2021年上半期・メタル周辺ベストアルバム

【2021年上半期・メタル周辺ベストアルバム】

 

 

文中に出てくるサブジャンルや関連シーンについての詳しい説明はこちらの記事を参照

 

 

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Backxwash:I Lie Here Buried My Rings And My Dresses

 

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 ザンビアとカナダをルーツにもつケベック州モントリオール拠点のラッパー/プロデューサー(xは発音せずバックウォッシュと読む)。2018年の活動開始当初は比較的明るめなヒップホップ~トラップもリリースしていたが、2020年発表の『God Has Nothing to Do with This Leave Him Out of It』で暗く重いメタルの成分を全面的に導入。「Black Sabbath」からオジー・オズボーンの叫びを引用した冒頭曲や、Led Zeppelin「When the Levee Breaks」の革命的なドラムイントロをサンプリングした「Adolescence」など、70年代のクラシックなハードロック音源を駆使する一方で、全体的な音響はインダストリアルメタルを通過した現代の質感に仕上げられており、作編曲自体も何かの亜流でない個性を見事に確立していた。本作はフルアルバム扱いのものとしては『God Has~』に続く3作目で、初めて30分を超える比較的長めの尺が絶妙なバランス感覚のもとまとめ上げられている。サウンドの系統としてはインダストリアルメタル~トラップメタル的なものが下地にあると思われるが、リズムパターンやテンポ選択はそこからだいぶ離れており(3連を多用するラップはトラップ的ではある)、むしろスラッジ(ドゥームというよりもハードコア寄りの跳ね感がある)やSwans系列のジャンクに近く、そうしたアンダーグラウンドメタルのスタイルをトラップ方面の語法を用いて再現しようとした結果オリジナルな仕上がりになったという印象もある。希死念慮を歌うリリックはそうしたサウンドに通じるヘヴィなものではあるが、自暴自棄にも無気力にも流れず独特なしなやかさを保つラップの存在感(リズム処理の巧さなどよりもこうしたところの表現力が素晴らしい)もあってか不思議な親しみやすさが漂い非常に聴きやすい。ザンビアのチャントとSophieのサンプルパックを駆使した「666 in Luxaxa」の東アフリカ音楽+インダストリアルメタル的サウンドはBackxwash(トランス女性)自身のルーツや立ち位置の表現としてもこの上なく見事だし、Godspeed You! Black Emperorの「Static」を用いてメロウな情景を描く最終曲「Burn to Ashes」など聴きどころはとても多い。個人的には『God Has~』の方が好みだが、アルバムの流れまとまりが非常に良いこともあって本作も延々繰り返し聴いてしまう。1日前倒しのリリース直後から注目度は高く、これを通してメタル的なものの魅力が(メタル内のミュージシャンやリスナーの与り知らぬところで)さらに波及し受け入れられていくだろうという点においても重要な作品だといえる。

 

 

 

 

The Body:I've Seen All I Need to See

 

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 スラッジ/ドゥームを起点にノイズ~アンビエントアメリカの暗黒フォークなどあらゆる“ヘヴィ”ミュージックに取り組むデュオ(現代のメタル関連シーンでは音楽的にも人脈形成的な意味でも最重要バンドのひとつ)、単独名義作としては8枚目のフルアルバム。強烈に重くうるさい鳴りは保ちながらも過去作と比べるとだいぶビートミュージック的なノリを増やした一枚で、冒頭曲「Lament」の音飛びと聴き紛うようなカットアップ(しかしBPMの流れは滑らかに保たれる)をはじめ、生演奏一発では実現できない音の推移が多い音響やリズム構成など興味深い作り込みが多いが、その一方で何も考えずに聴き流してしまえる理屈抜きの心地よさにも貫かれている。これは「アンダーグラウンドはポップミュージックからもっと多くのことを学ぶ必要がある」という発言に繋がるものでもあるのだろうし、メンバーのLee BufordがLingua IgnotaおよびDylan Walker(Full of Hell)と結成したSightless Pitの音楽性に連なる作品でもあるようにも思える。謎も多いがとても聴きやすく、何度でもじっくり吟味したくなるアルバムである。

 

 

 

 

Body Void:Bury Me Beneath This Rotting Earth

 

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 アメリカ・バーモント州のスラッジ/ドゥームデュオ、3枚目のフルアルバム。過去のインタビューではKhanateやDystopia、Godspeed You! Black Emperorといった名前を挙げていて、そうした要素を駆使しつつかなり展開の多い作編曲で引き出しの多さをアピールしていたが、本作では数個のリフを反復しながら微細な緩急変化を描いていくミニマルかつタイトな路線に変化。そうした重苦しい展開の途中にスウェーデン的ハードコアデスメタルの爆走パートを組み込んでくる構成が不自然にならないのが見事で、強引に波を揺らされながらも気の長い時間の流れのなかで朦朧とさせられていくような感覚がクセになる音楽である。リフまわりの低域だけに注目していると「旨いけど決定的なところでなんか物足りないかも」となるが高域に舞うノイズに注目すると突然なにかのピースがはまったように感じられる不思議な聴き味があり、これは個人的には「あえて欠けた形を提示している」「天が欠けている様子を見上げる」「空気の上澄みを観測する」ようなものだと思うようになったのだけれども、それをどう解釈していいのかはまだよくわからない部分もある(という具合ながら30回は聴き通してしまっている)。この手のサウンドに対する慣れや相性など要求するものが多い音楽だが、非常に興味深い作品だと思う。

 

 

 

 

Boss Keloid:Family the Smiling Thrush

 

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 YES(『Relayer』あたり)とKyussがMassacre(デスメタルではなくフレッド・フリスの方)経由で融合しているような感じ、というふうに喩えることはできるもののいまいちうまくエッセンスを表現しきれない個性的な音楽で、90年代の地味なカルト名盤を連想させるようなプロダクションながら全編通してここにしかない味わいに満ちている。再生直後は「そこまで面白くないかな?」と思うが全体を聴き通すころには「なんか良いぞ」という気がしてきてなんとなくリピートしてしまい、聴き返すほどに不思議な滋味深さにじわじわ酔わされていく。演奏も作編曲も素晴らしい。傑作だと思うしそう思う理由をじっくり吟味していきたいアルバムである。

 

 

 

Cerebral Rot:Excretion of Mortality

 

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 アメリカ・ワシントン州シアトル出身バンドの2ndフル。デスメタル史上屈指の傑作といえる素晴らしいアルバムである。2019年の1stフルではフィンランドの“テクニカルデスメタル”寄りバンド(Bolt Throwerの系譜:AdramelechやDemigodあたり)に近い比較的クリーンな音作りと起伏の大きいリフを志向していたが、本作ではAutopsyや初期Carcassからフィンランドのドゥーム寄りデスメタルに至るラインに大きく接近。デモ期DisgraceとDemilichとをDisincarnate経由で接続するような路線をシンプルながらオリジナリティ溢れるリフで構築する音楽性は最高の仕上がりとなった。特に見事なのがサウンドプロダクションで、デモ音源的な生々しい艶やかさと正式音源ならではの整ったマスタリングをこの上ないバランスで両立する音響はこのジャンルの一つの究極なのではないだろうか。アルバムジャケットはなかなか酷いが、グロテスクな印象をしっかり備えつつデスメタル的な基準からすればファンシーな感じもあるこの画風は音楽の独特の親しみやすさを絶妙に表現している。近年のOSDM(Old School Death Metal=初期デスメタルリバイバルが生み出した最高到達点のひとつであり、名盤扱いされるようになること間違いなしの傑作である。

 

 

 

 

code: Flybrown Prince

 

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 イギリス・ロンドン拠点のブラックメタル周辺バンド、6年ぶりとなる5thフルアルバム。1stフルと2ndフルは無調寄りアヴァンギャルドブラックとプリミティヴブラックを絶妙に融合したこのジャンル屈指の傑作だったが、そこに大きく貢献した名ヴォーカリストKvohst(現Hexvessel)が抜けてからの3rd・4thフルは興味深い内容ながらインディーロック方面に一気に接近したスタイルのせいもあってか十分な注目を得ることができなかった。本作はその2作の成果も引き継ぎつつ初期のエッジを取り戻した充実の一枚で、Alice In ChainsをDodheimsgardと混ぜたような蠱惑的な音楽性が卓越した作編曲のもと十全に表現されている。複雑に入り組んだテクニカルメタル的展開と歌ものとしてのわかりやすさを見事に両立する楽曲は全編素晴らしく、前任者と比べるとパッとしない印象のあるボーカルも、微妙に腰が入っていない発声と歌い回しが幽玄かつ意地の悪い雰囲気に絶妙に合っていて、これはこれで非常にうまく機能している。もともとニッチな立ち位置で活動していたためにそもそも知られる機会が少ないのだが、ブラックメタル関連の歴史(あらゆるスタイルがあり傑作も多過ぎる)全体をみても屈指の傑作だと思われるし、これを機に十分な注目を浴びてほしいものである。

 

 

 

 

Emptiness:Vide

 

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 ベルギーのブラックメタル出身バンド、活動23年目の6thフルアルバム。いちおうメタル領域から出てきたバンドではあるのだが、2014年のインタビューで「最近の好み」としてLustmord、MGMT、コナン・モカシン、ワーグナー、Beach House、ジャック・ブレル、デヴィッド・リンチ的なもの、Portisheadなどを挙げているように、メタルの定型的なスタイルからためらいなく離れる志向を早い時期から示していた。まだメタル要素をだいぶはっきり残していた2017年の5thフル『Not for Music』から4年ぶりに発表された本作はポータブルレコーダーを持ち歩きながら様々な場所(森の中や街頭、屋根裏など)で録ったという音源を組み合わせて作られた(メタル要素はほぼなくむしろポストパンクに近い)アルバムで、様々な距離感および残響の具合が交錯し焦点を合わせづらい音響が複雑な和声感覚と不可思議な相性をみせている。楽曲や演奏の印象を雑にたとえるならば「スコット・ウォーカーシド・バレットとベン・フロストをPortishead経由で融合したような暗黒ポップス」という感じだが、総合的なオリジナリティと特殊な雰囲気(アブノーマルだが共感させる訴求力も濃厚に持ち合わせている)は他に比すべきものがない。DodheimsgardやVirus、Fleuretyなどの代表作にも並ぶ一枚であり、どちらかと言えばメタルを知らない人にこそ聴いてみてほしい奇怪なポップスの傑作である。

 

 

 

 

GhastlyMercurial Passages

 

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 フィンランドデスメタルバンドによる3rdフルアルバム。バンドということになってはいるが実質的には一人多重録音ユニットで、ボーカルとリードギター以外の全パートを中心人物が担当している。そのおかげもあってかアンサンブル全体のまとまりは極上で(一人のクセが全パートで一貫するため個性が高純度で発露する)、特に本作においては各パートの響きの干渉がうまくいっていることもあってか「とにかくサウンドが心地よいからそのためだけに聴きたくなる」魅力が生まれている。GorementやPestilenceに通じる和声感覚を発展させ激しくないデスメタルならではのビート感覚で煮込んだような音楽性はそうカテゴライズしてみると(ニッチではあるが)そこまで珍しくないようにも思えるが、細かく聴きほぐしていくと他のどこにもない固有の魅力に満ちていることが明らかになっていく。Morbus Chron『Sweven』やTiamat『Wildhoney』といった(カルトながら決定的な影響を及ぼした)歴史的名盤にも通じる変性意識メタルの傑作。具体的に何が良いのかうまく説明するのが難しく、それをうまく掴むためにも聴き返す、というふうにしてつい延々リピートしてしまえる素晴らしい作品である。

 

 

 

 

Hacktivist:Hyperdialect

 

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 イギリス・ミルトンケインズ出身の2MCラップメタルバンドによる2ndフルアルバム。「ラップメタル」と言われて連想されることが多いだろうバンド(Limp BizkitLinkin Parkなど)に比較的近いスタイルだった2016年の1stフルとはかなり趣の異なる仕上がりで、djent+グライムを基軸に様々なクラブミュージックのエッセンスを加える作編曲が素晴らしい。djentのビートダウンパートに通じる遅めのBPMでじっくりフロウする「Luminosity」~「Lifeform」などはトラップメタルとはまた別の“メタル+クラブミュージック”の可能性を示しているように思うし、Animals As Leadersあたりを連想させるミドルテンポの「Hyperdialect」などを聴くと、djent的リフとラップ(音程変化のないリズム楽器的役割という点においていわゆるデスヴォイスにそのまま通じる)の相性の良さを具体的に認識させられる。全体を通して似たような雰囲気を維持しながらも実は多彩で流れも良い曲順構成も好ましい。非常に完成度の高いアルバムである。

 

 

 

Lind:A Hundred Years

 

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 ドイツのプログレッシヴロックバンドSchizofrantikやPanzerballettに参加するドラマーAndy Lindの2ndソロアルバム。これが実に素晴らしい内容で、MeshuggahとDodheimsgardを混ぜてArcturusやHowling Sycamore的な配合で仕上げたコード感(Ram-Zetあたりに通じる箇所も)をdjentの発展版的な緻密なリズム構成とともにまとめたような音楽性になっている。全体のノリとして近いのはX-Legged SallyやSnarky Puppyのような現代ビッグバンドジャズで、ティグラン・ハマシアンやキャメロン・グレイヴスのようなメタル寄りジャズにも(ともにMeshuggah影響下ということもあってか)通じる部分が多い。本作が何より好ましいのはとにかく曲が良いことで、上記の比較対象の美味しいところのみを抽出して亜流感ゼロの魅力的なかたちに昇華したような出来栄えの楽曲群はほとんど比肩するもののない境地に達しているように思う。サウンドプロダクションはこの手のプログレッシヴメタル方面にありがちな(言ってしまえば凡庸な)色彩変化に乏しいもので個人的にはあまり好ましくない印象だが、曲と演奏が著しく良いので総合的には積極的に聴きたくなるというところ。80分の長さを曲間なしで繋げとおす組曲構成はやり過ぎ感もあるが、一貫した風合いを保ちながらも曲調は多彩で(ザッパやMr. Bungle、Gentle Giant的になるところも)飽きずに楽しみ通せてしまう。メタルファンよりもむしろジャズやプログレッシヴロックのファンに聴いてほしい傑作である。

 本作を聴いていて気付かされることに「ドラマーがリーダー作で選ぶ魅力的なスタイルとしてのdjent」というものがある。複雑なアクセント移動を楽曲のクオリティに貢献する“音楽的な”アレンジとして多用でき、そういう意味でのテクニックの追求と作編曲のクオリティ追求の利害が一致しやすい。ドラムソロを入れなくても技術的な見せ場を常に作ることができ、多彩な作り込みとストイックなミニマル演奏を両立させることができる。なるほどそういう価値もあるスタイルなのだなと感心させられたし、そういう納得感を与えるだけの説得力にも満ちた音楽なのだといえる。

 

 

 

 

Lugubrum:Bruyne Kroon

 

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 ベルギーの“Brown Metal”バンド(個性的すぎる活動については下記記事参照)の14thフルアルバム。昨年発表の13thフル『Plage Chômage』はVoivodとディアンジェロチェンバーロック経由で融合しダブやトラップに寄せたようなメタル色皆無の内容だったが、本作は11thフルや12thフルでフィーチャーされていたブラックスラッシュ路線を軸に据えたスタイルに回帰。傑作8thフル『De Ware hond』あたりで培った味わい深すぎる音進行感覚をDarkthroneやAura Noirに通じる滋味深い80~90年代メタル成分と掛け合わせたような極上のリフをたくさん聴くことができる。黒澤明隠し砦の三悪人』のセリフサンプリングから始まる冒頭曲での(そのセリフに関連して採用されたと思われる)排泄音SEは比較的かわいらしい鳴りとはいえ気持ちの良いものではないが、それも含めこのバンドにしか生み出せない極上の音楽だといえる。

 

  

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Portal:Avow

 

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 オーストラリア出身バンドの6thフルアルバム。音楽スタイルは一応デスメタルということになっていて、出発点は確かにImmolationやIncantationのような“リチュアル系”荘厳儀式デスメタルなのだが、作品を重ねるほどに唯一無二の境地を切り拓き続け、似たようなスタイルを選ぶことはできるが同じ味は出せないというポジションを完全に確立してしまった感がある。慣れないと音程を聴きとることさえ難しい音響(といってもデスメタルはそういうのばかりだがこのバンドの場合は低域に密集するのではなく中域で磁気嵐が渦巻く感じ)も特徴的ではあるが、Portalの音楽の最も個性的なところは「どうしてそんな展開をするのか何度聴いてもよくわからない」曲構成だろう。コード感的にはGorguts系の無調的なものでなく19世紀末クラシックあたりの比較的わかりやすい響きが主なのだが、フレーズの並び方というか起承転結の作り方が不可解で、ある種のドラマは確かに存在するのだが一体どこに連れていかれるのかわからない印象が付きまとう。そう考えると例えばラヴクラフト的な荘厳&理不尽の表現(顔の見えないローブをまとう儀式的なライヴパフォーマンスもそれに通じる)としては至適なものにも思え、コネクトしやすい部分も備えつつ総合的には全く手に負えないというこの按配こそが肝なのではないかという(くらいのところに留まらざるを得ない)納得感が得られる。この6thフルのサウンドプロダクションは過去作からは到底考えられないくらいバランスよく整えられており、全てのパートの動きが難なく聴き取れるからこそ先述のような不可解さがはっきり伝わってくるようになっている。同日リリースの7thフル『Hagbulbia』(本作とは表裏一体的な存在とのこと)はドラムビートの存在感を過剰に減らしバンド史上最もアンビエントノイズ的な音響に近づいた一枚で、音程を満足に聴き取るのも困難なつくりが上記の不可解さを別の角度からよく示しているように思う。敷居が高くあまり気軽にお勧めできないタイプの音楽ではあるが、Cerebral Rotのような汚さはないし、現代最強メタルバンドの一つであるのも間違いないので、最も接しやすいサウンドの本作から手を付けてみてほしいものではある。

 

 

 

 

The Ruins of Beverast:The Thule Grimoires

 

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 ドイツ出身ミュージシャンAlexander von Meilenwaldの一人多重録音プロジェクト、活動18年目の6thフルアルバム。雑にまとめるなら「Dead Can Dance+Triptykon」というのが近いように思うが、音楽的バックグラウンドの豊かさや作編曲の奇妙さ緻密さは驚異的で、安易にこれと言い切るのは難しい。diSEMBOWELMENTやUnholyのようなプレ・フューネラルドゥームバンドに通じる景色を描いていても俯いた感じがあまりない不思議な明るさがあり何故かジミ・ヘンドリックス(ギターでなく音進行や曲調)を連想させられる場面があるなど、容易には解きほぐせない神秘的な奥行きと奇妙な親しみやすさが同居している。本作は7曲69分の大曲志向だが、各曲の構成は洗練されとてもうまく解きほぐされているからか、長さのわりにとても聴きやすくなっている。アルバム全体としての構成も見事。傑作だと思う。

 

 

 

 

Saidan:Jigoku – Spiraling Chasms of the Blackest Hell

 

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 アメリカ・テネシー州ナッシュヴィル出身バンドの1stフル。タイトルは西條八十(さいじょうやそ)の詩「トミノの地獄」にインスパイアされたものとのことで、印象的なアルバムジャケットはその詩を漫画化した丸尾末広も意識しているのかもしれない。音楽性を一言でいえば「冥丁(近年の日本を代表する電子音楽作家の一人)とジャパニーズハードコアの間にあるプリミティヴブラックメタル」という感じで、民俗音楽としての邦楽およびそれに連なるアンビエントな音響とエピックなブラックメタルとが滑らかに併置される。見事なのはその音進行や柔らかみを伴う出音の微妙な質感がManierismeやArkha Svaのような日本のブラックメタルにそのまま通じることで、日本のホラー映画など(歌詞のテーマにもなっている模様)に感化されて上っ面をなぞっているだけでは再現できない薫り高い味わいが独自の形に昇華されている。個人的にはブラックメタルパートの音進行はそこまで好みではないのだが、比較的ストレートに慟哭しながらも安易に流れない構成はとてもよく練られているし、非メタルパートの仄暗い美しさは絶品と言うほかない。ヴィジュアル系的な嗜好・観点からも興味深く吟味できるだろう素晴らしいアルバムである。

 

 

 

 

Siderean:Lost on Void's Horizon

 

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 スロベニアSci-FiメタルバンドTeleportが改名し遂に完成させた(本来は2019年後半リリース予定だった)1stフルアルバム。Teleportの頃はVektorやVoivodあたりのプログレッシヴなスラッシュメタルとGorguts的な無調寄りデスメタルを前者寄りに組み合わせるスタイルを追求していたが、本作ではいわゆるアヴァンギャルドブラックメタル的な音進行が大幅に増加。スラッシュメタルならではの軽く切れ味の良い質感を保ちつつ複雑なリフをキャッチーに聴かせる音楽性はVirusとVektorを理想的な形で融合したような仕上がり。6曲40分のアルバム構成も見事な傑作である。

 

 

 

 

Spectral Wound:A Diabolic Thirst

 

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 カナダ・モントリオールケベック拠点バンドの3rdフルアルバム。スタイルとしては90年代中盤ノルウェースウェーデン前者寄り型の初期メロディックブラックメタルを丁寧に継承するものなのだが、作編曲はImmortalやDark Funeralといったそちら方面の伝説的名バンドに勝るとも劣らない出来栄え、それに加え演奏やサウンドプロダクションは驚異的にハイクオリティ。このジャンルにおいて重要な仄暗さをしっかり残しつつ圧倒的な技術で駆け抜けるサウンドは完璧で、このジャンルの歴史的名盤群をも上回る内容なのではないかと思われる。その一方でバンドの姿勢はいわゆるNSBMとは真逆のアンチファシスト・アンチレイシスト的なものだということで、そのあたりも含め非常に興味深い音楽である。この手の(越境的な姿勢を前面に出さないタイプの)ブラックメタルの入門編としても理想的な一枚といえる傑作。

 

 

 

Subterranean Masquerade:Mountain Fever

 

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 イスラエルサイケデリック/プログレッシヴメタルバンド、結成24年目の4thフルアルバム。TroubleとDead Can Danceを足したらPain of Salvationになったような音楽性なのだが、全編先が読めないのに超キャッチーな作編曲と熱い演奏は固有の魅力に満ちている。過去にはゴシックロック方面(先掲のDead Can DanceやThe Mission、Peter Murphyソロなど)のカバー経験があるようで、そうしたニューウェーブ~ポストパンク方面の多彩な語彙がブルース~ハードロック的なものとうまく統合されればこうした音楽が可能になるということなのだろうか。こんなにメジャー感に溢れているのに“血が通っている”ことがここまで濃厚に伝わってくるメタルはあまりないし、こんなに凄いバンドが少なくとも日本では完全に無名なわけで(自分は本作で初めて知った)、世界は本当に広いものだと痛感させられる。Orphaned Landなどが好きなら必聴の傑作といえる。

 

 

 

 

 

Swarrrm:ゆめをみたの

 

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 グラインドコア(ブラストビートを駆使した気合いの表現)+剛直歌謡ボーカルという近年のスタイルがさらに突き詰められた6thフルアルバム。安全地帯とUlver『Nattens Madrigal』をDiscordance Axis経由で接続したような音楽性で、それらに似た音進行や雰囲気を備えながらも独自の味わいがあり、それらのいずれにも勝るとも劣らない存在感が確立されている。緻密で豊かな構造とそれを引き受け突き崩す演奏の兼ね合いが素晴らしく、うるささと風通しの良さを両立するサウンドプロダクションも上記のような配合を絶妙に盛り立てている。メロウに湿りながらもべたつかないバランス感覚(一言でいえば“潔さ”か)も見事な傑作。

 

 

 

Thy Catafalque:Vadak

 

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 ハンガリーブラックメタル出身ユニット(正メンバーは一人のみ)、結成23年目の10thフルアルバム。日本では2011年リリースの5thフル『Rengeteg』がディスクユニオンなどで推されていたこともあってか比較的早い時期から知られてはいた。Metal Archivesなどでは「アヴァンギャルドメタル」とされているが、これは和声やリズムが複雑で一般的でないという類の“アヴァンギャルド(前衛的)”ではなく、パーツ単位でみればどちらかと言えば伝統的なものが多い一方で曲展開や雰囲気の流れ方などが変則的で奇妙な印象を与えるので安易にその形容をあてはめているのだと思われる(WaltariやDiablo Swing Orchestraのように)。本作も楽譜的な意味での作編曲は特に新しいものではないと思うのだが、それを表現する演奏の力加減や音響がとても興味深く、全体としては非常に個性的な印象が生まれている。シンセウェイヴとスラッシュメタルを同時に鳴らしたりするサウンドはMaster`s Hammerの勢いを損なわず超ハイクオリティに洗練したような趣があり、厳粛な雰囲気と軽薄で胡散臭いノリが完璧な食い合わせで両立されている(「Gömböc」はその好例だろう)。初期Solefaldを万全の制作体制で現代的にアップグレードしたらこうなるという印象もある文句なしの傑作。聴きやすさと奥深さの両立具合も申し分ないし、これを機に一気に知名度が増す可能性も高いだろう。

 

 

 

 

 

Tideless:Adrift in Grief

 

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 アメリカ・カルフォルニア州サンディエゴ出身バンドの1stフルアルバム。フューネラルドゥームとデスメタルをゴシックロックやシューゲイザー経由で融合するようなサウンドで、“etherealな”抽象的質感と逞しく剛直な量感が見事に両立されている。表面的な印象はDeafheaven型のブラックゲイズに近いが、ブラックメタル的な音進行はあまりなく、インディーロック方面で受けるタイプのメタルサウンドを志向しているようにみえて内部構造はだいぶ地下志向、それでいて非常に聴きやすい。2曲目「Cascading Flesh」に出てくるThe Cure風のパートなど一つ一つのフレーズから垣間見える音楽的バックグラウンドは実に豊かで、単一リフで延々引っ張るような場面でも飽きさせられない絶妙なミニマル感覚はそうした持ち味の賜物なのかもしれない。煌びやかさと仄暗さのバランスが絶妙な音楽性でアルバム全体の構成も非常に良い。メタルを全く知らない人にも聴いてみてほしいアンダーグラウンドメタルの傑作である。