こちらの記事
の補足です。
の成り立ちについて、音楽的な観点のみからその変遷を追っています。
流れを簡単にまとめてしまえば、
《1》60年代ロックに導入され、70年代を通して受け継がれていた「ブルース進行(〈Ⅰ→Ⅳ→Ⅰ〉(または〈Ⅰ→Ⅳ#→Ⅰ〉)進行)」の“引っ掛かり”感覚が
《2》ハードコアパンクを通して希釈され、スラッシュメタルのフィールドにおいてクラシカルな音進行と混ざり解きほぐされて
《3》北欧のアンダーグラウンドメタル・シーンにおいて別の形に変容し定着した
ということです。
〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉(半音上がって半音戻る)進行とその使用頻度
をみることで考えたいと思います。音源を聴き比べつつ読んで頂けると幸いです。
《1》70年代ハードロックにおけるブルース感覚
BLACK SABBATH(イギリス)は、最も効果的な3つの音進行
〈Ⅰ→Ⅳ#→Ⅰ〉〈Ⅰ→Ⅳ→Ⅰ〉〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉
を早い段階で全て試してしまっています。
BLACK SABBATH「Black Sabbath」:1st『Black Sabbath』('70)収録
〈Ⅰ→Ⅳ#→Ⅰ〉進行。
最も不協和度が強く「悪魔の音」と言われる位置関係(Ⅰ-Ⅳ#:ド-ファ#など)をひとまとまりのフレーズの中に続けて組み込むことで、最も“引っ掛かり”が強い進行感を生み出すことができます。
BLACK SABBATH「Sweet Leaf」:3rd『Master of Reality』('71)収録
〈Ⅰ→Ⅳ→Ⅰ〉進行。
〈Ⅰ→Ⅳ#→Ⅰ〉進行の次に強い“引っ掛かり”を生む進行で、ブルース寄りの音楽では殆どの曲中で何度も用いられます。こうした“引っ掛かり”ある進行を繰り返す(リフなどで反復する)ことにより、聴き手にある種の手応えを与え続け、惹き込み酔わせる効果を生むことができます。
BLACK SABBATHをはじめとする英国のロックバンドにおいては、そうした“ブルース感覚”がクラシック寄りの音遣い感覚とうまく溶け合わされ、引っ掛かりの強さと湿り気とを両立した深い旨みが生まれています。この時点で既に“(黒人音楽における)ブルース感覚”の巧みな受容・変容がなされているわけです。
BLACK SABBATH「The Wizard」:『Black Sabbath』('70)収録
〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行。(1分頃から)
ブルースベースの音楽ではほぼ用いられない進行ですが、BLACK SABBATHの1st(歴史的名盤でメタル・ハードコアシーンからの注目度は極めて高い)では既にうまく活用されています。
〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行(ド→ド#→ドなど)は、〈Ⅰ→Ⅳ→Ⅰ〉進行(ド→ファ→ドなど)に比べ“引っ掛かり”の強さは控えめですが、〈Ⅰ→Ⅴ→Ⅳ→Ⅰ〉進行(ド→ソ→ファ→ドなど)のような“解決”してしまう(そこで“終わった”感じが出てしまう)進行とは違い、ブルースの“堂々巡り”する“終わらない”感覚が備わっています。
この〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行の「“引っ掛かり”は控えめだけど“終止”感は少なく堂々巡りしていく」感じは、いくぶん生硬い〈Ⅰ→Ⅳ→Ⅰ〉進行に比べ、欧州のクラシカルな音進行との相性が良く、感覚的にも肌に合うものとして受け容れられやすいようです。
そういうこともあって、欧州のシーンにおいては、〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行が活用され発展していくことになります。
《2》ハードコアパンク〜スラッシュメタルシーンを通した〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行の受容
KILLING JOKE「The Wait」:1st『Killing Joke』('80)収録
DISCHARGE「Mania for Conquest」:『Why』('81)収録
イギリスのハードコアパンクバンド。メタルから影響を受けていますが、Ⅰ#を多用する音進行はそれ以前のメタルにはほぼなかったもので、その点に関してはこちらがオリジネイターと言えます。
VENOM「Black Metal」:『Black Metal』('82)収録
メインリフの一部に〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉が含まれていますが、この曲が収録されている2ndアルバムはもちろん、1stアルバムにおいてもこうした音進行は殆ど出てきません。「ブラックメタルはVENOMから生まれた」というのは確かに事実ですが、それは80年代のスラッシュメタルシーンにおける意味での「ブラックメタル」の話であり、現在一般的に言われるところの(ノルウェー・シーン以降の)「ブラックメタル」には、少なくとも音楽的な面では当てはまらないと言っていいでしょう。
以降で述べるように、SLAYERやBATHORY、DESTRUCTIONを間にはさむことによって、初めて現在の「ブラックメタル」が生まれたのだと言えます。
METALLICA「The Four Horsemen」:『Kill'Em All』('83)収録
曲としてはデモ『No Life 'Til Leather』('82)の時点で(「Mechanix」として)存在しています。2分頃から意図的な〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉の反復進行が出てきますが、全体からみればメインではありません。あくまでNWOBHM的な(ブルース感覚が程々に残っている)音進行をベースに味付けしてきたという程度の感じです。
SLAYER「Black Magic」:『Show No Mercy』('83)収録
伝統的なメタルとDISCHARGEなどのハードコアからともに大きな影響を受けています。この曲では〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行が全面的に活用され、しかもメタル的な滑らかなフレーズ展開と組み合わされています。(DISCHARGEと比べれば違いは明らかです。)初期SLAYERの危険なイメージもあわせ、欧州スラッシュ〜ブラックメタルシーンに大きな影響を与えています。
SLAYER「Angel of Death」:『Reign in blood』('86)収録
メタル史上最も有名な曲の一つ。〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行をアレンジしたリフが全面的に活用されています。歴史的名盤の冒頭を飾る名曲ということもあり、その影響力は甚大です。
MERCYFUL FATE「Gypsy」:『Don't Break The Oath』('84)収録
MERCYFUL FATEは〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行をあまり用いないのですが(これ以前の作品ではほぼゼロ)、この曲(EMPERORにカバーされました)のようにメインで使っているものもあります。
CELTIC FROST「Visions of Mortality」:EP『Morbid Tails』('84)収録
詳しい音楽的分析などは冒頭に挙げた記事をご参照ください。
2分15秒からの爆走パートで〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を繰り返しています。
CELTIC FROST「Morbid Tails」:EP『Emperor's Return』('85)収録
キーチェンジを繰り返しながら〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を連発しています。
SODOM「Burst Command Til War」:『In The Sign of Evil』('84)収録
初期SODOMはVENOMの影響が強く、〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉は殆ど用いないのですが、この曲のようにメインで活用している例もあります。
単調な音進行でダラダラ引っ張る長ったらしい構成、そして崩壊スラッシュグルーヴは、プリミティブな系統のブラックメタルに大きな影響を与えています。
DESTRUCTION「Bestial Invation」:『Infernal Overkill』('85)収録
BATHORY「Hades」:『Bathory』('84)収録
BATHORY「Total Destruction」:『The Return…』('85)収録
AMEBIX「Axeman」:『Arise!』('85)収録
欧州ハードコアの流れの一例として。〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行に複雑にコード付けして異常な音進行を生み出してしまうセンスは天才的で、クラストコアに限らず多くのバンドに大きな影響を与えています。
MAYHEM「Necrolust」:『Deathcrush』('87年2月)収録
ノルウェーのブラックメタルシーンを代表するバンドですが、この時点では欧州スラッシュメタルの影響が色濃く残っています。〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行はまだそこまで多用していないのですが、この曲ではメインに据えています。
なお、この曲が収録されたデモ『Deathcrush』のオープニング曲「Silvester Anfang」は、ジャーマンロックシーンを代表する電子音楽家であるConrad Schnitzler(TANGERINE DREAM)によるもので、リーダーEuronymous(ノルウェー・シーンの先導者)の嗜好がよく出ています。
(ジャーマン・ロックは〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行をあまり用いないのですが、長尺の構成を間延びせずに過ごさせてしまう“気の長い”時間感覚があり、それがノルウェー以降のブラックメタルに大きな影響を与えていると考えられます。BURZUMやULVERなど、電子音楽方面にシフトするバンドが現れる傾向があるのも、ジャーマンロックやニューウェーブからの影響があると思われます。)
SARCOFAGO「I.N.R.I.」:『I.N.R.I.』('87年8月)収録
ブラジルのスラッシュメタルバンド。崩壊しながら(と言っても妙な安定感はありますが)単調な音進行を弾き続けるスタイルは、ノルウェー以降のブラックメタルシーンに影響を与えています。この曲なんかは、クラシカルなフレーズをつければそのまま北欧モノになる感じもあります。
MORBID「My Dark Subconscious」:『December Moon』('87年12月)収録
MAYHEMにボーカルで参加してノルウェー・シーンに深刻な影響を与えたボーカリストDead(スウェーデン人)が、ノルウェーへの移住前に参加していたバンド。プレ・デスメタルとしても重要なスラッシュメタルバンドです。
後にENTOMBEDの中心メンバーになるUlf Cederlund(Napolean Pukes名義・ギター)とL-G. Petrov(Drutten名義・ここではドラムス)が関与しており、DESTRUCTIONを少しNWOBHM(〜MERCYFUL FATE)に寄せたような音遣いで個性的な曲作りをしています。(Deadのインプットも多かったようです。)
NWOBHM的な(歌謡曲的な)“引っ掛かり”を伴いながらも〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を全面的に多用するスタイルで、「ノルウェー・ブラックメタルとNIHILIST(ENTOMBEDの前身バンド)との中間」という感じの奇妙な味わいが出ています。
SWANS「Cop」:『Cop』('84)収録
ブラックメタルシーンの流れとは“直接”関係ありませんが、参考として挙げておきます。
ニューヨーク・シーンを代表する最強のポストパンク〜ノーウェーブバンド。ウルトラ・ヘヴィなサウンドとタイト極まりないアンサンブルにより、後の「ジャンク」「インダストリアルメタル」「グラインドコア」(およびそこからつながるデスメタル)などに絶大な影響を与えました。
この曲は特に“遅い”“重い”“長い”スタイルが徹底されたもので、〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を骨格にした単調なベースラインのみを軸に、演奏(音色)表現だけで重苦しい雰囲気を描ききっています。
NAPALM DEATHなども大きな影響を受けており、「アルバム中に必ず含まれる遅い曲はSWANSを意識したものだ」と発言しています。
(参考:リーダーMlchael Giraが2015年1月26日にDOMMUNEに出演したときの番組書き起こし
NAPALM DEATH「From Enslavement to Obliteration」:『From Enslavement to Obliteration』('88)収録
グラインドコアは直接的にはデスメタルとつながるもので、北欧のブラックメタルからは離れているものなのですが、下に挙げたBLASPHEMY〜BEHERITラインなどを通し、一部のブラックメタル・スタイルの影響源になっています。
このアルバム中ではシンプルな〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行はあまり用いられていなく、用いている曲でも(Bill Steerの)独特のセンスにより複雑に装飾されています。
BLASPHEMY「Ritual」:『Fallen Angel of Doom…』('90)収録
カナダのグラインドコア寄りブラックメタル。プリミティブ・ブラックメタルの始祖の一つであり(BEHERITなどは大きな影響を受けています)、「ウォー(war)・ブラック」と言われるフォロワーを生み続けているバンドでもあります。メンバーに黒人がいるという点でも興味深い存在です。
上のNAPALM DEATHとだいぶ近いスタイルの持ち主で、こちらの方は〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を多用しています。
MASTER'S HAMMER「Černá Svatozář」:『Ritual』('91)収録
チェコのカルトなメタルバンド。CELTIC FROSTを低予算でシンフォニックにしたような“こけおどし”感あふれる音楽性なのですが(ドラムスはマシーン)、音遣いのセンスや独特の勢いは異様な迫力に満ちたもので、後のバンドに大きな影響を与えています。
(DARKTHRONEのFenrizは「この『Ritual』こそが最初のノルウェジアン・ブラックメタルだ」という発言をしています。)
〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を交えつつそこに留まらない音進行は、どこに行き着くかわからない不穏な広がりを感じさせるもので、得体の知れない味わいをたっぷり含んでいます。
VON「Devil Pig」:『Satanic Angel』('92)収録
《3》北欧ブラックメタルの確立
THORNS(ノルウェー)「Aerie Descent」:デモ『Trondertun』('92)収録
後にインダストリアルメタル寄りのスタイルになるブラックメタルバンド(一人ユニット)で、初期においてもそういった雰囲気が出てきています。
この曲ではイントロに〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行が意識的に活用されていますが、全編それで通すようにはしていません。シーン・ジャンルの創成期ということもあってか、どのバンドもスタイルを限定しすぎない“混沌とした豊かさ”を持っています。
DARKTHRONE(ノルウェー)「Crossing The Triangle of Flames」:『Under The Funeral Moon』('93)収録
このバンドはNWOBHM・スラッシュメタル・ハードコアパンクのマニアで、伝統的なメタルも好む音楽的バックグラウンドは、ノルウェー・シーンにおいては少数派です。しかし、広いバックグラウンドからくる圧倒的に豊かな味わいと、意図的に音質を劣化させた(しかし徹底的に作り込んである)音作りが醸し出すカルトな雰囲気により、「プリミティブ・ブラックメタル」と言われるバンド群に決定的な影響を与えています。
この曲では〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行が多用されていますが、これはアルバムの中では例外で、他の曲ではもっとバリエーション豊かな音進行が試されています。ただ、一定のフレーズを反復するという構成は全曲で共通していて、その“引っ掛かり”感覚もノルウェーならではのものになっています。
これもDARKTHRONEと同様に、〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行もあるけれどもアルバムの中では少数派で、全体としては混沌とした豊かさがあります。
BEHERIT(フィンランド)「Salomon's Gate」:『Drawing down The Moon』('93)収録
このフルアルバムでは、'91年までの作品とは打って変わって〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を多用するようになっています。
このアルバムでは〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行が意識的に多用され、音楽コンセプトの中心に据えられています。この曲では3分以降において〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行がひたすら引っ張られ、ジャーマンロック寄りの“気の長い”時間感覚が表現されています。
初期ならではの“固まりきっていない”オリジネイターの好例でもありますし、〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行の強力な表現力をわかりやすく示したという音楽的達成、そしてそれを用いた圧倒的な雰囲気表現力もあって、名実ともに歴史的名盤というに相応しい傑作だと言えます。スキャンダル云々以前に中身の素晴らしい作品です。
〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行も部分的に出てきますが、それをしつこく引っ張って“目に見える形で”引っ掛かりを作っていくというよりは、その引っ掛かり感覚を曲全体の流れをもって示してしまう感じです。(この曲はアルバム中では例外的に多用される方。)部分的な音進行が滑らかでも、全体としてはなかなか“解決”しきらない。こうした音遣い感覚がノルウェーならではの“薄くこびりつく”感じを持ちながら確立されてきたことを示す作品でもあります。
Eric Dolphyのような(現代音楽に通じる)フリー寄りジャズをブラックメタル化したようなスタイルですが、ベースは〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を巧みに用い、異様な動きをするギターのコードワークとうまく絡みます。これもノルウェー・ブラックメタルならではの感覚が基盤になっているのだと思われます。
SOLEFALD(ノルウェー)「Jernlov」:『The Linear Scaffold』('97)収録
EMPERORなどと同様、あまりはっきり〈Ⅰ→Ⅰ#→Ⅰ〉進行を入れることにはこだわらない優れたアレンジ能力の持ち主ですが、ギターリフの“引っ掛かり”はわりと強めで、それがノルウェーならではの音遣い感覚ととてもうまく組み合わされています。ブラックメタルの中でも最も(スラッシュメタルやデスメタルと同じように)『リフで勝負できる』バンドの一つだと思います。
IHSAHN「Austere」:『After』('10)収録
以上をまとめると、
《1》アメリカの黒人音楽が持つブルース感覚がまずイギリスのロックシーンにおいて湿り気を加えつつ受容され
《2》それが欧州やアメリカのスラッシュメタル〜ハードコアシーンを通過していくうちに水気を加えられて薄められていき
《3》北欧のシーンでさらなる希釈を受けつつ、“薄口ながらしっかりこびりつく”独自の“引っ掛かり”感覚を確立することになった
こちらの記事
以上のような流れ・音遣い感覚を参考にしつつ見て頂ければ幸いです。