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プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界:参考資料集【プログレッシヴ・ブラックメタル篇】(内容説明・抄訳更新中)

こちらの記事
の具体的な内容・抄訳です。



Ihsahn関連(THOU SALT SUFFER、EMPEROR、PECCATUM、IHSAHN)
SIGH
ULVER
ARCTURUS
VED BUENS ENDE…
VIRUS
DØDHEIMSGARD(DHG)
FLEURETY
SOLEFALD
FURZE
LUGUBRUM
ORANSSI PAZUZU
PESTE NOIRE
EPHEL DUATH
THOU

(内容説明・抄訳のあるものは黒字にしています)


SIGH(日本)》


インタビュー(1997.12)
TERRORIZER』誌で年間9位
浮世絵的な美意識、「綺麗だけど怖い」




奥村裕司インタビュー(2010
まずアルバムのコンセプトを決めてから製作を始める

カレンニコフやフレンニコフグリンカや有名どころではチャイコフスキーなど、ロシアの作曲家からの影響は大きい
スヴェトラーノフのようなロシア/ソヴィエトの指揮者の演奏も、非常に気に入っている
最近では、ゲルギエフとか

今回のアルバムを作るに当たり、伊福部昭のスコアをかなり研究した
管弦楽法も一から読み返した)
伊福部氏の音楽に対する姿勢には非常に共感を持てるところが多い

『SCENES FROM HELL』にはデイヴィッド・チベットPSYCHIC TV〜CURRENT93)が朗読で参加(オリジナルの詩も書いてくれた)
『DOGS BLOOD RISING』('84)や『IN MENSTRUAL NIGHT』('86)辺りが怖くてお勧め


ペキンパー第弐号(2011
ペキンパー第参号(2012


増田勇一によるインタビュー(2012.4.1)


SIDEMILITIA inc.によるインタビュー(2012


奥村裕司インタビュー(2012


構成の意図:1曲目は非常にストレート、2曲目で少しおかしくなって、3曲目から本格的にその世界に入っていく──そして、「Far Beneath The In-Between」が悪夢の一番深いところで、そこからまただんだん現実に戻ってきて、「Fall To The Thrall」からはかなり普通の世界に…という感じ

全体を貫くストーリーラインというのはないが、コンセプトとしては、現実と空想の中間のような悪夢的世界を描く…というモノ
例えば、筒井康隆の『遠い座敷』や『エロチック街道』のような、夢なのか現実なのかよく分からない──特に理由はないけど何となく怖い世界であるとか、『ジェイコブズ・ラダー』('90)や『恐怖の足跡』('62)などの映画に出てくる、生と死が交錯するような世界。
現実のモノではないけど、完全に空想のモノでもない、未知のモノに対する恐怖というもの。
異国の地に対する漠然とした恐怖と、自分達と異なる文化を持つ者への漠然とした恐怖(誤解・偏見)。
現実ではないにしても、完全な想像でもないような気がしていた世界が、“Lucid Nightmares”なんです。ちなみに“Lucid Dream”というのは、“明晰夢=夢の中で夢と気づく夢”のことで、それの悪夢ヴァージョンという意味。








奥村裕司インタビュー(2015

いつも通り曲を書いて(譜面)、MIDIに打ち込んで聴き、アレンジや構成面をいじって、改めて聴く…を繰り返し、完成型として納得が出来たら、他のメンバーに譜面を渡し、リハを開始…というパターン
(今回はギターの大島氏もアレンジを加えた)


川嶋未来ブログ


日本のブラックメタルバンド・インタビュー(2015



『Scorn Defeat』20周年の回想




Grutle Kjellsonインタビュー(2008.4.11)
アルバム毎に変化し続けていきたい:人々が“プログレッシヴ”と言っている要素は『Eld』(3rd・'97年発表)の時点で既に出現している:新しいものに取り組む時は過去の作品は全く振り返らない
デモや1stの路線を求められることに対して:そんなにイヤなのに新しい音源を聴こうとする気が知れない:デモは確かに自分達の最高傑作と言えるものでもあるが、今聴き返すとシンプル過ぎて脳をかきまわさない
ミュージシャンは自分自身を満足させるために活動すべき(ファンの要求に応えすぎようとするのは違うのではないか)

聴いているもの:ハードロックの古典を沢山(初期のKISSほか多数)、初期のGENESISPINK FLOYDVAN DER GRAAF GENERATOR、RUSH、活動を始めた頃から聴いている様々なエクストリームメタル(DARKTHRONE、MAYHEM、AUTOPSY、CARCASS、BATHORY、CELTIC FROST)など:プログレッシヴなものやジャズなど、大量の“クレイジーな”ものを聴いている:本当に巨大な“大学”だ
BEACH BOYSなんかも素晴らしい(ボーカルハーモニー、プロダクション、アレンジなど、全てが驚異的):意識はしていないが確実に影響を受けているだろう
クリーンボーカルのみにせずブラックメタル流の荒々しいボーカルを入れ続けるのはバランスのため
メタルシーンの外にもファンがいる(ノイズ・プログレ・ジャズ方面のファンなど):音楽は音楽であり、ジャンル関係なしに良いものは良い
聴くものを限定してしまうと、生まれる音楽の幅も狭められてしまう

(メインの作詞家として)常に北欧神話を題材にしてきた(他の素材は扱っていない):他の神話と平行・共通する点は多い(オーストラリアからやってきた“全てを理解している男”に恐れ入った話):「外側から内を見るのではなく、内側から外を見る」

(関連プロジェクトTRINACRIAのミニマルなスタイルに言及されて)確かにミニマル。自分はドローン・ロックのようなものにも興味がある

Ivar Bjørnson(メインの作曲家)とは兄弟のようなもので('90年からずっと共同作業を続けている)、互いの分を完璧に心得た阿吽の呼吸がある:「喧嘩や議論はしない」ことはルールの一つで、その上でうまくいっている

PINK FLOYDは、毎日聴いているわけではないが、週に少なくとも一枚以上は聴く:『Sauserful of Secrets』は本当に素晴らしいアルバムだ
(長く浮遊感ある曲調もあって)「PINK FLOYDの影響」が過大に評価されているが、他にもっと大きな影響源はある:KING CRIMSON、RUSH、GENESIS、DARKTHRONE、初期MAYHEM、BATHORY、ジャーマン・スラッシュメタルのバンドなど、同等に影響を受けているものは多数存在する


Ivarインタビュー(2012.9.14)
『Vertebrae』(10th・'08年発表)で仕事をしたJoe Barresiは、作業の仕方の面でもミックスの仕上がりの面でも新鮮な刺激を与えてくれた(ミキシングの大切さを思い知らされた:バンド自身がプロデューサーになることはできる、資金はむしろ信頼できるミキサーのために使うべき):10thでもJoeを起用したかったがスケジュールが合わず、代わりを探した結果、OPETHのアルバムで良い仕事をしていたJens Bogrenが目に留まったので、Mikaelに「ENSLAVEDとJensは合うだろうか」と質問した上で快く紹介してもらった

「Roots of The Mountain」(『Riitiir』4曲目):数年間暖めていたアイデアの使いどころが見つかり('11年の11〜12月:ポルトガルのフェス出演に向かう飛行機の中でスマホMIDIでアイデアを打ち込んだ→帰宅してから12月を通して作業し、クリスマスから大晦日の間の、予定の11日遅れで第一子(娘)が生まれるまさにその間の2時間に、病院で、曲の最後のピースを完成させた):曲の最後のパートは何かが生まれる様子を連想させ、“the baby riff”と呼ばれている

レコード業界の話(ダウンロードとフィジカルメディアのことなど)

『Isa』のあたりから今の曲作りのスタイル・方向性が出来はじめてきた
曲が長くなってきたのは自然の成り行き
反復しながらの変化・展開

Grutle:70年代ロックからの影響
HerbandとIce Dale:ポップスなど
Cato:80年代の古典的ハードロックなど
Ivarのアレンジ(譜面上の構成)を変えなくても、実質的に異なる味を加えており、それはリアレンジすることと同じと言える:実際に演奏することによりアレンジは変更されていく


Ivar・Grutleインタビュー(『Riitiir』発表後)
Ivar:エクストリームメタル、特に世界中のブラックメタルノルウェー・シーンはもちろん、MASTER'S HAMMERやROTTING CHRIST(の1st)、BATHORYなど)が最大の影響源
歌詞については、北欧の神話や古詩(ルーン)が中心的題材で、音楽からの影響についていえばBATHORYに限られる:幾つかの例外を除けばGrutleとIvarの不可分なコンビネーションによって書かれる

“Riitiir”≒“The rites of man”
異なる文化的背景をもつ人々が(一神教以前の時代から)どのようにして深い相互理解を得ようと努めてきたのか、ということを題材としている(アルバムアートワークもそれに対応している)

ノルウェーのオールタイム・5大メタルバンドは」と問われて:TNT、MAYHEM、Høst、ULVER、ENSLAVED


Ivar Bjørnsonインタビュー(2014.2.20)
音楽の方向性は意識的なものではない:やりたいことをやり続けていたらこうなった
70年代のプログレッシヴ・ロックからの影響が特に大きい

初期ノルウェー・シーンの豊かさについて(そこの部分が外からは蔑ろにされがち)

『Riitiir』(12th・'13年発表):『Axioma Ethica Odini』(11th・'10年発表)に伴う1年に及ぶツアーから得たインスピレーションをもって、'11年からすぐに作業に着手

00年代はじめのメンバーチェンジは、ENSLAVEDの音楽的方向性にバランスと折り合いをつけられなかったのが大きな原因(脱退したメンバーは良い友人であり続けている)
音楽を主な仕事にできている:コンスタントな北米ツアーなどで家を離れることと家庭の問題

なんでも聴く(伝統的なメタル、ブラックメタルデスメタル、ロック、幾つかのポップス、ジャズ、クラシック、実験音楽:ヨーロッパや日本のもの)

ホラー映画ファンとして:David Lynch、『Saw』初期3作、古いもの(『Nosferatu』など):新しいものや日本のものなどはそこまで好みではない


Grutle Kjellsonインタビュー(2015.3.5)
90年頃からIvarと演奏:トレンディになってきたデスメタルに飽き、CELTIC FROSTやBATHORYのようなプリミティブな方向に立ち戻ろうとする一方で、70年代のロックからも影響を受け始めた
最初のマイルストーンは『Frost』(2nd・'94年発表)で、'97年の『Eld』あたりから70年代のエッセンスが出始め、『Below The Lights』(7th・'03年)から現在の方向性が固まった
自分の住んでいたところにあったシーンは極めて小さく、構成員は(自分とIvar、PHOBIA(ENSLAVEDの前身バンド)のドラマーなども含め)10人もいなかった

自分の聴きたいcontemporary music(今の音楽)を作る・同じことは繰り返さない

『In Times』:最新の技術(編集など?)を使わず、スタジオでライヴレコーディング:そのために入念なリハーサルをし、良い結果を得た
曲の長さはそれ自体の要求する自然なもの:(良いテーマであれば)反復する構成は好き:EARTHのようなバンドは好き(少しドローン寄りのもの:夢見るような効果を与えてくれる)
'00年か'01年にデトロイトでライヴした時、自分達が演奏した会場(地下)の上でRUN D.M.C.が出演していて、ショウの終了後に自分達を観に来て楽しんでくれた。ライヴの後には一緒に写真を撮った。
自分達がブラックメタルのバンドとは思っていない(自分にとってブラックメタルとは、サタニズムを題材にした歌詞を用いるもの)

KISS('81年の『The Elder』)、IRON MAIDEN、DEEP PURPLELED ZEPPELIN、'83〜'84年のスラッシュメタルMETALLICA、SLAYER、BATHORY、CELTIC FROST
70年代音楽からの影響は常にあった:RUSH、KISS、LED ZEPPELIN


Ivarインタビュー(2015.)
『In Times』:作曲には9〜10ヶ月(ツアー期間を通して)かかった:それぞれの曲調は異なるが、アルバムを通して一貫した雰囲気がある(以前の作品より「アルバム全体で一曲」という感じが強まっていると思う):よりエクストリームな要素とよりプログレッシヴな要素をうまく融合させようと試みた:いろんな感想が出るのも当然

方向性は(意識下では)定めず、制限を外してやりたいことをやる(成り行きに任せる)

他のものからの影響は歓迎する(影響を受けたくない・自分の音楽は何の影響も受けていないと主張する気持ちもわかるけど、それは愚かなことだと自分は感じる)


ULVERノルウェー)》


Kristoffer Rygg(Garm)インタビュー(2014.5.21)
(記事作成者によるリード文:ドストエフスキーの作品を下敷きにした演劇『Demons 2014』にULVERがサントラ(ドラムス&ピアノによる音楽)を提供)

ここ数年、コラボレーションが自分達にとって最もinspiringなことだった:異なるアイデアやバックグラウンドを交換し対話することで(常にではないが)自分達だけでは辿り着けないところに到達することができた。

映画音楽について:もっとやりたいが、金銭的な問題や依頼者側からの制限はやはりある。商業的な映画作りにおいてはミーティングその他の(音楽とは無関係の)些事が多すぎるし、音楽を担当する者の苦労(イメージを合わせることなど)への周囲からのリスペクトも乏しい。とてもフラストレーションがたまる作業だ。

ULVERについて:直近12回のライヴ(@欧州)では自分達の作品群からの素材を活用したが、それは基本的には即興的な活用だった。5〜6回ギグした後には、自分達がやっていて最も楽しいことに回帰していた。
そうしたギグの殆どは録音していて、次のアルバムの素材として沢山利用する予定。ライヴ感とポストプロダクションとをうまく組み合わせたい。
いくつか取り組んでいることはあるが(劇伴やラジオ用のもの:National Theatreとの協働のもとで出す)、十分な形になってはいない。
9月にイタリアでやる予定の『Messe Ⅰ.X.-Ⅵ.X』(オーケストラとの共演)以外には、この夏には1つか2つくらいしかライヴを入れる予定はない。新しいのものの録音作業を優先したい。

(『Messe Ⅰ.X.-Ⅵ.X』にStravinsky色があると言われて)Terry Rileyのような反復スタイルのあるものの方が近いのではないかと思う。宗教的な感覚をもてあそんでもいる。Arvo Partアルヴォ・ペルト:1935.9.11〜:ミニマリズム古楽など寄りのスタイル)やJohn Travener(ジョン・タヴナー:1944.1.28〜2013.11.12:メシアンシュトックハウゼンに並ぶ神秘主義)のような作曲家を自分達は長年聴いてきていて、(それが『Messe〜』に直接影響を及ぼしているとは言わないが)その美的感覚(spirituality・sanctity:霊性・神聖な感じ)に大いに感化されている。

オーケストラを使うことの難しさと可能性について:精巧なポップスやある種のロック(SPIRITUALIZEDなど)ではうまく機能すると思う。メタルやドラマティックな音楽では、多くの場合成功していないと感じる。
『Messe〜』ではオーケストラがメインになっているが、曲を書いているのは自分達なわけで、それを演奏したのが他人だとしても、十分自分達の作品になっている。作曲は幾分素人芸(dilettante composers)的なものかもしれなかったし、自分達自身それを自覚している。クラシック〜現代音楽をある種のポップスや電子音楽と混淆させたものになっている。

影響源:COIL(インダストリアルのグループ)が最も長い期間に渡って影響源であり続けている。(音楽面というよりも手法面で。)Ian JohnstoneとStephan Throwerとは『Wars of The Roses』(ULVERの2011年作)で共演できたが、それはJohn Balance(〜2004.11.13)とSleazy(Peter Martin Christopherson:〜2010.11.24)が亡くなった後だった。

sunn O)))とのコラボ作について:過剰に「野心的な作品」として解釈されているきらいはある。狙い通りのものになったとは思うし、聴かれないのは勿体ない作品だと思う。
こういうコラボレーション作は時間と予算を十分にとってなされるものだと取られがちだが、実際は、何年も前にやった1回きりのジャム・セッション(24時間以内)を、数回だけ集まってオーバーダブして仕上げたもの。

音楽ビジネスについて:ロマンティックな印象付けをされがちだが、実情はそんなものではない。大袈裟に美化するのはくだらない。

ここ20年以上の間で個人的に好きなレコード:ULVER『Childhood's End』(2012年作:70年代古典ロックのサウンドプロダクションで60年代の古典ロックを演奏):vol.2をやりたいと思っている。(60年代のガレージ・サイケなど。)

ノルウェーの音楽シーンについて:Kichie Kichie Ki Me O、KING MIDAS、WHEN(伝説)、Bergen(ベルゲン)のテクノなどがお薦め。
世界的にみても強力なものがたくさんあるが、ブラックメタルのようによく知られたジャンルでなければ、外からは注目されづらい。


Kristoffer Rygg(Garm)インタビュー(2015.10.15)

〈音楽との関わりはどういったところから始まったのか。音楽に専業として取り組むことを決めた瞬間(時期)というのはあるのか。〉

正直言って、そうした決断を下したことはない。まったくの偶然だった。子供の頃に何度か受けたピアノのレッスンを除けば、メタル(特に90年代のノルウェーブラックメタルシーンで起こったこと)の大ファンではあったけれども、音楽の素養は全くなかった。全てはCarl-Michael Eide(別名Czarl:VIRUS /ex. VED BUENS ENDE… / ULVERの初期ドラムス)に高校一年(16歳:1992年頃と思われる)のとき出会って偶然起きたことだった。同じレコード店でアルバムを買っていて、黒服にガンベルト、HELLHAMMERのTシャツを身にまとい、十分長く髪をのばしていた。すぐに意気投合した。
当時Carl-Michaelは結成したばかりのSATYRICONに在籍していて('91〜92年)、自分もそのリハーサルその他につきまとっていた。その数ヶ月後、Carl-Michaelがバンドを解雇されたとき、「一緒にバンドをやらないか」と声をかけられることになる。当時自分ができることは、歌ったり叫んだりしてみることくらいだった。そしてそれが“始まり”だった。全くの偶然だった。
そのときから、アンダーグラウンドシーンのデモ音源やテープトレードに没頭し、メタルにハマり込んでいた。ファンジンを始めてさえいた。しかし、そうしようと予め計画していたことはないし、ミュージシャンになろうとしてもいなかった。

〈メタルに引き込まれた最初のきっかけは〉

本当に興味を持ったのは、中学校の頃(80年代末)、パンク〜ハードコアを聴き始めたあたりだったと思う。それ以前は、両親の聴いていたものや、ラジオでかかるもの、その時々に流行っていたもの、つまりポップミュージックを何でも聴いていた。KISSやAC/DCSCORPIONSDEF LEPPARDや当時のビッグなスタジアムロックバンド、ヘアメタルのようなものを経由してヘヴィな音に入門し、先に述べたような、少々ポリティカルでエッジーなパンク〜ハードコア〜クロスオーバーを聴き始め(当時スケーターだった)、しかるのちにMETALLICAやSLAYER、SEPULTURA、スラッシュメタルやスピードメタルを聴くようになった。'89〜'90年頃にはグラインドコアデスメタルに出会い、'91年の夏にはEuronymous(Kristofferの7年半歳上)がHelvete(レコード店)をオスロの古い街角に開店する。同じ学校のスラッシャーから、ここのことを、オカルティックで暗いものの取扱いに長けたレコード店だと教えられた。
自分はその話にとても惹きつけられ、たしか開店から1〜2週間経った頃にそこに行き、ノルウェーデスメタルバンド(MORTEMやOLD FUNERAL、AMPUTATIONなど)のデモ音源を買い始める。また、Euronymousや他の同好の志と話す目的で繰り返し通うことになった。Euronymousは自分に好意を持ってくれたようで、MAYHEMや他のブラックメタルなど、一般の人が楽しんで聴くようなものではない音楽を紹介してくれ、人の知りうる最も邪悪な音楽を作る、という野望についても話してくれた。それは自分にとって“契約”というようなものだった。他の若者がするように、常に“より過激なもの”を求めていた。

〈その当時「これがメタルだ」と慣習的に考えられていたであろう領域から逸脱していったわけだ。〉

で、これは大事な一里塚ではあるけれども、終着点だったわけではない。(同世代以上のメタル関係者の多くが保守的な嗜好をもつのは少し奇妙に思えることもある。)自分は新しい音を中古店で貪欲に漁るというだけの人間で、正直言って90年代末はあまりメタルを聴いていなかった。AUTECHREやNURSE WITH WOUNDのレコードを聴くのに忙しかった。
こうした流れは自然なもので、歳を重ねるに従い起こるべくして起こったことなのだと思う。様々な音楽をたくさん聴き、芸術や科学を徹底的に探求して、新たな文化的印象・展望を得る、というような、種々の要素の組み合わせの結果なのだ。ただ、こうしたこととあわせて、自分がメタル嫌いであるという誤解も解いておきたい。自分はメタルを全く嫌っていないし、オールドスクールなブラック/デスメタルに強い郷愁の念を抱いてもいる。

〈メタルのファン層や考え方(ポピュラリティや領域の拡張に抗う姿勢)についてあなたが話すのは興味深い。あなたは、このジャンルが[「アウトサイダー」であるという意識と、「アンダーグラウンド」から「メインストリーム」に移行するものはそれが何であれ軽蔑すべきだという(自身の)偽善に見て見ぬふりをすることにより、成り立っている]危ういものだと考えているのですね。〉

それはその通りだ。ときに滑稽なくらい。90年代のメタルシーン、特にブラックメタルシーンについてみると、自分達は普通の音楽メディアの全てから完全に閉め出しを食っていた。もちろんそうしたことは大きな問題だし、「ふつうの基準に照らして趣味が良いとか受け入れられうるとかみなされる」全てのものから脇にそれて存在するものについて、同じ立場から同情する。しかし、全ての無名なものは確実に、あるとき有名になり、そののち再び無名になるのだ。自分も、20年にわたるいわゆるキャリアのなかでそうしたことが起きるのを見てきたし、時にはそうした時流の理解に苦しむこともあった。だから、そういうことについて考えるのはもうだいぶ前にやめてしまった。とはいえ、その種の言い訳はいまだメタルシーンに確実に存在する。売れなさそうで、純粋な情熱なり何なりに突き動かされているものほど、「ホンモノだ」とする考え方だ。しかし、売り上げと情熱は両立できないものなのだろうか?メタル文化のもつ「これは好きになっていいものだ、これはニセモノ・これはホンモノだ、これはクールでこれはそうじゃない」という類の排他的な姿勢にだけは、時折うんざりさせられる。
個人的には、こうしたことはとても幼稚だと思うし、完全にギャングの考え方だと思う。個人主義を大事にするシーンにはそぐわない考え方だし、「ホンモノであり続ける」とかアンダーグラウンドであることその他を無理強いしてくることについては時に辟易する。単純に非生産的だからだ。自分自身のバンドや好きなバンドが十分な成功をおさめ、良い・素晴らしいレコードを作れる環境を得るのを見たくはないのだろうか?アルバムを聴きたくないのでなければ、そういうことを言うべきではないだろう。この手のことは他のジャンルではそう多くは見られない。そしてメタルは、つまるところ、巨大なサブカルチャーなのだ。現在すぐに首を突っ込める最大の主流のものの一つと言っていい。しかし、メタルヘッド達はいまだに自分達が負け犬で社会の敵なのだとみなしたがっているように思える。実のところ社会の大きな部分を占めているのに。

〈ということは、ヘヴィ・メタルや少なくとも文化一般についてのあなたのものの見方は、時を経てかなり発達してきたわけだ。〉

うん。このことについては2つの論点がある。ある種のバンドは一つのやり方しか持っていない。例えば、MAYHEMが今やっていること以外の何かをやるのを想像できるかな?自分は彼らの30周年記念ギグを見たんだけど、ノルウェーの音楽誌はそれを「ありきたりな演出に埋め尽くされている」と非難した。その気持ちもわかる。しかし一方で、あのバンドがそれ以外のやり方をとることはできたのだろうか、とも自分は思うわけだ。“サタニック・サンダーストーム”(訳注:トレモロギターとブラストビートの組み合わせといった音楽的定型を指すと思われる)とか、人間の頭蓋骨や他の骨、血(血糊)や豚の死骸その他諸々、そして演劇的なステージング、といった“定番”の数々。こうしたことは、彼らが何であるかということの大きな部分を長く占めてきている。彼らが突然別のことをやったとしたら、とても奇妙な感じがするのではないだろうか。例えばKISSが素顔になったときみたいに。自分達(ULVER)について言うと、どのような音楽シーンにも忠誠を誓ったことがなく、特定のイメージに捉われるくらい長く属したことはないと思う。ある種の物事が各々のバンドにおいて良い方や悪い方に働いたり、時にその両方の働きが同時に起こったりするということが、時代や歴史的位置に依りながらどのような仕組みでなされるのか、というのを同時代の観点から分析するのは難しい。興味深く考えられるテーマではある。

〈あなたの仕事、特にULVERでの仕事は、「実験的」メタルとして分類されてきているけれども、これからまたメタルの“ありきたりな”要素を含む作品を出す可能性はあるだろうか?〉

メタルの観点から言えばそれもあると思う。ただ、メタルのバックグラウンドをもつ人からすると実験的というレッテルを貼られるものでも、フリージャズの即興をバックグラウンドにもつ人からすると、必ずしも実験的ととられないこともありうる。言ってしまえば、我々がバンドとして取り組んでいるのはそういうものなんだ。我々は(ジャンル間の)裂け目に落ち込んでしまっているわけ。ULVERが実験的なバンドとは思わない。そうなることも可能だけど、それは主な目的ではない。

〈以前あなたは様々な文学からの影響を口にしていた。そうしたものは今も音楽や歌詞に影響を与えている?〉

我々の読むものは、音楽の嗜好同様、確かに変化してきている。ただ、自分達は活動開始当初より歴史の本から大量にネタをパクっていて、そうしたものの多くは初期に役目を終えてしまっている。古い散文や詩歌を混ぜるのを好む傾向があったわけだ。そして、90年代に入ってRimbaudやWilliam Blakeなどからの盗用をしつくしたのち、おそらく『Blood Inside』('05年発表)あたりのある時点から、自分達なりの語調を築き上げられるようになってきたと思う。それはULVERの成り立ちの一つの柱をなしているだろうもので、うぬぼれているように聞こえるかもしれないが、それが自分達の書き方・考え方なのだ。音楽はプロジェクト単位で思いきった変化をすることができるけれども、歌詞の書き方はほとんど変わらないままでいるのだと思う。

〈歌詞の内容が典型的でなく、重要な意味を含んでいて、少なくとも、慣例に従ったものではない…というのもあなた方の音楽をヘヴィ・メタルという枠の中で特別なものにしている点だと思う。〉

うん、つまり、「何を言いたいのか」によるということかな。Bob Dylanの場合は明らかにそれが大事だし、一方CARCASSの場合は、特定の“らしい”言葉を探すことのほうが大事なのかもしれない。しかしまあ、自分達にとっては間違いなく「何を言いたいのか」が大事なんだ。

〈あなたの仕事はULVERに留まらず多岐に渡ることが知られている。創作のアプローチはそれぞれのプロジェクトに応じたものになるのだろうか?それとも共通する部分が多いのだろうか?〉

自分の関わる多くのプロジェクトは概念論の類のもので、それぞれのプロジェクトの雰囲気や美学に順応する必要はある。ULVERにおいては、それは自分にとって常に二面性のある作業であり続けている。ライヴバンドとしての体をなすまでは、音楽的なことが製作工程の全てをなしていた。その後我々はもっと集団的なバンドになり、関わる人々や他の行程、総合的に考えることが増えてきている。しかし、それ以前は長きにわたって、Tor(Tore Ylwizaker:'98年から在籍、キーボードやプログラミング担当)と自分がスタジオにこもってシンプルなフレーズに取り組んだり、Jørn(Jørn H. Sværen:'00年から在籍、クレジットは“miscellaneous(いろんなこと)”)と自分が歌詞や総合的な見せ方を書き出したり、というのが作業の全てだったわけだ。 
(訳注:先の「二面性のある作業」とはこの音楽構築・歌詞構築の2つを別々に並行してこなしていたことを指すのだと思われる。)
『Shadows of The Sun』('07年発表、バンドの正メンバーはこの3人のみ)では、どちらの作業も、発展させたり好ましい状況に導いたりするのに一年ほどかかっている。細かいことを言って戸惑わせようとしているのではない。しかしそうしたことは、アルバムやそこから滲み出ている感情にとてもはっきり表れていると思う。自分にとっては、2つの異なる実験室で異なる時間をかけ、何を表現したいのか、それについてどう感じてほしいのか、といったことにこだわり抜く、という作業だったわけだけど。『Shadows of The Sun』の歌詞などは、無味乾燥でありきたりなものに見えるかもしれないが、実のところ我々はそれにとても苦労して取り組んでいた。自分達がよく言うことだけど、良い常套句を作るには時間がかかるんだよね。『Shadows of The Sun』は飾り気のないアルバムで、自分が以前言ったことの残響のようなものだ。明らかにメタルではないけれど、自分達がやったことの中では確実に最もヘヴィで圧倒的なもの。そう思う。

〈形態・姿勢の面においてほとんど映画的といえる現在の立ち位置にULVERを導いたのは、確かにそのアルバムだね。〉

そうだ。シネマティックな/フィルム・ノワールな類の音を志向するようになったのは『Perdition City』('00年発表)からだと思う。その後我々は、歌詞が音楽と同じく視覚的な表現力を秘めていることに着目し始めた。もちろん歌詞はそもそもそれ自体が視覚的なものではある。紙の上での見栄えが良ければ、文章の内容がどんなにばかげていたとしても、目を喜ばせてくれるものになりうる。その一方で、歌詞は視覚的・精神的なイメージを喚起してくれるものでもある。我々は、突飛な空想をあらわす語彙や長ったらしい文章から距離をおきながらそうした効果を生むことを試みている。歌詞の面においては、こうしたミニマリズムが自分達にとって興味深いことであり続けているんだ。表現をシンプルに留め、余白に思いをこらせるようにするということ。『Wars of The Roses』('11年発表)では、地理的な、ほとんど事実に即した情景・概念描写において、こうしたことについてたくさん取り組んだ。それぞれの曲において、そうした地域の気象報告とか、そうした地域に関係する感情などを、歴史的に、またはその他のやり方で、描き出したかったわけだ。

〈自分自身の音楽についての考え方は、音楽を作り始めた時からみて成長したり変わったりしてる?〉

根本的な部分が変わってきているかはわからない。そうしたことは、時間、物事の本質、どういう経過を辿り生み出されてきたかという道筋などとともに、変化するものだ。時にそれは、欲求(≒やろうという意思)よりも本能とか癖に導かれてやったり探求したりするものになる。ファンにとってはピンとこないかもしれないが、少しすればしっくりくるというもの。まあ、感情的な領域において変化してきているかどうかはわからない。正直言って、「自分達は同じことを何度もリサイクルし続けている」と感じることも多い。終わりなき憂鬱な円環のようなものに捉えられているというか。しかしもちろん、新たな技術を学んだり様々な人々とともに演奏したりすることは、助けになっているよ。


ARCTURUSノルウェー)》


ICS Vortexインタビュー(2015.4.30)


製作の過程でアレンジは自在に変化

歌詞の内容は個人的でストレート


Garm(Kristoffer Rygg)インタビュー

バンドの活動がうまくいかない状況

ロックンロールのエッセンス
'96年にKISSのコンサートを観てシビれた話

3rdでSverdがIhsahnを呼んだのは、Garmが絶叫をやるつもりがなかったため

ARCTURUSの音楽が他のメタルバンドと異なる理由を挙げるのは難しい:メタルというジャンルに首を突っ込みすぎていないこと、異なるキャラクタの集まりで、あまり活動的でなく頻繁に顔を合わせない、ということは理由になるかもしれない

作編曲には(音響処理などのプロデュースを除いては)関わっていない。歌詞は担当する。

3rdの最終曲「For The End Yet Again」はSamuel Beckettからとったもの

メタルというジャンルには詳しくない:あまり聴かない


ICS Vortexインタビュー(2015.5.22)

ARCTURUSの音楽的支柱はSverdのキーボード('92年当初から使っているショボイもの:ARCTURUSの初めての曲もそれで書いた:今も全ての作曲をそれでやっている)で、それがこのバンドの代替不能な音楽的特徴になっている:持ち運びが極めて難しく、ライヴの途中でも調子を悪くしてしまう:これからもそれに付き合っていくしかないだろう
(これを持ち運べないからライヴはできない、ということではなさそう)

Simenの本業は運送業(経営)
自分のソロアルバム(ICS VORTEX)よりもARCTURUSを優先したい:3年のうちには新作を出したい

両親のヒッピースタイルの歌を聴いて育った:それはpure magicだった
自分の子供たちには実入りの少ないミュージシャンの道は選んでほしくない

新しい音楽に興味は持つが(今回知ったダブステップなど)、すぐに飽きてしまう:聴くのは興味深いメタル。VIRUS(そろそろ新作を出す)など。これは飽きない。


ICS Vortex(Simen Hestnaes)インタビュー(2015.5.27)
バンド内のいさかいで解散したが、冷却期間をおいて良好な状態に戻った
('07年解散・'11年活動再開)

「Crashland」は4thのために作られたデモに収録されていた曲で、Garmが「ARCTURUSにはそぐわない」と言って外されていたものだった。
今回聴き直して良いと判断し、Simenが歌メロをつけて採用された。

(3rd・4thの評価が高かったことにより5thの製作にプレッシャーはかかったかと問われて)メンバーはみな日常の仕事があるから音楽は“趣味”であり、自分達のスタジオ(ギターのKnut所有)を持っていて時間制限がなかったということもあって、純粋に楽しんで製作することができた

Sebastian Grouchot:バイオリンで全曲参加
Twistex:プロデューサー:ダブステップなどの処理で大きく貢献

先のことはわからない:多様性は大事だがいさかいが起こる可能性もある:うまくいっているうちは続けていく


FLEURETY






インタビュー('10)


Svein Egil Hatlevikインタビュー(2013.2.11)

〈まずは、STAGNANT WATERSの新作完成おめでとう。でも、それに触れる前に、よろしければあなたの過去に触れてみたいと思う。あなたの人格形成期について話してくれないだろうか?それから、音楽一般に興味を持つことになったきっかけについて。〉

ありがとう。最初の記憶のひとつは、5歳のとき、あるレコードがどうしようもなく欲しかったことかな。友達のところでジーン・シモンズの写真がカバーに載っているアルバムを見たんだ。当時KISSはキャリアの絶頂期で、全メンバーのソロアルバムを発表していた。そのうちジーン・シモンズのものは、あの有名なメイクをして口元から血をたらしている写真が使われていた。自分は父親にそのアルバムを買ってくれるよう5歳児なりのやり方で何度も何度も何度も頼んだんだけど、そういう悪魔の顔がカバーになっているアルバムを父親は与えてくれなかった。で、父親と自分は結局ひとつの妥協に至った。同じソロアルバムシリーズのうちのポール・スタンレーのやつを買ってもらったんだ。それが人生2枚目の“自分のレコード”になった。一枚目は「クマのプーさん」ね。概して、自分は特別に音楽的な子供時代を送ったわけではなかったように思う。並みの子供達とそう変わらない。友達と同じように、サマンサ・フォックスやBON JOVI、EUROPEみたいなのを聴いていた。そこから入ってW.A.S.P.やAC/DC、IRON MAIDENなどに触れ、ANTHRAXやSLAYER、METALLICAを経由して、デスメタルブラックメタルに至ったんだよ。

〈楽器の演奏に興味を持ち始めたのはいつ頃?学校にいた時?あなたのキャリアの大きな部分を占めるドラムスやシンセサイザーに惹きつけられたきっかけはどんなものだった?〉

ノルウェーの片田舎で育つ子供にできることは、スポーツをするか、地元のマーチング・バンドに参加するか、自分独自の活動を見つけることくらいだ。自分は2年ほどサッカーをやっていたけれど、じきに「両親の言う通りになんてする必要はない」ことに気付いた。友達と自分は完全にメタルにのめり込んでいたから、自分達のバンドを始めたんだ。ドラムスを選んだのは、なんというか偶然の選択だった。他のメンバーが先にギターやベースを選んでいたからそうしただけで。自前の楽器を持ってないのは自分だけだったんだ。だから、自分の初めてのドラムキットは、当時の英語教師からもらった古くてカビの生えたやつだった。

〈(演奏は)独学?それとも正式な教育を受けた?〉

15年前(訳注:DODHEIMSGARD『Satanic Art』('98年発表)に参加した頃だと思われる)にピアノの授業をとっていたことはあるけど、それは2ヶ月くらいしか続かなかった。高校の音楽の授業もごく初歩のレベルに留まるものだったし。自分が正式に受けた教育は、デジタル信号処理の(極めて拘束的な)理論過程だね。これはコンピュータで音楽をつくるのに非常に役立っている。

〈あなたの住んでいた地域は、興味をひく音楽や共同作業の相手を探したりするのにあたってはどうだったのかな?〉

オスロからあまり離れていなかったから、そこにあるレコード店にバスで通っていた。年上の子供達が貸してくれるレコードをテープに録音したりもしていた。ただ、ヘヴィメタルスラッシュメタルを聴いている分にはこのやり方でもよかったんだけど、もっと過激な音楽を聴き始めたとき、年長者はそういうものに全く興味を持っていなかった(からそういうルートで聴き進めることはできなかった)。そんな時、Helvete(訳注:Euronymousが経営していたレコード店で、ノルウェーブラックメタルシーンの音楽的影響源として非常に重要な役割を担った)を見つけたんだ。そこで買った初めてのアルバムはCARCASSの『Necroticism:Descanting The Insalubrious』('91年発表)だった。オスロは、そういう同じような音楽の趣味を持つ人達に出会う場にもなっていた。

〈あなたの参加した最初のプロジェクトとされるのは、Alexander Nordgarenと'91年に結成したFLEURETYだね。
その時あなたは14歳で、最初のデモ『Black Snow』('93年発表)を出した時は16歳のはず。あなたとAlexanderは学校の友達同士だったのかな?他の同級生たちからみて少しはみ出し者という感じだった?〉

そうだね。良い要約だ。

〈『Mid Tid Skal Komme』(1st:'95年発表)は、ノルウェーで頭角を現しつつあったブラックメタルを、その枠内で個性的で実験的なことをするようけしかけた作品として、VED BUENS ENDEなどと並ぶある種の記念碑と多くの人からみなされている。これは意図的に作られたもの?それとも偶然にできてしまったものなのかな?〉

90年代の前半に発表されたノルウェーブラックメタル作品は、殆ど全てのアルバムが記念碑的傑作だよ。90年代初頭のこのシーンはとても競争的で個人主義的だった。全てのバンドに“何かしら個性的な作品をつくる”ことが課されていた。それができないバンドは価値がないとみなされたんだ。そして、そういう意識を特に強くもつバンドもいた。自分達は、同時期の他の殆どのバンドと比べても更に個人主義にとらわれていたのかもしれない。ブラックメタルは他のジャンル(スラッシュメタルデスメタルなど)と比べ芸術的向上心が強い。これは、ブラックメタルやそれに影響を受けたバンドが(他のジャンルに比べ)実験をすることが多い理由でもある。我々は“自分達の”音楽をつくりたかったし、何かの亜流は見下していた。

〈FLEURETYは活発な活動をしてこなかったけれども、1stと『Department of Apocalyptic Affairs』(2nd:'00年発表)の間の5年間で、余人の追随を一層許さない境地に至ったのは間違いないと思う。当時は周囲の理解をあまり得られなかったけれども、この作品の影響源はどんなものだったのだろう?個人的に聴き取れる要素は、ジャズ、フランク・ザッパキャプテン・ビーフハート、オブスキュア・フォーク(訳注:無名の個人が自主制作で発表した、型にはまらない強烈な個性をもつフォーク作品のこと)、CARDIACSのようなバンド、それから、幻覚キノコを食ってサーカスに行ったら聴けるような音楽などかな。〉

エクストリームメタルの文脈において「実験的」という言葉はずいぶん便利に使われている。「アヴァンギャルド」という言葉も同様だね。この「アヴァンギャルド」という言葉を正しく使えるのは“回顧”のときだ。なにかオリジナルなことを最初にやったアーティストこそが「アヴァンギャルド」で、他の者はそれに啓発されたり真似をしたりする。そういう意味で、『Transylvanian Hunger』(DARKTHRONEの4th:'94年発表)は、ブラックメタルの最もミニマルな形式を精製した作品として、標準的に「アヴァンギャルドメタル」と言われるあらゆるバンドよりもずっと「アヴァンギャルド」なのだと言える。同様に、「実験的」という言葉も、本来の意味を失った状態で様々な使われ方をしている。実験をする時は、それをやっていくことにより生じる結果を事前に知ることはできない。で、なんでこういう話をしたかというと、『Department of Apocalyptic Affairs』は確かに「実験」だったからなんだ。見取り図は7曲全てについて予め用意してあったけれども、どういう完成形になるかは全く想像できなかった。参加ミュージシャンをスタジオに送り込み、別々のパートを非常に短い時間で録音させ、(各曲で)複数の異なるバンドが作曲&演奏しているように仕上げたんだ。この意味において、これは“社会音楽的実験”とでも言えるものだ。「他のどんなアーティストに影響を受けたか」と質問してくる理由はわかる。そして実際、自分達は、例えばフランク・ザッパやある種のジャズ的思考に影響を受けている。スウィング・グルーヴを導入しようとした箇所もあったし。だけど、例えば「「Shotgun Blast」はMINISTRYの「Just One Fix」(訳注:'92年発表の『Psalm 69』に収録)に強烈な影響を受けている」と言われたらどう思う?そんなこと誰も想像しないだろう。MINISTRYの曲と全く同じリズムパターンでドラムスを演奏しようとした箇所はある。しかし、あのアルバムのレコーディングで行われた高度に非線形的な実験において、オリジナルのアイデアは完全に消えてしまったんだ。こうしたことは、自分達の予想をどこかに追いやり実験から結果を出すための工程だった。だから、「影響源は何か」というような質問はちょっと的外れだな。このアルバムは偶然生まれたものなんだ。魔法のように。

〈FLEURETYは、イギリスのカルトな(そしてべらぼうに素晴らしい)レーベルAesthetic Deathと長く付き合っているね。彼らの目に留まった経緯は?そして、長い付き合いが続いている理由は?〉

Aesthetic Deathと最初に接触した時のことはよく覚えていない。20年以上前のことだし。レーベルオーナーのStuとは極めて良好な関係を維持できている。利益の出ない7インチ(訳注:『Ingentes Atque Decorii Vexilliferi Apokalypsis』('09年発表)と『Evoco Bestias』('11年発表)のことと思われる)をリリースするような勝手なことを許してくれた彼にはとても感謝しているよ。長年にわたり献身的かつ忠実であり続けてくれている彼に敬意を表する。

〈バンドが長く続いているということは特筆すべきことだし、新しいレコードも間もなくAesthetic Deathから出るよね。FLEURETYをこれだけ長く続けてこれた理由、それから今後の展望について話してくれないかな。〉

いつも言ってることなんだけど、他人と音楽を作るということは、自分が最も好む形の“社会的相互作用”なんだよね。Alexanderとは子供の頃からの友達同士で、出会ったときから一緒に音楽を作りたいと思っていた。彼は地球上のあらゆる場所を移り住んでいるから、顔を合わせるのは一年に一度くらい。FLEURETYが活動するのはその時だ。新しい7インチレコードのタイトルは『Et Spiritus Meus Semper Sub Sanguinantibus Stellis Habitabit』になる予定。『Department of Apocalyptic Affairs』とは全然違う音だよ。過去作の中で一番近いのは『Mid Tid Skal Komme』だけど、それとも全然違うものになっている。片方の曲ではギターが猛烈に刻んでいるけれども、もう一方の曲はもっと気味の悪い感じになっている。願わくば数ヶ月のうちに発売したいけれども、このバンドではいろんなことに時間がかかりがちだし、確約することはできないね。

〈そうしたことからはちょっと離れて、'97年に発表されたAPHRODISIAC唯一のアルバム『Nonesence Chamber』に触れさせてほしい。自分はこれをポーランドのMisanthropyから出たカセットで手に入れ、聴くたびにぞっとしたり戸惑わされたりしてきた。その頃自分はCold Meat Industryレーベルから出ているようなものを沢山聴いていて、連続殺人鬼についての話をいろいろ読んだりしていた。何というかつまり、暗い雰囲気と実験的な電子音楽を混ぜ合わせて味わっていたわけだ。このプロジェクトはあなたとVicotnick(DHG)、そしてKim Sølveによるものでしょう。この作品の背景にあったアイデアはどんなものだったのかな?そして、このプロジェクトがこれ以上発展しなかった理由は?〉

多くの人々が「Kim Sølveはこのバンドの一員だった」と信じているようだけど、それは間違いだ。この誤解は、当初APHRODISIAC名義を使っていて後に「SEX」と発音されるあだ名を持つようになった(別の)プロジェクトを自分とKim Sølveがやっていたことから来ている。APHRODISIACはVicotnickと自分
からなるバンドで、基本的には、できうる限り最も不快なサウンドを作ることを目的としていた。あなたのように、自分達は連続殺人鬼についての話を沢山読んだり、声のサンプルを集めるためにドキュメンタリーをVHSに録画したりしていた。そんなに多くを聴いてはいないけど、Cold Meat Industryのアーティストにも感化されている。APHRODISIACの作品は、単なる「不快なノイズのアイデア」に留まらない、多様な音楽の形式をとっているものだ。当時の自分は、クリシュトフ・ペンデレツキやリゲティ・ジェルジュ、アルネ・ノールヘイムのような、ある種の音色やトーンクラスターで知られる、戦後のアカデミック音楽の作曲家たちを聴いていた。16歳くらい(訳注:'93年頃)の時に『広島の犠牲者に捧げる哀歌』で初めてペンデレツキを聴いたんだけど、これは自分が今まで聴いたことのあるどんなブラックメタルよりも究極的に暗い感じがして、すっかり打ちのめされてしまった。「本当に暗くて不快なことをするプロジェクトをやりたい」と思い始めたのはこの時だね。APHRODISIACではアルバムを一枚つくったけれども、それが完成したとき、自分達の持っていたアイデアを全て注ぎ込んでしまったと感じた。それでプロジェクトは自然消滅したんだ。

〈周知の通り、あなたはDODHEIMSGARDにも鍵盤奏者として'97〜'03年のあいだ在籍していたよね。それで『Satanic Art』('98年発表)と『666 International』('99年発表)の製作に貢献した。バンドに所属していた頃の思い出などは?それから、その2作にはどんな貢献をした?ライヴでの思い出にも興味がある。ショウの数自体は残念ながら非常に少なかったけど、どれも狂った感じの凄いものだったし。〉

その頃の経験はとても刺激的だったよ。自分がはじめて参加したのは、彼らが『Monumental Possession』('96年発表)の後に作ったデモを聴いた後のこと。これは極めて素晴らしい作品だと思った。自分のオールタイム・フェイバリット・ブラックメタル作品のひとつZYKLON - Bに通じるものを感じたんだ。デモ収録曲のうち「Symptom」は再録され、「The Paramount Empire」はそのままの形で、『Satanic Art』に収録された。DODHEIMSGARDは素晴らしいリフの勝利行進といった趣のバンドで、「Traces of Reality」(訳注:『Satanic Art』収録・ブラックメタルを代表する名曲)はその好例だね。自分がVicotnickのところに行ったら、彼は素晴らしいリフを次から次へと演奏してくれた。これは1996年のことで、ブラックメタルの殆どは貧弱で無印なものになっていた。DODHEIMSGARDは、そうした平凡なものが溢れる霧の中における灯台のような存在だったんだ。もちろん自分はそこに加入したいと思った。自分はその頃ピアノのレッスンを少しの間受けていて、エリック・サティフレデリック・ショパンエドヴァルド・グリーグなどピアノ曲の作曲家を沢山聴いていた。ブラックメタルシーンに溢れるつまらないハーモニーと歯応えのないメロディに対する反抗として、ブラックメタルのキーボードで試したいアイデアが沢山あった。当時も今も「ブラックメタルにキーボードなんていらない」という考え方が広くあって(今はだいぶ少なくなったけれども)、自分はそれが誤っているということを証明したかったんだ。DODHEIMSGARDの2作の作曲面における自分の貢献は、自分の担当したキーボードやピアノの部分というところだね。'99年にはDIMMU BORGIRのサポートで6週間に渡り40回ほどのコンサートをした。音楽的に言えば全ての点において滅茶苦茶なツアーだったな。それ以上言うことはない。でも、楽しかった。

〈VIRUSへの客演やSOLEFALD音源のリミックスを除けば、その後しばらく活動をしてなかったよね。音楽に少し飽きていたのかな?それとも他にやることがあった?〉

'99〜'03年はあまり音楽をやっていなかった。一人で作っていたものはあって、それはZWEIZZの素材になった。FLEURETYとDODHEIMSGARDはどちらも活動を休止していた。個人的には最も忙しい時期だったな。コンピュータ科学と数学の勉強をしていたから。学生新聞への寄稿にも多くの時間をさいていた。そのおかげで、今は新聞社で働いているよ。

〈Teloch(MAYHEM、NIDINGRなど)やHellhammerと組んだUMORALではボーカルをやってるね。短いEPを一枚だけ発表していて、そのカバーアートは、自分はよく覚えてないけど、何らかの理由でとても有名になっている。(訳注:黒ボカシ付きのポルノアートがあしらわれている。)これについて何か話してくれないかな?おかしなことに、自分が次にレビューするのはNIDINGRなんだよね。〉

UMORALのデビューアルバム『Der hvor sola aldri skinner』は97%録音完了している。仕上げるには平凡すぎるという理由で作業が長く止まっているんだよね。'13年の新年の目標の一つは、このアルバムを年内に発表することだ。Hellhammerのかわりのドラマーも見つけてある。TSJUDERやTHE CUMSHOTSで知られるAntiChristianだ。

〈この間あなたがステージにいるのを見た時、あなたは便器にうずくまっていて話しかけるチャンスがなかった。あなたは飲み過ぎで吐いたりすることはなかったけど、Zweizzというあだ名のもとで大量のノイズを吐き出していたね。こういう極端な下ネタ電子音楽のスタイルについて何か話してくれないかな?〉

便器をある種のマイクスタンドとして使うというのは、数年前から暖めていたアイデアだった。便器の中にカメラを設置すれば、顔なり体の他の部分なり、好きなところをステージ上のプロジェクターに映すことができる。こうすれば、観客は奇妙で親密でないやり方で顔に大接近できるわけだ。多くの人は恥ずかしく気まずい思いをするだろうし、それが良いんだよ。それから、こういう仕掛けをした便器のカタチ自体が自分の興味をひいた。うまく説明できないんだけど。こういうパフォーマンスでやる音楽は、即興ノイズというようなもので、うまく描写するのは難しい。ショウをすることに没頭して、自分でもどういう音を出しているかハッキリ思い出せないからだ。スイスで一回ショウをしたんだけど、ある評論家の女性は「歯にドリルをあてられるような音」だと言っていた。みんながそう感じるなら、ある意味、自分の出したい音をうまく出せているということなんだろう。殆どのノイズ・ミュージックと同様、自分は音楽による身体的経験にこだわっている。そして、それは不快なものであってほしいんだ。

〈自分が観た時のヘッドライナーはULVERだったんだけど、そのファンである物腰の柔らかいヒップスター達の反応はどんな感じだった?ビンを投げつけられてステージを下されたりした?こういう極端な音楽は極端な反応をされても仕方ないと思う?〉

楽しんでくれた人もいたし、嫌っていた人もいたよ。でも、暴力をふるわれたり汚い言葉を投げつけられたりすることはなかった。ある評論家は「明らかにスラヴォイ・ジジェク(訳注:スロベニアの哲学者:精神分析学)に啓発されたものだ」とか言っていた。これが大学のキャンパスでのコンサートの後だったなら、こういう発言も驚くにあたらないのかもしれないんだけどね。

〈OK。ちょうどSTAGNANT WATERSのセルフタイトル・デビューアルバムを再生し始めたところなので(訳注:これはメールインタビューなので2人は同じ場所にいない)、その話に移ろう。まず気になるのは、“stagnant(淀んだ・停滞した)”という表現がそぐわない活発な曲がいくつもあるのにどうしてこういうバンド名にしたのか、ということなんだけど。〉

バンド名は自分が加入する前から決まっていた。この名前は、このバンドをソロプロジェクトとして始めた創設者・ギタリストCamilleの過ごした苛立たしい時期から来ているのではないかと思う。自分がいろいろ聞いたことから考えるに、彼の人生が停滞しているように感じられていた時期に、この名前がふと浮かんだ、ということなのではないだろうか。バンドの名前と比べこの音楽は熱狂的すぎる、ということは多くの人が言っている。しかし自分はこう考えたいね。淀んだ水の中では、細菌や微生物、小さく奇妙な生き物が繁栄している。たとえばこういうふうに拡大して見てみれば、淀んだ池の中でも、このアルバムの音楽に見合うくらい激しいことが起きていると言えるわけだ。これは淀んだ池の水を飲んではいけない理由でもあるね。死んでしまうこともありうる。

〈このプロジェクトでは、Aymeric ThomasとCamille Giraudeauと作業しているね。2人はフランス人だけど、どうやって出会ったのかな?それから、作業の仕方はどんな感じ?直接顔を突き合わせてやっているのかな?それともデータのやり取りをしているのかな?〉

自分達はMySpaceがまだ活発だった頃にそこを通して知り合った。はじめは全然乗り気じゃなかったよ。自分は既にいろんなプロジェクトに参加しすぎていたし。でも、彼らの素材をじっくり聴いてみたら、すぐに考えが変わった。はねつけるのが勿体ないくらい良かったんだ。それで自分はクレルモン=フェラン(訳注:フランスの都市)に行き、1週間滞在してボーカルを録音した。

〈この音楽はいろんなスタイルやアイデアの素晴らしい融合体で、まったく完全に狂ってしまっているものでもある。バンドの3人はこれをどうやってまとめ上げたのかな?そして、あなたが実際に演奏しているパートはどこ?Metal Archivesはあなたを単にボーカリストとしか記していないけれども。〉

デビューアルバムの音源は、自分が加入した時には既に仕上げられていた。だから、詳しいことはわからない。自分が知っているのは、他の2人もインターネットを介して素材のやり取りをしていたということ。自分がボーカルの録音のためにフランスに行った時が、その2人にとっても初顔合わせの機会だったんだ。我々は次のアルバムのために2曲を作っているところなんだけど、その見取り図は自分が書いていて、他の2人は残りのアレンジを担当している。このバンドが将来どうなるかはわからないけど、興味深いものになるとは思うよ。

〈音のスタイルはランダムに変化していき、曲のタイトルや聞こえてくる歌詞にはあまり意味がないように思われる。全体を貫くコンセプトなどはあるの?〉

殆どの歌詞は、自分が書き始める前から、強固に首尾一貫し明確なコンセプトを持ったものとして存在していた。バンドの他のメンバーが書いたものもあるし、バンド外部のゲストが書いたものもあるけど。自分は、この歌詞が一読してすぐに意味がつかめるようなものにはしたくなかったから、全てをさかさまにひっくり返し、意味が不明瞭になるように殆どを書き直した。これは“しるし”を作るようなことだね。何か表現することがあって、それを形にするときは、それを作り変え、原型とは似ていない形に仕上げるものだ。こういう歌詞が一見意味のないもののように思われるのはわかっているけれども、これは意図して選んだやり方なんだ。不安感や混乱を生み出すための、潜在意識へのアプローチなんだよ。

〈(この音楽では)混沌の中に構造がある。「Of Salt And Waters」では、全盛期ハリウッドの叙事詩的冒険映画に通じるサウンドにあなたのメロディアスなクリーン・ボーカルが乗り、その後エレクトリック・ビートが鳴り響いてきて、混沌が再び優勢になる。あなたがリスナーに期待する反応・感情はどんなものだろうか?〉

その質問には、「好きなことをやっただけだ」という古い常套句に頼らずに答えるのが難しいな。先に言ったように、自分が加入する前にこのアルバムがどう作られていたのか話すことはできない。ただ、こう言うことはできる。この音楽は、やり方を知ってさえいれば、自分も全く同じように作っただろうものなんだ。だから、率直に言えば、リスナーには2009年に自分がこの音楽を初めて聴いた時に感じたのと同じ興奮を感じてほしい。自分はこれを理解するために何回か聴き返さなければならなかったし、そしてそうすることで本当に心をかき乱された。

〈(このアルバムについての)こういうレビューはもう読んだ?(このインタビュアーのレビューhttp://www.avenoctum.com/2012/10/stagnant-waters-st-adversumが示される)本当に酷いレビューもあるよね。この音楽は万人のためのものではないし、レビューもそれに見合うくらい読み応えのあるものにしなければならないのに。〉

レビューありがとう。実際本当に酷いレビューはあるけれども、熱狂的なレビューの方が遥かに多いよ。他のバンドメンバーについてはわからないけれども、個人的には、この業界に入ってから20年というもの、あらゆる類のレビューに接してきているので、そういうのはもう慣れている。自分でもレビューを書いたりするから、意地の悪い言葉を使ったり、心のこもっていない賛辞を並べたりするのがどれだけ簡単かということはよくわかっているんだ。非常に低い評価をするレビューというのは、殆どの場合、音楽よりも書き手そのものについて多くのことを語るものだ。誰かが私の音楽を嫌いだと言うとき、まあそれも結構なことだけど、そういう場合、そのレビューは単に「ある人間がインターネット上で何かを嫌ってみせている」ということを示すだけのものになっている。そして、インターネット上で何かを嫌うのはとても簡単なことなんだよね。このアルバムについてのとても心温まるレビューをいくつかもらったけれども、そういうレビューでは、書き手が考えをまとめ上げるのに大きな手間をかけてくれているのがはっきりわかる。そういうのを見ると、とても啓発されるよ。

〈このアルバムを出したレーベルAdversumにも触れておくべきだね。このレーベルは幸いにも、あなたが過去に一緒に仕事したことのある人達によって運営されている。彼らのとの関係について話してくれないかな?〉

アヴァンギャルドメタル」という呼称は世間に長いこと存在しているけれども、こういう括りをされたものが「フォーク・ブラックメタル」とか「シューゲイザー/デプレッシヴ・ブラックメタル」よりも売りづらいかというと、自分はそんなことないと思う。いろんな見方が加わると物事が複雑になる。例えば「我々はライヴをしないバンドだ」ということなど。選挙と同じことだね。多くの票を得るためには、多くの人々にアピールしなければならない。Adversumの人々は友達だから、物事を正しく議論しやすくなっている。自分達がどういう音楽を聴いてほしいのか、どういう音楽的アイデアを膨らませていきたいのか、という考えを分かち合うのも簡単だ。とても良い関係を築いているよ。

〈このアルバムを手に入れる前に、ENSLAVEDのトリビュート・アルバムにSTAGNANT WATERSが提供した音源「Større enn Tid – Tyngre enn Natt」も聴いたよ。全然オーソドックスでなくオリジナルに忠実とは言えない仕上がりで、たぶんあなた方にやりたいようにやる自由を与えたのだろうPictonianレーベルも、そしてファンも、驚いたんじゃないかな?これを聴いて阿鼻叫喚になってる人もいそうだけど。〉

どう受け取られるか自分には全くわからないな。自分はこのカバーには一切参加してないんだ。自分がバンドに加入する前から他メンバーがやっていたことなんだよね。この曲について話し合いはしたけど、個人的にはENSLAVEDと親しくはないし、敬意を払う必要もないと思っていたから、自分抜きでカバーをするというふうに合意したんだよ。

〈今後のSTAGNANT WATERSの活動はどうなるのかな?ライヴをすることもありうるのか、それともスタジオ限定のプロジェクトのままでいるのかな?〉

自分達はずいぶん気ままに音楽を作っているからね。やりたい音楽のためにはどんなスタジオ技術も活用してきた。可能性は少ないけれども、もしライヴをやるのなら、そのフォーマットで良い感じに聞こえるような曲を作らなければならないだろうね。

〈STAGNANT WATERSについて調べていたら、SELF SPILLERというのを見つけた。あなただけでなく、SIGHやAGALLOCH、FORMLOFFなど、数えきれないくらい多くのバンドのメンバーを含むプロジェクトだ。Vendlusから出た『Worms In The Keys』というアルバムは聴いてみるつもり。あなたはこれにどういうふうに参加しているのかな?〉

2007年頃にこのプロジェクトを企画したJason Walton(AGALLOCH)に幾つか音のファイルを送っただけだよ。自分の貢献がどんなものかアルバムを何回か聴き返したけど、自分の音がどこに入っているかはわからない。

〈他のバンドやプロジェクトなど、音楽の話でここまで触れずにきたことはあるかな?あなたは音楽ジャーナリズム業界にも属していると思うんだけど?〉

Zweizz & Joey Hopkinsの'11年に出るアルバムをチェックしてみてほしい。'07〜'10年の間に自分が主に力を注いだものの一つだ。悲しいことにJoey Hopkinsは'08年に亡くなってしまったけど、自分は共に制作していたこのアルバムを長い時間をかけて完成させた。彼は巨大な才能の持ち主だったし、STAGNANT WATERSのボーカリスト候補だったこともあるんだよ。
例えばこれをチェックしてみてほしい。

Zweizz & Joey Hopkins – “No clue”: http://www.youtube.com/watch?v=CLNufw1QEDo

Zweizz & Joey Hopkins – “The Goat”:http://www.youtube.com/watch?v=aBYik8wWilI

Zweizz & Joey Hopkins – “Smash, Politics, Gag”: http://www.youtube.com/watch?v=kLFG_3_HdwU 


〈深いインタビューに時間をさいてくれてありがとう。読者に何か言っておきたいことはある?〉

インタビューありがとう。そして、読んでくれたみんな、ありがとう。


LUGUBRUM(ベルギー)》


インタビュー(オフィシャルサイトから)

Metal Maniacs zine(2007)
『De Ware Hond』発売時のインタビュー

まとまりと流動性とのバランスを取るために、予めラフにセッションの全体像を描いてはいた。
同じ部屋でライヴレコーディングしつつ、各人がそれぞれの価値観のもと各自の仕事を尽くした。それにより、今まで体験したことのない新たなエネルギーを生むことができた。
バンドには普通レイドバックした雰囲気がある。
人生には常に「陰陽」がある。
Bhodidharma(sax)はGhentでのセッション(B面)にのみ参加。完全な自由を与えられて演奏した。

ブラックメタルは無限の可能性を持つ最も興味深い音楽ジャンルの一つだと思う。他のジャンルでは、自分の好きな音楽全ての影響を組み込むことはできなかった。自分達は、同じ方向性を突き進み(横道に逸れず)、その上で周囲にあるものを詳細に吟味し取り入れ続けている。その結果、作品毎に違った仕上がりになる。
常にブラックメタルに関連付けられることをやってはいるが、その手法は我々独自のものだ。

Midgaarsはオランダ人だが、隣国オランダよりもベルギーの方が遥かに興味深い国だと思っている。

影響源を述べて混乱を招きたくない。共感を持つものの多くは70年代の音楽。
アウトサイダー・アート」という形容はLUGUBRUMの音楽にとって良い表現だと思う。

アルコールへの思い入れ
(普通のベルギー・ビールで満足:わざわざ特別なものを飲む必要はない)

“brown metal”は“brown note”(「可聴域外の超低周波音で、人間の腸を共鳴させて行動不能に陥らせる」とされる、実在が証明されていない音)を意識したもの?
(冗談とも本気ともつかない返答:自分達の棺が冷たい土に沈み込む直前に、自分達の直腸とともに演奏されるだろう最後の音)


Zero Tolerance zine(2012)
『Face Lion Face Oignon』発売後・Midgaarsインタビュー:

9th『Albino de Congo』はベルギーの植民地だったコンゴがテーマ
10th『Face Lion Face Oignon』はナポレオンのヤッファ攻囲戦がテーマ
ナポレオンの黒歴史(最初の手痛い敗戦)であるシリア遠征というテーマはLUGUBRUMの題材として完璧にそぐうものと思われた
西欧の強い勢力が中東の困難な状況に足を取られてしまう、というのは現代の状況にも通じる。「歴史は繰り返す」というのは歴史の大きな魅力。

熱狂的なファンの多くは折衷的で何でも聴く人々。そうしたファンか送ってくれるコンピレーションにより幾つもの素晴らしい音楽に出会った。

『Bruyne Troon』は(最後に)地下貯蔵庫で録音したもの

音楽的には他の何にも似ていないと思うし、そしてそれは鼻にかけることでもない。様々なスピードでブルースを演奏しているだけ。『Face〜』には殆どブルース・リフばかりで構成されている。それを人々は「初期のLUGUBRUMみたいだ」と言う。つまりおそらく自分達はずっとブルースを演奏し続けてきたということなのだろう。(それぞれのアルバムについてはいちいち気にしていない。)
自分にとって大事なのは音楽をやっていて楽しいかどうかということだけで、楽しくなくなったら他のことを探す。そしてそれがまだ続いている。


Midgaarsインタビュー(2013.9.19)
使用機材はここ20年間変わっていない(最初のデモと最新アルバムとでは同じドラムキットを使っている)。『De Vette Cuecken』から録音のクオリティが上がったと言われても何とも言えないし、LUGUBRUMの音楽についてそういうことを言うのも滑稽なことだ。

同じアートワークを2度使うのは好まない。その時々の状況を反映したものにすべきで、過去と同じことを繰り返すのに意味はないと思う。
アートスクールに少し行ったけれども殆ど独学で、今でも勉強し続けている

Boersk Blek Metle(Black Metal for Farmers):『De Totem』(The Anglo-Boer war(南アフリカにおける農夫の戦争)がテーマ)以降にバンドが用いているテーマ

曲の多くはジャム・セッションから作られる

Star Wars』とLego

ここ20年間でやったライヴの数は約20ほど


ORANSSI PAZUZUフィンランド)》


Onttoインタビュー(2013.9.12掲載)

〈やあ、Ontto!まず、このインタビューのために時間を割いてくれたことに御礼申し上げます。本当にありがたいです。バンドと現在のメンバーについて紹介してくれるかな?〉

どういたしまして。ORANSSI PAZUZUは結成当初から以下のメンバーのままでやっている。
Jun-His:ボーカル&ギター
Moit:ギター
Korjak:ドラムス
Evill:キーボード&特殊効果
Ontto:ベース

〈バンド名の起源についても教えてくれないだろうか?自分の知る限り、“oranssi”は“orange”(オレンジ)を意味し、“Pazuzu”はアッシリアやバビロンの神話における悪魔の名前のようだけど。〉

その通り。ORANSSI PAZUZUという名前は我々の音楽の二元性を象徴するものなんだ。
“Pazuzu”は、闇、未知、神秘、そして未踏の音楽的領域を目指す我々の志向を表している。我々の内にある闇とか、虚無主義的で混沌とした精神領域を象徴するものでもある。自分にとっては、オカルト主義者の象徴というよりも、心理学的・哲学的なものなんだ。
一方、“Oranssi”というのは、我々のサイケデリックな側面とか宇宙のエネルギーを表している。これはブラックメタルの“伝統的な”色合いと対極に位置するものでもある。我々の音楽にはブラックメタル色もあるけれど、それは全体的なものではない。白黒フィルムにいろんな色を重ねたようなものという方が適切だね。

〈自分の認識違いでなければ、あなた方は2つのレーベルと契約しているね。20 Black SpinとSvart。これはアルバムを発表するにあたってどういう意義をもつのだろうか?複数のレーベルと契約することの利点は?〉

幾つかの選択肢について考えた結果、ヨーロッパでの発売を担当するレーベル・アメリカでの発売を担当するレーベルとそれぞれ一つずつ契約するのが賢明だと考えたんだ。業務上さまざまな利点がある。しかし一番大事なのは、どの地域でも全く同じ音源やアートワークを手に入れられるようにするということだ。ヨーロッパと北アメリカの両方で、CDとゲートフォールド(註:見開きタイプのジャケット)のLPが発売されるよ。

〈新譜『Valonielu』は3rdアルバムだね。前2作(1st『Muukalainen Puhuu』・2nd『Kosmonument』)と比べるとどんな感じ?バンドの音楽性の自然な進化形だと思う?〉

そうだね、自然な進化形だ。これは今までの音楽性の延長線上にあるものだ。それはこれからも進み続けていくだろうけれども、常に一定の方向を指し示している。その上で以前のアルバムと比べるなら、『Valonielu』はよりプログレッシヴ(進歩的)で直接的な作品なのだろうと思う。長い時間をかけて自然に育つがままに任せたから、以前の作品より幾分息遣い豊かなものになっているんじゃないだろうか。カッチリ固められた形式にさっさとまとめてしまいたくはなかったんだ。幾つかの曲はとても長くなっているよ。
『Valonielu』では、プロフェッショナルなスタジオを使うことの利点も示されている。バンドサウンドの全体像は以前よりバランスが取れたものになっていると思う。

〈アルバムのサウンドは本当に素晴らしいよ!プロダクションがどんなものだったのか教えてくれないかな?どこで録音し、ミックスやマスタリングを行ったのかということとか、エンジニアは誰だったのかということなど。〉

そう言ってくれるのは嬉しいね。
録音・ミックス・マスタリング・プロデュースを担当したのはJaime Gomez Arellanoだ。Gomezを選んだのは素晴らしい判断だったと思うよ。彼はCATHEDRALやGHOST、ULVERのようなバンドと仕事をしてきた。我々の音楽的美学を深く理解してくれたし、それをスタジオで表現するための術も心得ていた。前2作と同じく、全てのベーシック・トラックをライヴレコーディングしたんだけど、その上でGomezは我々に大量のオーバーダブ(ベーシック・トラックの上に重ね録りすること)をするよう促した。これは以前にはやったことがなかった。そうすることで、アルバム全体のサウンドを非常に豊かにすることができたんだ。

〈『Valonielu』の歌詞にはテーマがあるのかな?アルバムにコンセプト的な背景はある?〉

『Kosmonument』が実存的空間において迷い消え去っていく放浪者を扱ったものだとしたら、『Valonielu』は、人間の(外界から)隔離された意識とか生命の小宇宙(註:生命システムを宇宙空間の縮小版として捉える考え方)などに向かっているものだと言える。厳密なコンセプトアルバムではないけれど、精神とか現実についての考え方といったテーマが繰り返し出てくる。我々人間はその知性に複数の“穴”を抱えていて、それぞれの人がそれに対して異なるやり方で反応するのだ、と自分は考える。未知のものを受け入れたりそれを覗き込んだりすることもできるし、否定したり、幻想やイデオロギーで美化したりすることもできる。人は自分のまわりに真円(完璧な円)を描くことができるけれども、現実的にはその円は真円ではなく、塵で描かれたものにすぎない(註:儚く不確かだ、というニュアンスだと思われる)、というのがこのアルバムの最後で導かれる主な結論なんだ。

〈あなた方の音楽性は非常にバラエティ豊かだね。ブラックメタルから70年代プログレッシヴロック〜サイケデリアまで幅広い。そういう異なる音楽スタイルを自分を見失わずにバランス良くまとめるのは難しいと感じる?〉

我々が曲を書くとき最も大事にしているのは雰囲気だ。音楽ジャンルについて考えすぎることはないし、そうしたものを縛りと捉えることもない。そうしたものは、特定の気分を表すものに過ぎないんだ。別々の辞書から引っ張ってきた言葉を集めて文章を作ったら、それは今まで存在しなかったものだろうけれど、ちゃんとした意味をなすものにもなる。このバンドの音楽は、自分にとっては意味も意図もあるものだけど、それは主観的なものだということもわかっている。作曲の過程で自分を見失なってしまえればいいよね!

〈ORANSSI PAZUZUにおける創作過程はどんなものなのだろう?一人が曲の基本的な構造を固めて持ってきて他メンバーがそれぞれのパートを付け加える、という個人的なプロセスなのか、それとも、ジャムセッションを通して曲を作っていくというような協同作業に近いのだろうか?〉

その両方だね。いろんなアプローチが好きで、ジャムセッションを通した製作方法も、カッチリした作曲に基づくやり方も、両方やってきた。その2つを考えうる限りの様々なやり方で組み合わせている。“予め書かれた”素材を持ち込むのは自分(Ontto)とJun-His(註:この2人が創設メンバー)だけど、それについても、予想外のヒネりが加わりうる余地は常に残してある。バンドメンバー全員がアイデアを持ち込める環境になっていると自分は思うよ。

〈あなた方の音楽を“シュルレアリスティック(超現実主義的)”と形容する人は非常に多い。そういう言い方については同意する?〉

うん。確かにシュルレアリスティックな要素はあると思うよ。何かしら夢のようなものを捉えようとしているし。ただ、そこには意識的な要素と無意識的な要素の両方がある(シュルレアリスティックな要素しかないわけではない)。

〈『Valonielu』のカバー・アートはとても興味深いもので(とてもシュルレアリスティックでもある)、あなた方の音楽を完璧に表現するものだと思う。これを描いたのは誰?そして、描いてもらうにあたってどんな指針を示したのかな?〉

このアートワークは、ルーマニア人アーティストCostin Chioreanuが描いたものだ。彼とはRoadburn Festival(註:オランダで毎年開かれるサイケ〜ドゥーム寄りメタルフェスティバル)で出会ったんだ。歌詞の背景にある哲学について話し、新曲のデモ音源を渡して、我々がこの音楽についてどう感じているのか伝わるようにした。このカバー・アートは、アルバムのテーマを視覚化する素晴らしい仕事だと思うよ。

〈あなた方の最大の音楽的影響源はどんなものなのかな?〉

我々は非常に多くのバンドや音楽スタイルにハマっていて、好みも一人一人違っている。その上で最も重要なものを挙げるとすれば、CIRCLE(フィンランドのPori出身のバンド)、DARKTHRONE、CAN、KING CRIMSONSONIC YOUTH、ELECTRIC WIZARDなどが該当すると思う。

〈似たような質問だけど、音楽以外に発想の源はあるかな?美術とか映画についてはどうだろう?〉

歌詞を書く際、自分の発想を強く刺激してくれるテーマとして、自然の神秘の探求というものがある。映画や絵画、美術一般の影響は、もっと無意識的な領域のものだな。たとえばLars Von Trier『Antichrist』のような偉大な映画作品は、長く頭の中に残って音楽に溶け込むものだけど、それは地下を流れる水脈みたいなものであって、自分では全く気付かないこともあるものなんだよ。

〈ORANSSI PAZUZU以外のプロジェクトに参加しているメンバーはいる?〉

うん、何人かね。Atomikläというバンドには、自分とJun-His、そしてDARK BUDDHA RISINGに所属している友人2名が参加している。ORANSSI PAZUZUが好きな人にとってはこの先最も興味深いバンドになるだろう。現時点では音源を発表していないけれども。

〈オールタイム・フェイバリット・バンドを訊こうとは思わないけど(難しい質問だろうし)、最近見つけた興味深いバンドがあったら教えてくれないかな?〉

もちろん。現在フィンランドでは、優れたサイケデリック・バンドがいくつか活動を始めている。DARK BUDDHA RISINGやMR. PETER HAYDEN、DOMOVOYD(デビューアルバムはSvartから『Valonielu』と同時に発売される)をまだ知らなければ、ぜひチェックしてみてくれ。フィンランド“シーン”の外について言えば、ALUK TODOLOが昨年出したオカルト・ロック・ライヴ音源に最も感銘を受けたな。新しくはないけど、唯一無二の素晴らしいバンドだよ。

〈気が早い話だけど、どうしても訊いておきたい。新しい素材に取り組んでいる?〉

うん。でも、必要なだけの時間をかけてゆっくりやることになるだろう。今の最優先事項は新譜の発表に際してのライヴをやること。話はその後だね。

〈この先ライヴをやる計画はあるのかな?〉

うん。新譜をサポートするためのライヴを10月下旬から11月頭にかけて行う。少なくともスカンジナビアから中央ヨーロッパには行く予定だよ。日程の発表は全ての準備が整ってからになるけど、それももう間もなくだ。

〈わかった、Ontto!質問に答えるための時間を割いてくれてありがとう。改めて御礼申し上げます。『Valonielu』は素晴らしいアルバムだ。全てがうまくいくように。そして、ライヴでまたすぐに会えることを願っているよ。〉

インタビューしてくれてありがとう!


Onttoインタビュー(メールインタビュー:2016.2.29掲載)

〈新作用の作曲を始めた時、アルバム全体についての包括的なアイデアはあったのだろうか?〉

最初のアイデアは、前作『Valonielu』でやり残したことの続きをやり、宇宙の闇や催眠的反復といった表現をより深く掘り下げていこう、というものだった。そういう要素にこれまでも取り組んではいたけれども、まだまだ開拓の余地があると思えたんだ。そして、音楽をもっと強力なものにしたくもあった。強力な雰囲気を生み出すために膨大な時間と空間を費した結果、とても長くしかも制約のないアルバムに仕上がったんだ。

〈『Värähtelijä』(註:新譜・全69分)は『Valonielu』(註:全46分)の倍近い長さになっている。こうした長尺のもとでより巨大で無秩序に広がったものを創ろうとしたのかな?〉

我々は前作で、バンド内部にあった幾つかの個人的な“音楽的障壁”を打ち砕いたと思う。それで、新作用のジャムセッションを始めたところ、新しいアイデアが湧き出てきた。頑張ってひねり出そうとしなくても、ただ演奏するだけで新たなものが生まれてきたんだ。だから、そのジャムセッションやアイデアを録音し始めたんだけど、ある段階で、一つのアルバムのために整えようとするのが馬鹿らしくなるくらい大量の素材が出揃った。(小綺麗に整理しようとしたら)大事な部分をあまりにもたくさん削らなければならない状況になって、そんなことをしたら(ジャムセッションで得られた)良いノリが損なわれてしまうだろうと思われた。だから、(全体のまとまりを中途半端に意識するよりはむしろ)全てのアイデアを湧き出るがままに任せ、(それぞれの曲を)より巨大で独立したものに仕上げようと決めたんだ。

〈新譜の音楽性は(長尺なだけでなく)とても多彩だ。ORANSSI PAZUZUの音楽要素を拡張しようという意識はどのくらいあったのだろう?落ち着ける場所から(意識的に)外に踏み出そうとしたのだろうか?〉

いろんな音楽性で演奏するのが好きなんだ。エフェクトの魔術師Evill(キーボード・パーカッション)とスペース・ギターのエキスパートMoitは特にオープンマインドで、新しい仕掛けを際限なく考えて、いろんな要素が混ざり合ったサウンド全体に冒険的な感触を付け加えている。ある意味我々は、音楽を“音による風景描写”と考えるのが好きなんだ。はっきりした出来事が起こる一方で、その背後には雄大な風景がある。自分達にとってはその両方が同等に重要なんだ。

〈このアルバムでは、多くの非メタルバンドと仕事をしてきたJulius Mauranenと一緒に作業しているね(註:録音とミックスを担当)。彼がこのアルバムに持ち込んだアイデアはどんなものなのだろう?音楽を一般的で整ったものにすることに特化したプロデューサーと協同作業するというのは重要なことだったのだろうか?〉

Juliusを選んだ理由のひとつは、我々の音楽を一般的なヘヴィ・メタル美学の外から見れる人が欲しかったからだ。我々はいつも、現代のヘヴィ・メタルバンドが出すような音にするのではなく、もっと生々しくかつ霧のようにぼんやりしたサウンドを作ろうとしている。Juppu(註: Julius Mauranenの愛称)はそれを理解してくれた。我々のライヴにおける演奏の感じをテープに捉え、可能な限り宇宙的で激しく息遣いの感じられるものにする、というのが彼の仕事だった。彼は曲そのものには干渉しなかったけれども、サウンドをあるべきものにするべく働いてくれたというわけだ。

〈新譜の作曲における協同作業はどんな感じだった?〉

全員がしっかり関わっていたよ。先述のように、曲の中心となるアイデアジャムセッションから生まれたものだ。それを何度も再考し、新たなものを加え、複数のパートを混ぜ合わせたりした。最初の曲は自分(Ontto:ベース)のリフが大部分の基盤になっていて、最後の2曲に最も貢献しているのはJun-His(ボーカル・ギター)のアイデアだったりするけど、そうした曲においてもメンバー全員が大きく関与しているし、ジャムセッションのパートが大半を占めている。全てのメンバーが持てるものをそこに吐き出している。これこそがまさに我々がこのアルバムでやりたかったことなんだ。

〈この野心的なアルバムは、ライヴで際限するには複雑すぎるものに思える。作曲している時、そういうことは考えた?〉

いいや!もしかしたら間もなくヘマをすることになるかもしれないね。もう3週間のうちにツアーが始まるから!
えーとね、それ(新曲を演奏すること)が期待されているのは間違いないだろうけど、我々は既に新曲の殆どをスタジオで生演奏している。だから、ライヴでもできるだろうという強い自信があるよ。それに、もし演奏しなかったら、少なくとも、ショウの最中なにかしらロックンロールな危険(註:ファンからの好ましくない反応のことを指すと思われる)が起きるだろうね!

〈自分が調べたところによると、“Värähtelijä”という言葉は“oscillator”(振動させるもの・発振器)と訳せるようだね。このアルバムタイトルの起源は何?音楽とどういう関連があるのだろう?〉

おお、良い訳だね。自分なら“resonator”(共鳴するもの・共振器)と訳するかな。“vibrator”(電気マッサージ器・バイブレーター)と言うヤツもいるけど、それはちょっとフロイト的すぎるかな!
(註:フロイト精神分析は性衝動(リビドー)と密接に関連付けられている)
そうだね、このアルバムタイトルは実は同名曲(新譜の3曲目)から取ったんだ。この曲においては、“resonator”は、あなたの消化器官内にいる寄生生物のことを指している。それは消化器官の中で育ち、あなたを変化させていき、最後には自我同一性の痕跡を失わせてしまうんだ。
アルバムタイトルとしては、この言葉はもっと本質的に、このアルバムがあなたとcosmic(宇宙的/広大)な恐怖心との間に生み出す共振のことを指している。

〈バンドの音楽要素の一部としてブラックメタルは常に在ったと思うけれども、これは時間の経過とともに前面に出なくなってきている。こうしたことは、バンドにとってどういう意味を持つのだろうか?〉

ブラックメタルは刺激的で恐ろしげな音楽であり続けてきたし、たぶん今もそうだと思う。ただ、我々は厳密な意味でのブラックメタルバンドというわけではないし、そうしたものの伝統に縛られようとも思わない。我々は独自のことをやっているんだ。ある種の人から気狂いじみたものとみられようと、我々はそれをする。我々の哲学や手法は独自のもの。これからもそれを拡張・発展させていくし、そうしたやり方のもとで新たなことを学んでいくよ。

〈究極的には、『Värähtelijä』の聴取体験を通してリスナーにどうなってほしいと思う?〉

あなたを変性意識状態(アルタード・ステーツ)に導き、精神浄化作用のある体験を通して自身の狂気や恐怖心とじっくり向き合うよう仕向けたいね。こうしたことは、iPadでネットサーフィンしながらこれを再生しても起こらないだろう。でも、聴取体験をあなた自身のための儀式とし、開かれた精神で(この音楽に)飛び込むのであれば、興味深く探求できる次元が見つかるのではないかと思うよ。