【2021年・下半期ベストアルバム】

【2021年・下半期ベストアルバム】

 

・2021年下半期に発表されたアルバム(上半期に聴き逃したもの含む)の個人的ベスト20(順位なし)です。

 

・評価基準はこちらです。

 

closedeyevisuals.hatenablog.com

 

個人的に特に「肌に合う」「繰り返し興味深く聴き込める」ものを優先して選んでいます。

個人的に相性が良くなくあまり頻繁に接することはできないと判断した場合は、圧倒的にクオリティが高く誰もが認める名盤と思われるものであっても順位が低めになることがあります。「作品の凄さ(のうち個人的に把握できたもの)」×「個人的相性」の多寡から選ばれた作品のリストと考えてくださると幸いです。

 

・これはあくまで自分の考えなのですが、他の誰かに見せるべく公開するベスト記事では、あまり多くの作品を挙げるべきではないと思っています。自分がそういう記事を読む場合、30枚も50枚も(具体的な記述なしで)「順不同」で並べられてもどれに注目すればいいのか迷いますし、たとえ順位付けされていたとしても、そんなに多くの枚数に手を出すのも面倒ですから、せいぜい上位5~10枚くらいにしか目が留まりません。

(この場合でいえば「11~30位はそんなに面白くないんだな」と思ってしまうことさえあり得ます。)

 

たとえば一年に500枚くらい聴き通した上で「出色の作品30枚でその年を総括する」のならそれでもいいのですが、「自分はこんなに聴いている」という主張をしたいのならともかく、「どうしても聴いてほしい傑作をお知らせする」お薦め目的で書くならば、思い切って絞り込んだ少数精鋭を提示するほうが、読む側に伝わり印象に残りやすくなると思うのです。

 

以下の20枚は、そういう意図のもとで選ばれた傑作です。選ぶ方によっては「ベスト1」になる可能性も高いものばかりですし、機会があればぜひ聴いてみられることをお勧めいたします。もちろんここに入っていない傑作も多数存在します。他の方のベスト記事とあわせて参考にして頂けると幸いです。

 

・いずれのアルバムもデータ(CD以上の音質)購入のうえ10回以上聴き通しています。

 

 

 

[下半期best20](アルファベット音順)

 

 

Anna YamadaMONOKURO

 

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 「アナログシンセ弾き語り」と言われるとPhew(新譜『New Decade』が素晴らしかった)のような不穏でつかみどころのないものが連想されるかもしれないが、本作は印象的な歌ものばかりで非常に聴きやすい。どの曲も変則的ながら極めて印象的なポップソングになっていて、それこそ“全曲シングルカット可能”な訴求力があり、その上でアルバム全体としての流れまとまりも完璧。青葉市子や寺尾紗穂に通じる(その上でしっかり独自の味がある)ボーカルも、『Zero Set』やLiaisons Dangereusesのようなコニー・プランク仕事(またはSOFT BALLET)に通じる音響も、淡白さと艶やかさの両立具合が素晴らしいというほかない。泣き疲れた後の凪を不愛想に潤してくれるような聴き心地は唯一無二で、多くの人にとっての大事な“人生の友”になりうる一枚なのではないかと思う。各種ストリーミングサービスやBandcampにないからか全然話題になっていないのが勿体なさすぎる大傑作。少しでも興味を持たれた方はぜひ。

 

2nd Album "MONOKURO" | annayamada.net

 

 

 

Arooj Aftab:Vulture Prince

 

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 最初に聴いた時点では「まあ良いけどそこまでピンとこないかな」くらいの感想しか得られないけれども、なんとなく5回ほど聴き通しているうちに、イントロが流れた時点で「これは名盤だろ」としか思えなくなるようなアルバムがある。本作はその最たるもので、各曲のゆったりした時間感覚と、それらがすべて集まることで生まれるロングスパンの居心地、その足並みの揃い方が本当に素晴らしい。Aroojの声にはゆったりこびりつくような肌触りがあって、過去作でアンビエント寄りの作品を志向していたからこそ可能になったのだろうこの歌唱表現はこのアルバムの核になっているし、それを控えめに彩る種々の楽器も絶妙なはたらきをしている。哀嘆に暮れつつ日々のささやかな仕合せを嚙みしめるような気分も実に得難く、涙がゆっくり地面に沁み込んでいくような聴き心地は接するほどにかけがえのないものになっていく。グラミー賞ノミネートも当然の傑作だと思う。

 

リリース当初はサブスクでも聴けたが、現在はBandcampのみの配信になっている模様

Vulture Prince | Arooj Aftab (bandcamp.com)

 

 

 

betcover!!:時間

 

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 レイトショーの行き帰りにとてもよく聴いた。驚異的に素晴らしい配信ライヴを観るとやはり生の表現力が神髄なんだろうなとも思うけれども、このスタジオアルバムにも(というか「にこそ」)本当に特別な気分が捉えられていると思う。冒頭の「幽霊」はPink Floyd影響源一覧には挙げられていないけれども)系譜の英国ロック歌謡として至高の一曲だと思うのだが、そこからKing Kruleを連想する人も多く(それも確かによくわかる)、世代やバックグラウンドによって異なるものを想起しつつ深く惹かれるこういう様子をみると、確かに時間を超える訴求力を勝ち得ている傑作なのだなと感じる。最高の“夜の音楽”だと思う。

 

 

 

cali≠gari:15

 

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 cali≠gariについては過去の年間ベスト記事ZINEでいろいろ書いてきたが、それは主に「深く惹かれる一方で、自分にはうまく飲み下せないタイプの澱があり、それがどんな質のものなのか理解したい」という動機からくるものだったように思う。そういう葛藤を本作ではあまり感じずにいられるのは、まずなによりも音が良いというのが大きい。ライヴではPA~音響の出来が基本的に悪く(たまにものすごく良くなるがアベレージは低い)、過去作もドンシャリ気味のサウンドが各パートの良さを十二分に伝えきってはいなかったように思うのだが、本作はそういうドンシャリ傾向を維持しつつ完璧に素晴らしい仕上がりになっていると感じる。変則的なラインを美味しく掘り下げ続ける超絶ベースが極めて良好に捉えられているだけでなく、複雑に作り込まれたシンセまわりも一音一音が鮮明に映えていて、ボーカルはもちろんギターもほどよいバランスに収まっている。このバンドの音楽性に自分が感じる異物感というのは、音進行感覚の面でメタルやブルース寄りの育ちでパンクやニューウェーブ的なごつごつした飛躍に馴染みきれていないという個人的資質が少なからず関係していると思うのだが、本作ではその両サイドを後者寄りに繋ぐcali≠gariの持ち味が極上のサウンドによりノーストレスで伝わってくるためか、こうした異物感をむしろ積極的に楽しむことができてしまう。「コロナ環境でフロアが騒げないのに暴れ曲ばかり集めてしまった」と言いつつしっかり緩急の配慮もなされている曲順構成も素晴らしい。cali≠gariの作品はいずれも異なる味わいに仕上げられているのでこれが最高傑作と断言するのは難しいが、自分にとっては間違いなく最も肌に合うアルバムである。

 

 

 

Cynic:Ascension Codes

 

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こちらの記事で書き忘れたので補足しておくと、ベースギターでなくシンセベース(打ち込みではなくプロ奏者の生演奏)を全面的に駆使したほとんど初めてのメタル作品であり、それだからこそ可能になるアンサンブル表現を最高の条件(クオリティ、そしてバンドのネームバリュー)で達成したアルバムともいえる。『The Portal Tapes』の方向性をあるべき姿で(しかも2021年だからこそ可能になる音楽観と音響で)実現した一枚であり、歴史的名盤1stフルに勝るとも劣らない傑作なのではないかとも思う。

 

 

 

Devin Townsend:The Puzzle

 

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 過去作とは大きく異なる居心地に最初は戸惑わされたものの、それがジム・オルーク『The Visitor』やヴァン・ダイク・パークス『Song Cycle』に通じるもの(個人的には水木しげる作品の淡々とした無人地獄散歩が連想される)という視点が得られたあとは一気に手応えが増し、『The Puzzle』というタイトルにも納得しつつ深く没入できるようになった。こういう「特殊な在り方(雰囲気やロジックなど)」とそれを「(親切に説明しないとしても)明確に提示する、または気付くきっかけを与えている」のを兼ね備えたものこそが傑出した作品なのだとも思うし、本作の場合は自分はたまたま一周目で手応えが得られたものの、それを掴むためには試行錯誤が必要であり(聴く側の理解力や気分・体調などによって“観測者の条件”が変わることもあって)、だからこそ繰り返し聴くことは重要なのだとも思う。何年経っても新鮮に聴けるだろう素晴らしいアルバム。

 

 

 

Dream Unending:Tide Turns Eternal

 

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詳しくはこちらの記事を参照。アンダーグラウンド領域で培われ陰湿なテーマの表現(個人的にはそれも大事なものだと思うが)ばかりに用いられてきた音楽スタイルを、そうしたテーマや気風と切り離さず、それだからこそ可能になる類の深みある前向きな雰囲気に昇華してしまえているのが本当に素晴らしいと思う。特に最終曲の最後の5分ほどは、この遅く重たい音楽だからこそ可能になる“勇気”の表現としてたまらないものがある。「終わらない夢」ではなく「夢は終わらない」というニュアンスを見事な説得力をもって示す傑作である。

 

 

 

ENDRECHERI:GO TO FUNK

 

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 こちらの全曲解説でも書いたように、圧倒的にクオリティの高いファンクをやりながらも伝統的なスタイルを尊重しすぎてその枠内に留まっていた過去作とは一転、そうしたセオリーを押さえつつ作編曲の面でも音響・演奏感覚の面でも完全にオリジナルな境地へ到達している。これを実質的に2名(堂本剛とGakushi)だけで作ったのは凄すぎるが、その2名の卓越したリズム処理能力が高純度で噛み合うからこそ可能になるグルーヴ表現を聴くと、この制作体制だからこそ可能になった作品なのだという納得も得られる。ビートミュージックの歴史に輝くべき傑作アルバムだし、聴かず嫌いの人はぜひ聴いてみてほしいものである。

 

 

 

Injury Reserve:By The Time I Get to Phoenix

 

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 エレクトロニック・ミュージック一般に対する耳を啓いてくれたという意味において、個人史的にきわめて重要な一枚になったアルバムである。音楽スタイル的にはエクスペリメンタルなヒップホップの極みという感じで、Shellacをサンプリングするなどトラックは音響的にもリズム型的にも複雑怪奇なのだが、その一つ一つのパートの響きの干渉が実に見事で、よくわからない種類の美味に浸らされているような気分を味わえてしまう。この“音響アンサンブル”に慣れたことで多くの電子音楽の聴き方(の勘所)が具体的に掴めるようになったし、ヒップホップはトラックのメインリフ(ドラムやベースではなく)にまず注目しそこを通してラップを聴くようにすれば旨みの芯にアクセスしやすくなるということもやっとわかった。全体の構成としては「Postpostpartum」から「Knees」の繋ぎが何度聴いても「わからなくはないけどちょっと唐突では?」と感じてしまうなど納得しきれない部分も多いのだが、そういう飛躍こそが重要なタイプの作品だとも思えるし、驚異的な滋味深さと納得のしきれなさが相まってつい何十回も聴き返してしまうアルバムになっている。深い葛藤を滲ませるエモという趣の叙情も好ましい。これとDos Monos『Larderello』を聴き込んだ9月は自分の音楽的経験においてとても重要な時期になったと思う。

 

 

 

Jana Rush:Painful Enlightenment

 

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 ジューク/フットワークをフリー音楽(ジャズやデレク・ベイリーみたいなの)化したようなトラックの驚異的な興味深さはともかくとして、2曲目と4曲目で繰り返される喘ぎ声が個人的には邪魔なものと感じられて(そこまで嬉しい類の音声ではないというのを差し引いた上でも、性的に刺激させられずに落ち着いて聴き込みたいというスタンスにおいて)引っ掛かる、その上で聴き込むというのが続いていたのだが、そうしているうちに、その喘ぎ声を意識し過ぎず、かといって目を背けるのでもなく聴く、というのが大事だということがよくわかってきた。それは、喘ぎ声サンプルを無視するとその周辺帯域を意識から外してしまい他パートの聴き取りも不十分になってしまうからというのもあるし、この音楽そのものの在り方として、性欲を対象化しつつ無機質なものとして扱いきることもできないさまを示しているから、というのもあるのだろう。複雑なニュアンスを饒舌に示す音色(乾きつつ潤うような高速ハイハットの鳴りなど)と難解な楽曲構造の取り合わせも見事で、よくわからないまま惹きつけられ何度も聴いてしまうし、そうやっているうちに曖昧な情感が曖昧なまま鮮明になっていく。稀有の体験、というか付き合い方ができるアルバムだと思う。

 

 

 

Katerina L'dokovaMova Dreva

 

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 アントニオ・ロウレイロ全面参加、ということでブラジル(ミナス)音楽やジャズ方面の視点で見られることが多そうではあるけれども、それらに隣接しつつ確かに異なる領域を切り拓いているように思う。ロウレイロのドラムスとピアノは確かに見事だが、他メンバーも同等以上に素晴らしく(個人的にはベースというかコントラバスの歌伴に唸らされる)、Van Der Graaf GeneratorSlapp Happy的な雰囲気にも深く惹かれる。派手ではないがどこまでも滋味深い、できたての乳製品のような音楽。気兼ねなく何度でも聴き込めてしまう傑作である。

 

これほどの作品なのにBandcampでは自分を入れて4人しか買っていないのをみると、知られるきっかけというのは本当に重要で難しいものだなと思う。

 

 

 

KIRINJI:crepuscular

 

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 「これが年間ベストに入ってないのは単に聴いてないからだろ」と(暴論だとはわかってはいるけれども)言ってしまいたくなるような“わかりやすい傑作”はやはりあって、KIRINJIの本作などはその最たるものではないかと思う。バンド期最後のアルバムとなった前作『cherish』に勝るとも劣らない(方向性が異なるためどちらが上とは言えない)傑作で、ここ数年の圧倒的な仕事ぶりをみていると、間違いなく日本を代表するソングライターだと思うし、全盛期のSteely Dan(『Aja』『Gaucho』)をも上回っているのではないかという気もしてくる。堀込高樹は過去作もあわせてみるとわりと曲調が限られるタイプの作曲家で、本作も『BUOYANCY』や『For Beautiful Human Life』収録曲に似たものが多いのだが、そういう得意パターンを扱うにあたってのコード感覚や音響アイデアのような“搭載するエンジン”がここ数年で大幅に更新され、それにつれて手癖的なメロディ遣いも微細に変化、結果として安定感と新しさが絶妙に両立されているように思われる。頻出する南米音楽的な和声感覚も、もともとのルーツだったのだろう70年代フュージョンAORThe Beach Boys的なものから現代ジャズ~ミナス音楽的なものへ変化、その上で独自の個性も深化。一人体制での1stフルとなる本作では、今の日本の音楽シーンを代表する若手プレイヤーが多数参加している(そして、そこと堀込との接続役をベースの千ヶ崎学が見事に担っている)こともあって、こうした傾向が顕著に表れていると感じる。こういう様子をみると「こんな凄いのを作ってしまって次は大丈夫なのか」みたいな心配はもうしなくていいんだなと思える。掛け値なしの傑作である。

 

 

 

Little Simz:Sometime I Might Be Introvert

 

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 おそらく今年最も絶賛されたアルバムであり、音楽的なクオリティや人脈(Saultで名を馳せたInfloのプロデュース仕事など)の面でも、社会的なテーマ表現の面でも(そういう切り口がわかりやすく見えているという意味においても)、ケンドリック・ラマ―の『To Pimp a Butterfly』(2015)に並ぶポジションを勝ち得た作品なのではないかと思う。個人的には、UK周辺のビートミュージックを総覧するようなトラックの見事さはもちろん、マーヴィン・ゲイ『What`s going on』やフィリーソウルに連なるブラックミュージック・オーケストラの一つの到達点としても興味深いし、ハファエル・マルチニとベネズエラ・シンフォニック・オーケストラによる歴史的名作『Suite Onirica』のような南米ラージアンサンブルと並べて聴けるようなところにも惹かれる。みんなが聴いていようがいまいが良いものは良いし、自分にとってそういう意味で大事ならそう認めるほうが好ましい。リリック(国内盤の対訳がありがたい)も参照しつつ時間をかけて聴き込んでいきたい素晴らしいアルバム。

 

 

 

Moor Mother:Black Encyclopedia of the Air

 

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 Injury ReserveとDos Monosで(ともにどちらかといえばヘヴィロック的な音響感覚を備えていたためか)ヒップホップやエレクトロニック・ミュージック一般に対する“音響的聴き方”を啓かれたことは、同時期に出たこのアルバムに接するにあたってとても良い準備運動になったと思う。過去作に比べ格段にコンパクトに整理された本作では、Moor Motherがこれまで取り組んできたフリージャズ(所属バンドであるIrreversible Entanglementsでも)や電子音楽の語彙が魅力的に混淆され、アンダーグラウンドなブラックミュージックの領域だからこそ生まれる2020年代プログレッシヴロック、という趣の音楽が呑み込みやすく提示されている。それはJamire Williamsにも言えることだし(Bauhausと『Lizard』~『Islands』期のKing Crimsonが現代ジャズ経由で混ざっているような感じが味わい深い)、そこから重要レーベルInternational Anthemの存在を知ることができたのも良かった。こういう尖鋭的な音楽の流れは自分が専門的に追っているジャンルでなければうまく出会うことは難しく(単発の作品を知るだけならともかく文脈的に的確に受け取るという点で:無節操なディグではこういうところをなんとかしにくい)、だからこそつまみ聴きで知ったかぶりをしないように気を付けたいけれども、それはそれとして、無理のない範囲で接し理解を深めていきたいものである。

 

 

 

Nair Mirabrat:Juntos Ahora

 

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 アフロポップに通じるポリリズミックなアンサンブルと南米的な揺れや和声感覚を融合したウルグアイ音楽“カンドンベ”が、現代のジャズやミナス音楽(プロデュースはアントニオ・ロウレイロ)のフィルターを通して洗練された形で提示された作品、というと何やら難しそうに聞こえるが、確かに構造は複雑であるもののきわめて聴きやすく、繰り返し接するほどに“スニーカーを履き慣れる”ように気兼ねなくノレるようになっていく。エレクトロ要素のある部分はジョー・ザヴィヌル『di・a・lects』の系譜的にも聴けるなど、何も考えずに聴いても面倒なことを考えながら聴いてもすごく楽しい一枚。34分という短めの尺も各曲の濃さを考えればちょうどいい。英米の音楽しか聴かないような人にこそ触れてみてほしい傑作である。

 

 

 

折坂悠太:心理

 

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本作や関連して行われたライヴについてはこちらこちらでいろいろ書いたが、一言でいうならば、折坂悠太本人がリリース前日に言った「10年後、20年後、30年後にですね、結局あのアルバムが一番よかったんじゃないか、というような作品に、自分の中でなるんじゃないかと思います」という話がこの作品の居心地や在り方を最も的確に表しているのではないかと感じる。The Bandやディアンジェロの名作にも勝るとも劣らない耐聴性と馴染み深さのあるアルバム。多くの人にとっての人生の友になりうる傑作だと思う。

 

 

 

笹久保伸:CHICHIBU

 

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 サム・ゲンデル、モニカ・サルマーゾ、アントニオ・ロウレイロジョアナ・ケイロス、marucoporoporo、フレデリコ・エリオドロ、という現代ジャズ~ブラジル(特にミナス周辺)~日本アンダーグラウンドの美味しいところを網羅するようなゲスト陣がまず目を惹くが、リーダーである笹久保伸のギターはそれ以上に素晴らしい。19分弱にわたる冒頭「Cielo People」では文字通り時間を忘れさせられるし、それとは対照的にコンパクトな他5曲も、異なる時間感覚を描きながらも一つのアルバムのなかで違和感なく共存している。6月頭にCD/LPでリリースされたもののサブスク配信は12月まで見送られたこともあってあまり聴かれていなかったようだが、これも「年間ベストに入ってないのは単に聴いてないからだろ」と(暴論だとはわかってはいるけれども)言ってしまいたくなるような傑作である。少しでも興味を持たれた方はこの機会にぜひ。

 

 

 

Silk Sonic:An Evening with Silk Sonic

 

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 本記事に挙げた中では最も「聴けばわかる」「説明はいらない」傑作だろう。60年代後半~70年代のソウルミュージックをオマージュしているようで当時は有り得なかった仕掛けが多数施された音楽で(変則的な曲展開や独特のこもった音響など)、伝承的ではあるが懐古的では全くない。緻密に構築されているのにとことんリラックスしている居心地も極上で、異なるタイプの厳選された名曲のみが並ぶ31分の構成はポップミュージック史上トップクラスと思える完璧さ。この洗練はブルーノ・マーズディレクションの賜物なのだろうが、それが「タイトなスーツ」よりも「オーバーサイズのストリートファッション」という感じの身軽なゆったり感につながっているのは、アンダーソン・パークのパーソナリティや演奏表現力によるところが非常に大きいと思う。売れるのが当然の内容だし、売れているから自分には合わないだろうと思うタイプの人も聴いて損はないはず。最高の音楽である。

 

詳しくはこちら。合う合わないについては、ポップさ云々というよりも、ブルース的な音進行に対する経験値の多寡が少なからず関わってくるのではないかという気もする。

 

 

 

 

Space Afrika:Honest Labour

 

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 このアルバムジャケットに好感を持った方は全員聴いてみてほしい。最初の一音から深く惹き込まれるだろうし、その感覚は最後まで失われることがないはずである。個人的なことを言うと、アンビエントな音楽は、室内ではじっくり浸れても歩きながらだと展開が遅すぎて煩わしくなる場合の方が多いのだが、Space Afrikaの本作は雑踏や喧噪の海中で耳を包む被膜のように機能する感じがあり、むしろ屋外のほうがしっくりきさえする。その点、このアートワークをそのまま具現化してくれているような印象があるし、シチュエーションを問わず非常にお世話になった。抽象的な曲調が(音楽スタイル的には各々のトラックで異なるかたちを示しながらも)延々続いたのち、最後の曲でわかりやすい歌ものになって“そろそろですよ”と示してくれる構成も好ましい。RAの年間ベスト1位に選ばれるのも当然。本当に特別な雰囲気と訴求力を兼ね備えた傑作だと思う。

 

 

 

Tirzah:Colourgrade

 

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 本作は自分が今年出会ったなかで最も“素敵な謎に満ちた”音楽である。描きかけのスケッチを投げ出して並べたような展開が続くのに「これでいいんだ」と言わんばかりの妙な確信が伴い、アルバム全体としてみれば確かに美しい輪郭をなしている。ソランジュの名作/奇作『When I Get Home』に通じる(出身ジャンル的にはこれと比較するのが一番オーソドックスで妥当でもある)一方で、Young Marble Giants(『rockin'on』2022年1月号掲載の再発盤レビューでもTirzahの名前を挙げた)やSOFT BALLETなどを想起させる要素もあるし、その上で総体としては無二のオリジナリティを確立している。こういうベスト記事を書いた後は一区切りついた気分になって聴かなくなってしまう作品も(自分に限らず)多いと思うが、今回はそうやって済ませないアルバムが大部分で、本作はその中で最も“気になり続ける”一枚であるように感じる。音楽を聴くということの醍醐味はそういうところこそにあるのだと思うし、その意味で今年は本当に充実した一年だった。それを引き継ぎつつ、来年以降も様々な方面を探し聴き込み続けていきたいと思う次第である。