【新入生アカペラバンド向けの一夜漬け練習法】:「力を入れすぎずに大きな声を出す」ことの大事さと具体的な方法

本稿は、3日後(当時)に発表会を控えた大学アカペラサークルの新入生バンドに向けて書かれたものです。
以前書いた2つの記事
ではカバーできていなかった
「鼻腔〜口腔〜頭部共鳴」
の具体的なやり方がコンパクトに押さえられていて、新入生/初心者に限らず有用な内容になっていると思うので、ここにまとめて掲載しておきます。


構成:
〈1〉考え方とその裏付け
〈2〉本番直前にやっておく/意識しておくべきこと
(〈1〉をふまえた上での「すぐできるコツ」)

最大のポイントは
「力を入れすぎずに大きな声を出す」
こと。これを意識するだけで全てうまくいきます。具体的な方法や理由については以下をご参照ください。


1考え方とその裏付け


【「力を入れすぎずに大きな声を出す」ことの意義】

・大きな声(というか豊かな響き)を出せるようになると、自分の声が聞こえやすくなり、音程その他をとりやすくなる
・自分が使える音量や音色の幅が広がり、自然に表現力が増す
・喉を傷めずに良い響きを出せるようになり、気持ちよく歌える


【「力を入れすぎずに大きな声を出す」具体的な方法】

・姿勢を整える
・「下顎を力を抜いたまま下げた」状態を保ちつつ“あくび”
・息は必ず鼻から吸い(吐くのは口・鼻どちらからでもOK)、鼻と口の空間の連結を意識する
・体の中の空間を「広げてから」声を出す(×声を出してから広げる)

まず要注意なのが
「声の大きさ(豊かさ)は“ノドにかける力の強さ”と〈比例しない〉」
ということ。
声≒気流(吐く息)なので、その響きの豊かさは「気流が通る空間の広さ」にほぼ比例します。体に無理に力をかけすぎるとその「空間の広さ」が狭まり、響きの豊かさが損なわれてしまいます。

また、声帯がその全体/一部を擦り合わせることで(そこを通る気流から)声の原音が生まれるわけですが、ノド周りに無駄な緊張をかけすぎると、声帯をコントロールする筋肉がロックされるので、滑らかに動かし音程を移行するのが難しくなります。
つまり、「かける力は少ない方が望ましい」のです。

逆に、無理な力を入れなければ「気流が通る空間」=「声が響く空間」を広げやすくなるので、少し息を通すだけで豊かな響き&大きな音量が生まれます。

従って、「良い声」を出すためには
《まず力を抜く》
《そして体の中の空間を広げる》
《空間を広げたまま声を出す》
のが大事なわけです。


【体の中の空間を広げる具体的な方法】
(呼吸の話に関してはここでは省略:最初に挙げた2つの記事を参照)


①姿勢の整え方

・まっすぐ背筋を伸ばした状態から、「背骨を腰骨に置く」イメージでリラックス
・足は肩幅ほどに軽く広げる
・頭は上げず下げすぎず、「下顎やノドの根元を真下に垂らす」イメージでリラックス
・肩や胸の力を抜き、両腕は真下に垂らす
・腰から上は(力を抜きつつ)まっすぐにし、両膝は少し軽く曲げる
(「きをつけ」ではなく「たわみながらもまっすぐ立つ」しなやかな姿勢がベター)

この辺の話を詳しく知りたい方はこちらの本などもご参照ください。
解剖学の授業で学ぶことに直接通じる内容ですし、学問的にもとても興味深いのではないかと思います。

「歌手ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと」


②あくび

咽頭まわり:首〜頭の連結部内部を広げるコツ)
最も即効性があるのはこれでしょう。
ただ、ここでいう“あくび”は普段みなさんがやっているそれ(無理な力がかかっていることも多い)とは少し違います。

・まず下顎〜両頬の力を完全に抜き、下顎を“真下に垂らす”ようにする
・その状態で下の顎骨を(無理な力を入れず)内側から外側に広げる
・下顎が上がらないように気をつけつつ、(背筋・腹筋を真下に下げながら)優しくあくび(いつも通りの)をする

この一連の動作をすることにより、
・器の外郭(=骨)を動かし容積を広げる
・しかるのちに中の柔らかい膜(=筋肉・粘膜)を広げ「体内で声が響く空間」を広くとる
ことができるようになります。
文章だけではピンとこないかもしれませんが、是非やってみてください。劇的な効果が得られます。

この“あくび”をリラックスしてできるようになると、それだけで「声量」(響きの構成状態を無視しボリュームだけを評価する言葉なので個人的には好きではない)が一気に増えます。
すると、無理な力を入れなくても十分な響きを出せるようになるので、歌う時に緊張をかける悪癖が解消されていきます。

その上で是非やってみてほしいのが

③息は必ず鼻から吸う

です。
これをやると鼻腔〜口腔の空間的連結が自然にスムーズになり、頭部での響きが非常に豊かになります。
(高域が豊かになり「よく通る/輝く」声になる)
また、高音も出しやすくなります。

(なお、この「息は必ず鼻から吸う」というのは「鼻と口の両方から吸う」でもOKです。鼻の通り〜空間確保さえとれていれば(そして口から吸う際のノド周りに無用な緊張が加わらないのであれば)そちらの方がより良いはずです。)

鼻腔〜口腔の空間を広げ周りの筋肉をほぐすと「声が響く空間」が広がる。また、喉頭蓋(気管のフタ)を開きやすくなり声帯が動くスペースを広くとれ、従って声帯を少ない力で滑らかに伸ばしやすくなる。
声帯を伸ばすと高音が出るので、こうしたほぐす動作は高音域の開発に大きく貢献すると言えます。

歌の練習の前に(というか日常の動作として)この

【体の中の空間を具体的に広げる方法】
①姿勢を整える
②下顎を下げ顎骨を動かしてから優しく“あくび”する
③息を鼻から吸うクセをつけ、その道筋に沿って内部の空間を広げていく

をやるだけで、劇的に“ラクに”歌えるようになります。


これをふまえた上でぜひ気をつけて頂きたいのが

④体の中の空間を「広げてから」声を出す

ということです。
「リラックスした状態から緊張を加える」
のは簡単だけど、
「緊張した状態からリラックスする」
のは難しい。
豊かに響かせたい場合は、まず体内の空間を十分ひろげて「から」歌うべきです。

以上①〜④を意識していただければ、それだけであらゆることが一気に良い方向に向かうはずです。
・各人の響きが豊かになれば全体の音も豊かになり、迫力や表現力が大きく増す
・自分の声が豊かになると全体のなかで埋もれにくくなり、音程やリズムを掴みやすくなる
・従って楽しくなる
からです。


その上で、アカペラバンドで歌う際にぜひ意識してほしいのは

・コーラスもベースもデカイ声で歌う
(「リードを潰さないように」なんて配慮は一切しない)

ことですね。
5人メンバーのうち3人を占めるコーラスが遠慮して小声で歌っていたら、全体の音はどうしてもショボくなってしまいます。

つまり、アカペラバンドの個性や“強さ”を決めるのは、リードではなくコーラス達なわけです。
(ベースやボイパもリズム〜グルーヴの面で最重要。)
リードはバンドの“顔”、コーラスなど他のパートはバンドの“体”や“服装”。 (少なくとも遠目で見たときの)全体の印象を決めるのは後者です。

また、アレンジ的にみても、音程の動きが一番派手なのはリードなので、それよりも控えめにしか動かないコーラスがいかに力強く歌おうと、リードはそう簡単には埋もれてしまいません。
アンサンブル全体のバランスを崩さない範囲内であれば、他のパートもガンガン響かせるのが良いと思います。

以上のようにして「大きな声で歌う」習慣をつけてしまえれば後はもう全てがうまくいきます。
「体内の空間を広げることができる」ならば「それをせばめることもできる」わけですから、響きの構成状態や音量をコントロールできる幅も自然に広がっていく。必然的に表現力が大きく増します。

その上でぜひやるべきなのが
【曲の構成を考える】
こと。
・バンド全体での音量変化
(「サビの後のしっとりした場面は音量を絞る」「大サビでの音量に合わせて他の場面の音量変化を構成する」など)
・バンド全体での声色変化
を練ると、曲の表現力が驚異的に高まります。まずは前者だけでも。


とりあえずはこんなところですかね。
他にも
・たとえばコーラスだけで歌ってみて正しい和音が出せるようにする
・「はじめの一音」(静かな状態から出す音ならどれでも)を《一発で正しく当てる》ように意識すると全ての音程が自然に滑らかに整う
などありますが、時間がなければ仕方ありません。


2本番直前にやっておく/意識しておくべきこと
(〈1〉をふまえた上での「すぐできるコツ」)

・とにかく大きな声で/フルに響かせて歌うようにしましょう。コーラスもリード以上にパワフルに出して大丈夫。「いままでの練習の5倍以上出す」つもりでいくのが良いと思います。
その際チカラを入れるのは下腹部・背中の下だけで(ここを「真下に引っ張って押さえる」感じ)、ノドまわりはストレスフリーで。
それだけで声の気持ち良さも音程の取りやすさも一気に増します。
音量については、機材の方で適切に調整してくれるでしょうから、出し過ぎを心配する必要はないです。

・発声練習は「ア」系で:
「ウ」「オ」などの“ノドをせばめる”発音でなく、「ア」や「エ」など“ノドの奥が勝手に開く”発音で声出しするのがいいと思います。
特に、
喉の奥を開くのは「ア」「ハ」
息を鼻の奥まで通すのは「サ」(「ナ」「マ」も併用)
で、これをメインに使うのをオススメします。
(「ア」〜「ハ」、「サ」を繰り返すことで良いウォームアップができます)

他の発音(「カ」「タ」など)と比べてみることで、体のどこをどう動かせばどういう響きができる/響きがどう変化するのか、ということを簡単に実感できます。

・コーラスも歌詞を意識して歌うと表現力が一気に増します。
たとえばリードが「きみからだったらワクワクしちゃう」とか「むねがキュンとせまくなる」と歌っているときは、コーラスやベース、ボイパもそういう気持ちを意識した声色にするなど。
そういう工夫をしていくことで、全体の統一感を保ちつつ(全員が一つの歌詞のもと気持ちをまとめるため)、表情の変化を豊かにすることができます。

・それに関連することとして、たとえば
サビ後の(ベースの刻みが細かくなくなる)場面では、サビに比べて少し静かめに歌ってみる→その後のサビでまた徐々に大きくしていく
など、全体の流れに緩急をつけてみるのがいいと思います。(時間が許す範囲で)

・全員が「合わせる相手」を一致させることで、全体のズレが自然になくなります。
音程・リズムともに最も安定しているパートに合わせるよう徹底するのがベストなのではないかと思います。


以上、何かのお役に立てれば幸いです。