄りプログメタルの傑作)の項ではRushやDream Theater経由でジャズ近傍のプログメタルにのめり込んでいった経緯が語られており、それと本作収録曲の影響源解説記事を読み込めば、ブラックメタル的なもの(Deafheavenなどは直接のインスピレーション源ではないとのこと)とエモ(MineralやAppleseed Castなど)の接続、そういう印象が一際強い「I Am A Cloud」はクリストファー・クロス「Angry Young Men」が土台になっているということ、DeftonesIDM、Kayo Dotからの影響といった諸々のヒントが得られ、表面をなぞるだけでは到底思い至らなかった複雑な構造に感嘆させられつつ納得することができる。こうした在り方は、“インターネット発の音楽”以降の越境的なディグ姿勢と、それ以前の世代から脈々と受け継がれる厳密なジャンル意識/知識を見事に両立しており、2020年代でなければ生まれない(そしておそらくこれ以降の世代からはどんどん生まれにくくなる)類のものなのではないかと思われる。弾幕シューティングゲームのBGMとしても聴けるところなども興味深い。メタルシーンの中から生まれた音楽ではないが、その内外を様々な領域と接続してみせている点においても非常に重要な作品。メタルファンにもそうでない音楽のファンにもぜひ聴いてみてほしい傑作である。

 

 

 

Frontierer:Oxidized

 

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 大きな注目を浴びた2018年の前作『Unloved』に続く3rdフル。過去作では歪なところが残っていた曲展開を完璧に洗練、演奏の迫力はさらに数段ブーストした圧倒的な作品で、荒れ狂いすぎるアーミング&ハーモニクスリフを美しく活かしきる仕上がりは革命的と言っていいのでは。Car BombやCode Orangeの先にある音楽で、ブレイクダウンにこだわるメタルコア/マスコアやIDMから出発することで初めて可能になる新しさに満ち溢れている。今年発表されたものの中ではおそらく最もテンションが高い(ということがわかりやすく伝わってくる)音源の一つであり、“電子ドラッグ” “digital torture by dying computer”みたいな呆れ気味の絶賛をされているのも無理もないという感じ。「Death /」のアーミング3連発などは来るとわかっていても爆笑してしまう勢いがある。曲順構成も申し分なく良く非常に完成度の高いアルバムで、これがName Your Price投げ銭、無料DLもOK)で入手できてしまうのは申し訳なく思える。メタルやハードコアに限らず電子音楽などのファンにもお薦めである。

 

 

 

Leprous:Aphelion

 

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 アルバムとしては2年ぶりのリリースとなる7thフル。前作6thはビリー・アイリッシュとデヴィン・タウンゼンドの間にある感じの音楽性で、Portisheadとプログメタルを掛け合わせたような路線をもって現代ポップスの音響基準とメタルサウンドを自然に両立させる試みが素晴らしい達成を示していたが、本作ではそこからさらに前進。Dead Can DanceディアンジェロをSon Luxのような現代ジャズ寄りポップス経由で融合、Dream Theater『Awake』からdjentに至るプログメタルの流儀で具現化したような凄まじい仕上がりになっている。このバンドの強みはやはり圧倒的にうまいボーカルで、この“歌”が絶対的な看板になれるために長尺のソロパートを入れる必要がないというのは音楽性の変化に大きく影響してきたのではないかと思われる。「Have You Ever」のネオソウル的アンサンブル(均一BPMの流れのもとつんのめる)はメタル(アクセントの強弱をあまりつけずメカニカルに整いがち)ではいまだに例外的、そこにクラシック音楽的(伸縮BPMを駆使してゆらぐ)ボーカルが乗るアンサンブルは、少なくともこのジャンルでは革新的と言っていいのではないかと思われる。前作の陰鬱な内省感覚を引き継ぎつつエンターテインメント志向も程よく示す雰囲気も良い感じ。現代メタルの尖端をメジャー寄りのところから切り拓く傑作である。

 

詳しくはこちら

 

 

 

Lingua Ignota:Sinner Get Ready

 

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 4枚目のフルアルバム。2019年の前作『Caligula』は、正規の教育を受けてきたクラシック音楽方面の楽曲構造をノイズ~パワーエレクトロニクスブラックメタルといったエクストリームミュージックの語彙で彩った驚異的な作品で、それまでの人生やエクストリームミュージックシーンで被ってきた凄惨な家庭内暴力や虐待に立ち向かう歌詞表現もあわせ、メタルや電子音楽の領域を越えて大きな注目を集めることとなった。それに続く本作『Sinner Get Ready』では、このインタビューにもあるように、『Caligula』を同一路線で上回るものを作れという要求に対する反骨心もあってか大きな方向転換がなされている。楽曲的には18世紀以降のクラシック音楽というよりもそれ以前の古楽や欧州民俗音楽に通じる仄暗い色合いが増し、電子音響や打楽器は完全に排されアコースティック楽器(ピアノやバンジョー、マウンテンダルシマーなど)が主体となっているのだが、だからといって静謐で落ち着いた感じになりきったわけではなく、プリペアド処理を施した楽器に強烈なエコーをかけたサウンドはむしろプリミティブな響きを増し、前作では表現できなかった類の強烈な激しさを生んでいる。Roadburnの姿勢にも通じる(実際関わりは深い)“ヘヴィさの更新”を成し遂げた傑作であり、背景事情を知らない相手にも強く訴えかける力を持った音楽なのではないかと思う。

 本作が発表されてから4ヶ月経った12月10日に、Lingua Ignota本人のSNSアカウントにおいて、Daughters(アメリカのノイズロック~ハードコアシーンを代表する重要バンド)のボーカリストであるAlexis Marshallより2019年7月から2021年6月にわたって精神的・性的虐待を受け、2020年の12月には自宅地下室で自殺を試みるほど追い詰められていた、という経緯を示す声明出された(冒頭に要約があるが全編では38,000 wordsに及ぶ長さ:他にも多数いるらしいAlexisの被害者を助けるため)。本当に痛ましい話で、これを前提として接するのは少なからず辛い音楽ではあるのだが、こうしたことを踏まえて立ち上がる力にも満ちた素晴らしい作品だし、できるかぎり広く聴かれてほしいものである。

 

 

 

Plebeian Grandstand:Rien ne suffit

 

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 5年半ぶりのリリースとなった4thフルアルバム。Deathspell Omegaのようなブラックメタルの影響下にあるカオティックなハードコアを追求していた前作までとは一転、野太くのたうちまわる電子音響を全面的にフィーチャーした仕上がりになっており、Frontiererなどとはまた毛色の異なる革新的な音像を示している。不協和音エクストリームメタルの系譜にある音進行感覚をさらに数段推し進めたようなリフ展開は数回聴いた程度では正直あまりピンとくるものではないのだが、繰り返し接するほどにそれに対応する回路が築き上げられ、未知の領域に立ち入るための準備を着実に整えさせられていくような手応えがある。実力のわりに知名度がなさすぎるバンドだったが、Stereogumの年間ベストメタルアルバム1位に選ばれるなど、ここにきて一気に注目度が増している感も。今後の展開が非常に楽しみになる傑作である。

 

 

 

Seputus:Phantom Indigo

 

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 Seputusは3人全員がPyrrhonのメンバーだが(そちらのリーダーと目されるDylan DiLellaのみ不在)、テクニカルデスメタル形式を土台にしながらもPyrrhonとは大きく異なる音楽性を志向している。神経学者オリバー・サックスの著書『Hallucinations』(邦題:見てしまう人びと 幻覚の脳科学)を主題に5年かけて構築されたという本作2ndフルは、Gorguts『Colored Sands』あたりの不協和音デスメタルDeftones経由でNeurosisに繋げたような音楽性で、何回聴いてもぼやけた印象が残る(“焦点が合わない具合”が安定して保たれる感じの)特殊な音響構築のもと、驚異的に優れた作編曲と演奏表現で走り抜ける作品になっている。この手のスタイルにしては不思議な明るさが嫌味なく伴う音楽性は代替不可能な魅力に満ちており、“不協和音デスメタル”の系譜のもと新たな世界を切り拓く姿勢が素晴らしい。音楽構造・雰囲気表現の両面においてこの領域をさらに拡張する傑作である。

 

 

 

Succumb:XXI

 

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 4年ぶりのリリースとなった2ndフル。個人的には2021年のリフ大賞アルバムである。おおまかに言えばPortalとConvergeを足して割らずしかもキャッチーにしたような音楽性のデスメタリック/ブラッケンドハードコアなのだが、トリッキーかつ印象的な名フレーズの数々を何層も折り重ねて変則的な展開を作っていく作編曲が本当に見事で、繰り返し聴くほどに新たな旨みが滲み出ていく(スピーカーで繰り返し聴いた上でイヤホンで聴くと、それまで思っていたよりも5倍くらい緻密なアレンジがなされていることがわかり唸らされる)。それを具現化する演奏も全パート素晴らしく、Pan SonicAutechre、LowやP-Funk周辺からも影響を受けたという豊かな演奏表現がグラインドコア的な勢いのもとで余裕をもって表現されるさまは、どれだけしつこく聴き込んでも飽きさせられることがない。以上のような楽曲およびアンサンブルの魅力をふまえた上で特に耳を惹くCheri Musrasrikのボーカルも格好良すぎで、柔らかく強靭ながなり声はサウンド全体の顔として最高の仕事をしているのではないかと思う。あえて言えば最終曲の終盤がMorbid Angelオマージュになっているのが微妙にひっかかるのだが(個人的にもMorbid Angelは大好きだし、ルーツ提示~ジャンル論的にも必要な構成だったのではないかとは思うのだが、このバンドなら更に凄いオリジナル展開で勝負できただろうと思わされてしまうだけに)、まあそれは些細な話だろう。自分が今年50回以上聴き通した唯一のアルバムであり、作編曲・演奏・音作り全ての面において完璧と言っていい傑作。お薦めである。

 

 

 

Vildhjarta:måsstaden under vatten

 

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 2013年発表のEPから実に8年ぶりのリリースとなった2ndフルアルバム。2011年の1stフル『Måsstaden』はMeshuggah影響下のジャンルdjentにおいて特に暗く抽象的な路線を開拓した傑作で、メンバーによる造語“thall”と併せ一つのスタイルを確立した金字塔的名盤となっている。本作2ndフルではその路線がさらに過剰に強化され、全17曲80分の長さに拡張。Meshuggah特有のアンビエント感覚をデスコア寄りの獰猛なグルーヴ表現とともに堪能させられるような構成は、基本的には4拍子でシンバルの刻みにさえ注目していれば容易にノリ続けてしまえる一方で、一つ一つのリフの形を具体的に覚えるのは難しく、常に印象的だが区別がつきにくい、似たかたちの木々が並ぶ迷いの森の奥で彷徨うような居心地に繋がっている(これはアートワーク面でもこのバンドのモチーフになっている)。聴き続けていてふと曲番を見たときに「えっまだこのあたりなの?」となるが、それが必ずしも悪いことにはならない、意義のある表現力を生んでしまうのは、こういう音楽性のこのような構成の作品でなければ成し得ないことなのではないだろうか。Meshuggahでいえば『Catch 33』に通じる、それを数段抽象的かつ卑近にした感じのトータルアルバム。稀有の傑作だと思う。

 

 

 

Whitechapel:Kin

 

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 2年ぶりのリリースとなる8thフルアルバム。デスコアの代表格として注目を浴びつつ、そのジャンル的定型から積極的に逸脱する試みを繰り返してきたバンドであり、本作ではそれが見事な結実を示している。まず凄いのはPhil Bozemanの歌唱表現力で、分厚く獰猛な歪み声だけみても一流のフロントマンと言えるのに、メロディアスな歌唱(いわゆるクリーン)でも多彩なトーンコントロールや力加減の描き分けをすることができ(というかむしろクリーンの方が上手く、その手の選任シンガーを上回る訴求力がある)、それらを全く違和感なく切り替えて聴かせてしまうことができる。作編曲もその歌唱表現力を十全に活かすかたちに仕上がっており、デスコア的疾走パートとカントリー~アメリカーナ的しっとりパートが頻繁に入れ替わるのにその繋ぎ目が不自然に思える箇所は全くない。90年代スウェーデンメロディックデスメタルに通じる冷たく仄暗い叙情が艶やかに漂うのも魅力的で、北欧のバンドにとっての欧州フォークと本作におけるカントリー的展開(アメリカのエピックメタルにもよく出てくる音進行)は各々のルーツとして似た意義を持っているんだろうなと納得させてくれたりもする。PanteraやLamb of Godなどに通じる存在感をもつこういうバンドが出てくるのをみると、今のメタルも本当に面白いし、サブジャンル的な聴かず嫌いをせずに広く探究していかなければならないなと実感させられる。メタルコアとかデスコアなんてチャラいだけの音楽だと思っているような人こそ聴くべき傑作である。