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プログレッシヴ・アンダーグラウンド・メタルのめくるめく世界:参考資料集【プログレッシヴ・デスメタル篇】(内容説明・抄訳更新中)

こちらの記事
の具体的な内容・抄訳です。


プログレッシヴ・デスメタル

ATHEIST
CYNIC
MESHUGGAH
OBLIVEON
DISHARMONIC ORCHESTRA
GORGUTS
EXTOLLENGSELMANTRIC
MARTYR
CAPHARNAUM
GOJIRA
SADIST
DECAPITATED
AKERCOCKE
ANTEDILUVIAN

(内容説明・抄訳のあるものは黒字にしています)


CYNIC(アメリカ)》


Paul Masvidalインタビュー(2014.3.6)
方向性はとりたてて意識しているものではない。(“staying true”)
自然発生的に、自分の求めるものに正直であろうとする結果こうなっている。
同じ領域に留まるのはつまらない。常に前進を続ける。

製作中は自分達以外の音楽を聴かないようにしていた。音楽はもちろん周囲の環境・人間関係により大きな影響を受ける。
常に同時代の音楽と共にあるようにしている。
3rdが完成して客観的に聴けるようになってみると、KING CRIMSONやRUSHのような(キャリア初期からの)影響源に通じる要素を感じる

Sean MaloneもSean ReinertもRUSHフリーク

3rdでは、従来のCYNICの要素(リフなど)の脱構築につとめた。我々はまだ発展途上にある(in process)。

Spotifyのリストを見ると、昨夜はずっとJ.S.Bachを聴いていた。ピアノのフーガ集は小品の集まりだが傑作ばかりで、脳を活性化させてくれる。聴き終えた後「よし、ギターが弾きたいな!」となる。
3rd製作時はTAME IMPALAの新譜『Lonerism』を聴いていた。60年代のBEATLES系統のサイケデリック風味があり、それは自分達の出自に近いものだと思う。

自分はSFマニア(sci-fi geek)でもある。『ブレードランナー』は人生を変えたし、フューチャリズムには常に興味がある。Syd Mead(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%89:『ブレードランナー』『スタートレック』『エイリアン2』などのデザイナー)のサインも持っている。彼は未来観というものを大きく変えた。(1974年の作品の話など。)Robert Venosa(CYNICのアートワーク担当)も宇宙的・異界的な雰囲気があって惹かれる。

3rdは他の作品よりも自分達のルーツに近く、それでいて(OPETH『Heritage』やSteven Wilson『The Raven』などのように)あからさまに「ヴィンテージ」な見かけをしているものでもない。アンビエント要素なども含む多様な要素の複合体であり、そして個々の影響源が見分けられない仕上がりになっている。

“in-between spaces”
“without genre”
“of its own kind”
『Focus』発売時は「これはメタルじゃない」とシーンからだいぶ嫌われた

『Traced in Air』以降の製作過程:
まず家で、アコースティックギター(またはピアノ)とボーカルだけによるシンプルなデモを作る。そしてそれを聴き返し評価し続ける。(近付け遠ざける・集合離散を繰り返す。)そうやって曲の骨子を形成していく。
こうしてできたものを他のメンバーに示し、各々が自分のパートを作った上で、リハーサルルームに持ち込んで演奏しながら構成を詰めていく。その段階で新たに加えられる要素も多い。
そのあと、バンド形式でのデモを作成する。そこにプリ・プロダクションを加えてさらに精製していく。曲解釈として考えられるあらゆる可能性を試し、時間の許す枠内で作り込んでいく。

作品を作るときはそれへの反応などは考慮しない。(レビューやコメンタリを見ると激しい反応をしてしまうので見ないようにしている。)
作品は「産む」ところまでが自分の役目で、そのあと「育てる」のは受け手。自分の関わるところではない。

多くのミュージシャンと同様「最新作が最高傑作」と考える(最も蓄積がある状態で作ったものだから)。しかしどの作品も個々の味を持っていると思う。
最新作は「シンプルになった」と言われることが多いが、メロディもハーモニーも非常に挑戦的でCYNICの作品中最も複雑な仕上がりになっている。CYNICは確かに「プログレッシヴな」バンドではあるが、そういう要素は前面に押し出さないようにしている。本当に大事なのは“魂”の問題であり、ブルータルか・テクニカルかとかプログレッシヴかそうでないかということには全く意味がない。時間が経って残るのはそういう要素ではなく曲のことのみ。


Paul Masvidalインタビュー(2014.5.31)
(記事作成者の序文)BETWEEN THE BURIED AND ME、TEXTURES、SCALE THE SUMMITなど多数がCYNIC(の1st)を主な影響源として引き合いに出す

Walter(ミックス担当)は古い知己で、Maor(マスタリング担当)は以前一緒に仕事したことがありCYNICの音楽に深い愛情と理解を示してくれている。音の仕上がりは自分たちと彼らのコンビネーションの結果生まれたものだ。

予めアイデアが存在している場合もあるが、そうしたことは製作中には背景に追いやられる。CYNICの音楽は“決まった領域を定めずに漂っていく芸術的解放”であり、本能のままに赴く、沢山の可能性を留保したものである。

自分は霊妙(または「空気のように希薄」:ethereal)なボーカル・アプローチのファンで、vocoderはそうした空間表現に大きく貢献してくれる。

各パートの分離と結合を両立する音作りを心掛けた。結果は非常に良いものになったが、ベースをうまく聴かせるのには特に苦労した。

マスタリング作業は数段階に渡って行われた。
まずWaltが少しだけコンプレッサーをかけたミックスを作り、Maorと話し合って、どういうマスタリングにしたいのか自分達自身のアイデアを明瞭にしていった。
その結果、コンプレッションなしでミックスをやり直すことに決め、Maorにマスタリングの細部を全て任せた。コンプレッションを外すことで、均一になってしまっていた細部が変化し、好ましい精製効果が得られた。
最終段階では、Maorによる慎重かつ繊細なコンプレッション処理が行われた。
最近のロックやメタルの音作りは迫力のみを重視した聴き疲れするものが多いが、この作品では、そういうものでない、70年代の音楽に通じる純粋で自然な音作りがなされている。

(「Kindly Bent to Free Us」は密教(Vajrayana)の複数刊の経典の一部である「Kindly Bent to Ease Us」に由来し、「Moon Heart, Sun Head's」の独白パートは東洋哲学者Alan Watts(英国生まれ)から引用)
(So far so good. 
But the truth is funnier than that. 
It is that you are looking right at the brilliant light now
that the experience you are having
that you call ordinary everyday consciousness
pretending you're not it - that experience is exactly the same thing as “IT".
There's no difference at all.
Alan Watts「How Do We Define Ourselves?」から)

自分は90年代からそうした教えの学徒だった。仏教にはここ10年でより深く分け入っていった。歌詞はとても個人的なもので、自分の人生を深く反映している。こうした歌詞の言葉は真実に向かってタマネギの皮を向いていくようなことについて語っているもので、アルバム全体が、個人とその精神との関係についての隠喩(metaphor)になっている。

CYNICにおける禅は、Emersonからの引用“Do not go where the path may lead, go instead where there is no path and leave a trail”に通じるもの。我々は常に自分達の本能に従い、周囲に与える影響を気にせず波を生み出していく。CYNICはジャンルというより原理(principle)に属し、誠実さや真実(integrity and truth)に関わるものだ。

我々はいつも超・折衷的に音楽をやっている。自分は、クラシカル・ギターの演奏、アメリカのフォーク音楽&キューバ音楽の聴取をとおして(マイアミで)育った。ジャズやワールドミュージックに出会い、和音の感覚やリズムの複雑な構造、メロディ言語についての世界観が一変した。スタンダードなものは、一見複雑な曲を書くという自分の関心ごとにいまだ大きな影響を与え続けているし、バッハの音楽は自分の最大の影響源であり続けている。兄にはクラシック・ロックのバンド(LED ZEPPELINBLACK SABBATHPINK FLOYDなど)に目を向けさせてもらい、それらはMETALLICAやSLAYERなどのよりヘヴィな音楽を掘り下げるきっかけになった。THE BEATLES(特に後期)は自分にとって常に重要。Pat MethenyやBen Monderのようなギタリストは新たな見通しを示してくれたし、Charlie ChristianやWes Mongomeryは聴くたびに衝撃を与えてくれる。
自分にとっては、インスピレーション(直感)はeverywhere(遍く存在するもの・どこにでもあるもの)で、自分のアーティストとしての立ち位置を反映するものでもある。他のメンバー2人に同じような質問(「音楽的影響源は何か」)をしたら、自分同様、多様な音楽的反応が返ってくるはず。我々はみな、素晴らしい音楽とアーティスト性に対する単なるファンなのだ。

(PaulがJim Carreyの子供向けの本「How Roland Rolls」のサントラ用にギターを録音した、という紹介とともにインタビュー記事を締める)


DISHARMONIC ORCHESTRAオーストリア)》


Patrikインタビュー('02年?)

Herwig:NAKED LUNCHで演奏・自身のレコーディングスタジオでプロデューサーとして活動
Martin:タクシードライバー→Webデザイナー
Patrik:イタリア人DJとテクノ・ハウスのレーベルを運営→Webデザイナー

Nuclear Blastレーベルが1stの再発を企画したことが再結成の第一歩


Patrikインタビュー


Martinインタビュー
メタルもハードコアも
VOIVOD、NOMEANSNOが二大重要バンド
CELTIC FROSTやPOSSESSEDもバンドにとって重要
テープトレード(MASTER、DEATH、SLAUGHTER、DRI、ATTITUDE ADJUSTMENT)
はじめに買ったレコードはBlondie:ポップスもクラシックもジャズも分け隔てなく聴く


インタビュー


Patrick・Martinインタビュー(2015.5.6)


DILLINGER ESCAPE PLANインタビュー(2014.2.23)
ヘアメタルから入り、友人の導きでアンダーグラウンドシーンに首を突っ込んだ:MORBID ANGELやNAPALM DEATH、そしてDISHARMONIC ORCHESTRAなどのもっとオブスキュアなもの
その後、比較的最近、MINOR THREATやBLACK FLAGのようなパンク寄りのものを聴き始めた


GORGUTS(カナダ)》


Luc Lemay(+他メンバー?)インタビュー(2013.7.13)
IRON MAIDEN『Maiden:Live in Japan』収録の「Running Free」、VAN HALEN『1984』、旧い友人(Frank)達が演奏していたMETALLICA「Jump in The Fire」と同時期に発表された『Master of Puppets』、DIO『Last in Line』(〜8年生)、エレクトリックギター購入(9年生:ギター自体は小学生の時から弾いていた)

初のギターは2年生の時に買ってもらった:父親がカントリーミュージックを演奏していた(Hank Williams、Buster Willy、Johnny Cashなど:ALABAMAのようなバンドも好んでいた):毎週日曜には父親と演奏していた:そのためにギター教室に通ったりもしたが、あまりのめり込めなかった:ピアノで音楽の構造(“言語”)を分析することのほうが楽しかった

同世代の多くの子供達のように「Star Wars」の大ファンで、サウンドトラックをレコードで持っていた
John Williams(映画音楽の作曲家)の大ファンでもあった
8年生のとき観た「Amadeus」に衝撃を受け、Mozartに興味を持った
学校はキリスト教系で、先生を通してMozartのBoxセットや、Paul Abraham Dukasの「The Sorcerer's Apprentice」など、大量のレコードを借りた
クラシック音楽とメタル(VOIVOD『War And Pain』('84)やIRON MAIDEN『Powerslave』('84)など)の双方にのめり込んだ

ある日、別の市に住む大学生の友達に(自分は高校生・ヒッチハイクをして)会いに行ったところ不在で、たまたまあるバンドの人々に会ってリハーサルルームを見せてもらった(バンドの本格的な機材を見たのはその時が初めて)。その時、POSSESSEDやCELTIC FROSTの話になり('85〜'86年頃)、DEATH『Scream Bloody Gore』('87年発表)のテープを「POSSESSEDの『Seven Churches』は好き?これ嫌いだから5ドルで譲ってやるよ」(「Evil Dead」のイントロだけは好きだったようだ)と言われ、即購入した
帰り道にウォークマンでそれを聴き、人生が変わった(たしか11月)(「自分もChuckのように歌ったりギターを弾いたりしたい!」)メタル雑誌を買ってはいたがDEATHの記事には注意を払っていなく、改めてそれを発見して嬉しく思った
そのあたりから自室で作曲を始めたが、その時点ではエレクトリックギター(9年生の時購入)は持っていなかった
次の夏(9年生?)にはSEPULTURA『Beneath The Remains』やOBITUARY『Slowly We Rot』を発見したし、ENTOMBEDのUffeなどとも文通をしていた

「Slayer Magazine」のフライヤーをもらい、自分の録音していた2曲(「Calamitous Mortification」と「Haematological Allergy」、GORGUTS名義)を送った:自分の音源のレビューが載った最初のメディア(記事を書いたのはJohn Kristiansen):これが「アンダーグラウンドに本当に足を踏み入れた瞬間」
(当時、高校在籍時に既に、IMMOLATIONの2ndデモのカバーを担当していた)
7年生の時には、Stephane Provencher(ともにGORGUTSを結成)やSteve Cloutier(3rdや4thで共演)などとも知り合いになっていた。「Slayer Magazine」の存在を教えてくれた友人Frankは彼らと3ピースのバンドを組んでいて、自分はそこに加入したかったが「3人組だから」ということで認められず、自分のバンドを組むことにした

StephanがFrankのバンドを脱退した後、'89年に一緒にGORGUTSを結成した(夏・高校卒業・17歳)

6年生の時ピアノのレッスンを始め、2nd発表直前(21歳)にはバイオリンも学び始めた:その時、ShostakovichやProkofievのようなロシアの作曲家を知った(DEATHの1stと同じくらい衝撃を受けた)
その後Penderecki(「クラシック音楽におけるデスメタルのようなもの」)を知った
バンドがモントリオールに活動拠点を移した'95年にはビオラを1年学び、音楽学校に入って作曲を学び始めた

ヘヴィ・ミュージックにおいて“美学”を表現:デスメタルはPendereckiやShostakovichをメタルの世界で演っているようなもの
IRON MAIDENなども独自の美学のある非常に素晴らしいものだが(絵画におけるルネサンス期に例える)、その形では自分のやりたいことは表現できない(スラッシュメタル以前よりデスメタルに属しているという自意識)
『Colored Sands』はクラシック音楽的に書かれている

Penderecki(完全5度:パワーコード)の少ない暗い雰囲気(マイナー寄りの音遣い)がある:デスメタルもそれに通じる(自分がそこに惹かれる理由)
クリシェにとらわれない実験と美学に満ちたスタイルとして、デスメタルを愛する

Big Steeve(Steeve Hurdle)が('07年か'08年に)モントリオールの繁華街で言った言葉(23時か真夜中):「2年もすればGORGUTSが20周年になる」「ファンのために新しいレコードを作って20周年を祝わないか?」に頷いた
(NEGATIVAはSteeveの完全主導で、あまり満足してはいなかった:インプロでなく緻密に構築されたものが好み
John(ドラムス)はKNIVES OF ICEの音源を聴いてファンになっていた
Colin(ベース)はNEGATIVAのリリース・ショウの時に知り合っていた
Kevin(ギター)〜DYSRHYTHMIAはSteeveに紹介されてyoutubeで知った
その後その全員に手紙を書き、2〜3日中に快諾を得た上で、クリックトラックと合わせたmp3音源と、楽譜&タブ譜を用意し、その上で各メンバーの裁量に任せるようにした
(95%は自分が書き、デモの段階からあまり変わっていない)
(ドラムパートはJohnと一対一で書いた)

『Colored Sands』はまずはじめの週に3曲を完成させた
OPETHPORCUPINE TREE〜Steven Willsonを知り、大ファンになった:長く緩急のある作風に感化され、自分もより“プログレッシヴ”なものを目指すようになった

90年代の初期などはメタルはアンダーグラウンドなもので、優れた作曲家が出てきてもそれを広く知らしめる手段などはなかった。(ラジオに流れる機会を得たとしても人々がまだ寝ている4時台が関の山。)しかし、インターネットが(良くも悪くも)全てを変えた。違法ダウンロードのような問題もあるが、自分達のような複雑で聴きこなしにくい音楽も聴かれる機会を得ることができるようになった。自分もMetalSucksやMetal Injectionのようなサイトを毎日チェックしている。
(机の上にあったNERO DI MARTEというイタリアのメタルバンドをさして、インターネットがなければこれを知ることはなかっただろうと言う。)

『Obscura』('98年発表)は'94年には全て書き上がっていた:自分がインターネットの存在を知ったのは'93年か'94年だが、その頃からネットがもっと発達していれば、『Obscura』の発表を5年も待つ必要はなかったはず(多くの人に届く可能性を考えて)。
SteeveがFacebookの存在も教えてくれた


Luc Lemayインタビュー(2013.7.25)
『Colored Sands』:長くプログレッシヴな、サウンドトラック的なものを書きたかった、『Obscura』〜『From Wisdom to Hate』の要素がありつつ別の形に仕上がっている、単純でない仕上がり
DEATHSPELL OMEGAやULCERATEとは関係ない:このアルバムに影響があるかもしれないものはOPETHPORCUPINE TREE『The Incident』

アルバムの全編をうるさくするのではなく、ダイナミクスを加えた
(友人(60歳ほどで写真や映像撮影をよくする)のプリプロ時の指摘に従う:「Ocean of Wisdom」「Enemies of Compassion」「Ember's Voice」を聴かせた上で):サウンドトラック的なアプローチ(Steven WilsonやOPETHの音楽にはそういう意味で惹きつけられた)
『Saving Private Ryan』の構成に例える:映画的:loud & softのコントラスト:そういう意味では前作までのどのアルバムにも満足していない
過去の曲はよく覚えていないので、アルバム再現ライヴというアイデアは良いと思うけど、やるのはなかなか難しい


EXTOLLENGSELMANTRICノルウェー)》


LENGSEL(John Robert)インタビュー(2000.11)
EMPEROR、AT THE GATES、ULVER、ARCTURUSといったバンドになぞらえるが、自分は(考え方などに共通する部分はあるにしろ)そんなに似ているとは思わない

影響源を挙げるのは難しいが、好きなアルバムを挙げるなら、ANATHENAの新譜、BjorkFOO FIGHTERSLenny Kravitz、CUREなど


LENGSEL(Tor Magne)インタビュー(1stの後)
スラッシュメタルバンドとして90年代の早い時期から活動し、'95年からLENGSELとしての体をなす
“LENGSEL”という言葉は、自分達の歌詞や音楽の激しさを表すのにぴったりだと思っている
『Solace』(慰め)の歌詞は、「我々は何者か(どう在るか)」「沈む気分や希望とどう付き合うか」について表現している。(自分達の生活においての大きな一過程だった:沈んでいるときは歌詞を書きやすい)
ブラックメタルは自分達の表現手段として完璧な(ぴったりな)もの。MAYHEMは素晴らしい。個性的で他に比すべきものがない。DARKTHRONEは正直好みではない。(変化がなさすぎる。)
信仰は音楽そのもの(音楽とほぼ同じもの)であり、それが音楽にどういう影響を与えているか示すのは難しい。(人の身体が食べ物からできるということのように。)


LENGSEL(Tor Magne)インタビュー(2001.2〜3)
ブラックメタル・クリスチャンバンド」という呼ばれ方は自分達に合っているとは思わないが、そう呼ばれることは避けられないだろうとも思う。
“Subchurch”(若者の集まりで、単なる社交クラブという以上の結びつきがある)
Torが'98年にEXTOLから声をかけられたとき、EXTOLの音楽自体を聴いたことがなかった
ステージ上でコスチュームを着用する(パーソナリテイを変えているような印象を与える)ことには否定的
クリスチャンであることで不利益を被ることも確かになくはないが、ノルウェー(クリスチャン国家)ではそんなに深刻な問題はない。クリスチャンであることを拒否することが社会(性)を拒否することにつながるような立場の人もいる。
ノルウェーの音楽市場は小さく、輸出に頼る部分が大きい。


Christer Espevoll(EXTOL)インタビュー(2003)
David HusvikとChrister Espevollにより'93年に結成、'94年にPeter Christer(Christerの2歳下)がフロントマンとして参加、その後Eystein Holm(ベース)が参加した直後の'94年春に初ライヴ
'95年にEmil Nikolaisen(ギター)が参加
'96年にはコンピ用に3曲を録音、スウェーデンストックホルムで公演。その数ヶ月後、Emilが脱退し、かわりにOle Borudが加入する
'97年夏に1st『Burial』を録音し、その後Endtime Productionsと契約して、アメリカでライヴを行い、アメリカと日本でのアルバム発売契約を結んだ
'98年にはHolmが脱退、かわりにTor Magne Gridjeが加入
'99年12月に2nd『Undeceived』を録音した数ヶ月後、Oleが脱退し、Torがギターに転向、John Robert Mjålandがベースとして加入
'02年にはEndtime Productionsとの契約が満了、Century Mediaとの契約を結ぶ

影響源:BELIEVER、TOURNIQUET(初期)、MORTIFICATION(初期)、GALACTIC COWBOYS、DEATH、MESHUGGAH、RUSH

「クリスチャンだから」ではなく「メタルが好きだから」メタルを演奏している


Peter Espevoll(EXTOL)インタビュー(2005)
ノルウェーブラックメタルシーンには特に抵抗感を抱いていない
(教会を燃やすようなことは'94年に終わっていて、その後もメディアがそういうイメージを与え続けている)
個人的にはKINGS'Xは大好き


LENGSEL(Ole Halvard)インタビュー(2006)
'94年から固定の3人で活動
“LENGSEL”=“longing / yearning”(音楽全体に大きな影響を与えている気分)
Peterが結婚してEXTOLの活動がほぼ停止('06年)→2nd制作

影響源:スカンジナビアのバンド(AT THE GATES、ULVER、DISSECTION、EMPEROR、ARCTURUS)、ほか多数

邪悪な音楽性だか、底にはしっかり信仰がある

最近のバンドの多くはセルアウトしている:MASTODONは良いバンドだ


LENGSEL(John Robert Mjåland)インタビュー(2006.12.27)


MANTRIC(Ole Halvard)インタビュー(2010.7.14)
MANTRICはEXTOLの最後の数年(〜2007年)に連なるバンド。
David HusvikとPeter Espevoll(オリジナルメンバーの2人)が個人的な事情で2007年にEXTOLを脱退し、これを機にバンドは解散。これは(LENGSELの3人が楽しみながらやっていた)曲作りのさなかの出来事だったので、残った3人でそれを続けることにした。いくつかの曲はEXTOLメンバーでデモver.を録音していたが、2人が抜けてオリジナルメンバーがいなくなったこともあり、バンド名を変える(新バンドを作るというのではなく)ということにした。アルバム用の素材を殆ど用意したのち、Kim Akerholdt(GANGLIONで共演・ノルウェーのパンクバンドSILVER脱退2年後)をドラムスに招いた。
EXTOLの4thよりもダーティーで神経質な・クレイジーなものにしたかった。
全員がメタルに限らずいろんな音楽を聴いていて、それを混ぜている。
曲作りのプロセス:殆どの場合OleとTorの共同作業から(ギターを使って)曲を作りはじめる。その後、Oleがドラムスにパートチェンジしたりして、リズム・パートを組み立てる。そのようにして曲の主な構造を作り上げたら、デモを録音し、ボーカルや楽器パートの異なるアイデアを出すよう促す。決定版の録音時にもさらにアイデアが出てくる。(Anders Lidelがアナログシンセや変な音色を録音しているとき、John Robertが一緒に長い時間を費やし、それを完成させる。)
『Undeceived』のファンは多くが『Blueprint』にのめり込めず、『Undeceived』パート2を望んでいた。
MANTRICは『Blueprint』の自然でポジティブな進化形。
(Prosthetic Records(アメリカのレーベル)との契約について:)そんなに儲からないことはわかっていたから、ワールドワイドでリリースしてくれるところを選んだ
情報量の多いアルバムだから、繰り返し聴いて“育てて”ほしい


MANTRIC(Ole Halvard)インタビュー(2010.8.23)
『Blueprint』ではTorとOleが主に作曲を担当。
GANGLION(3人が在籍)ではプログレッシヴ・パンクを演奏
TorはBENEA REACHと一緒にやっていたこともある
OleはTim's Familytreeとフォーク・ポップを、Happy Daggerとフォーク・パンクをやっている
Kim Akerholdt(ドラムス)はGANGLIONで共演し、ノルウェーのパンクバンドSILVERにも数年間いた
Anders Lidel(キーボード)はTsunamiでベースを弾き、BENEA REACHやSERENA MANEESHともやってたノルウェーのバンドでおすすめできるもの:SHINING、HEAD DISCO、MOTORPSYCHO


Ole Borud(EXTOL)インタビュー(2012.10.30)
Oleは後から加入
“EXTOL”=“to lift up”
全員クリスチャンで、Jesusの名を音楽を通して伝えることを目的としている

5thでは、音楽はOleとDavid Husvik、歌詞(これについては非常に意識的)はPeter Espevollが担当
バンドとしての影響源は、RUSH、GENESIS、YES、古い教会音楽(讃歌)、ジャズ(Chris Potterなど)、初期デスメタル(DEATHやPESTILENCEなど)ほか

今のお気に入りバンドはOPETHやMASTODONなど

(最後に観たライヴ・最近よく聴いている音楽)
Ole:Donald Fagen『Sunken Condos』、TREPALIUM『HNP』
David:'69〜'74年のジャズ・フュージョンMiles Davis、WEATHER REPORT、MAHAVISHNU ORCHESTRA)
Peter:Iver Kleive (church organ) & Knut Reiersrud (guitars) の『Blå Korall』再現ライヴ、Maria Solheim『In the deep』


David Husvik(EXTOL)インタビュー(2013.8.1)
KINGS'XやYESの影響は大きい
Peterは耳鳴りに悩まされていて、ステージの爆音に耐えるのが難しい
STRYPERの新譜はとても楽しみ
MANTRICの作品が近いうちに出るだろうということにも言及
SEVENTH ANGEL(イギリスのクリスチャン・スラッシュメタルバンド)が音楽を聴き始めた頃からのお気に入りで、EXTOLへの影響も大きい


SADIST(イタリア)》


Tommy Talamancaインタビュー
(2010.11.29)
(Minskのギグの後で行われたインタビュー)

〈(ライヴでは)ギターとキーボードを同時に演奏してるね。この組み合わせを身につけるのにどれだけかかった?このやり方は難しくないの?どのくらい練習した?〉
練習する時間はないんだよ。(ツアーで)旅するのに忙しくて。とても疲れるからできるだけたくさん寝ようとしてしまう。練習したり他の何かをしたりする時間はないね。

自分は子供のときにギターを演奏し始め、20年前にSADISTに加入したときからこのやり方で演奏している。バカバカしいだろ。もちろんギターだけを演奏するよりも難しいことなんだけど、それにしてもバカだ。そして、自分はいまだに楽しんでやっている。このやり方を続けている理由はそんなところだ。

〈ということは、SADISTが別のキーボーディストやギタリストを加入させる予定はないんだね。〉
ないね。活動開始当初からキーボードを使っていなければ、今こんなバカなことをすることもなかっただろうし。多くの人達はSADISTのことを「ギターとキーボードを両方演奏するバカな男(がいるバンド)」として覚えている。滑稽なことだし、バンドを容易に思い出させる特徴にもなっているんだよ。

〈あなたは基本的にはギタリストなんでしょう?〉
子供のときにクラシックギターを学び始めたのち、15歳のときにピアノのレッスンを始めた。その後プロとしてバンドで演奏するようになったら時間がなくなったので、そうした勉強はやめてしまった。

プログレ音楽をやるのは難しくないのかな?〉
そのプログレというのが何を指すのかわからないな。自分にとってはそういうレッテルは意味がないんだ。バンドと一緒に自分自身の音楽を作り、そしてそれを気に入っているというだけのこと。それをプログレッシヴ・デスメタルとかスラッシュメタル、なんとかメタルと言われようと、自分達にとってはどうでもいいんだ。

自分にとってプログレというと、70年代のものに限られる。RUSH、Emerson, Lake & Palmer

〈そしてKING CRIMSON…〉
そう、KING CRIMSONや他のいろんなもの。自分達はだいたい40歳くらいで、育っていった時期が70年代末から80年代頭だから、メンバーはみんなそういうプログレバンドを聴いていた。それはSADISTの大きな影響源にもなってるよ。

〈難しい音楽をうまく演奏したい人達に何かアドバイスはあるかな?〉
大事なのは音楽そのものだ。どれだけ難しいかということではない。少ない音数で良い音楽をつくることもできるし、音数を多くしすぎて酷い音楽にしてしまうということもありうる。

SADISTとして「難しい音楽を作ろう」としたことはない。そんなことは気にしないよ。もちろん自分達はどこかとても奇妙な音楽をやってはいるけれども、そこには口ずさめるメロディがある。個人的な意見だけれども、口ずさめるメロディのない音楽は良い音楽ではないんだ。もちろん自分達のメロディはAnnio Mariconeのようなものではない。最も優れたメロディは既に書かれてしまっていて、自分は遅きに失している。しかしそれでも、良いメロディを書こうと努めているんだ。

〈メインの作曲者は誰?〉
自分。自分とベーシストだ。弦楽器を演奏するAndy(Andy Marchini:ベース担当)と自分が音符について考え、Alessio(Alessio Spallarossa:ドラムス担当)がリズムを考える。しかるのちに両者を統合するんだ。

〈ベーシストはカスタム・ショップ(≒特別仕様)のベースを使ってるね。〉
うん、異なる仕様の2本を使っている。理由の一つは、左利きだということ。そしてもう一つは、弾くフレーズが一般的なメタルとは大きく異なるということだ。今のところ我々は、ギターともクレイジーなドラムスともうまく合う、中域の鳴りが良いベースを求めている。これはとても大事なことなんだ。

〈特に好きなタイプの音楽は?〉
なんでも好きだよ!どんな感情にもそれに合う類の音楽が存在する。例えば、気分を落ち着かせたいならクラシック音楽を聴き、飢えていたりエネルギーを解放したいならロックやメタルを聴く、というふうに。自分にとってはどんな音楽も良いものだよ。

〈あなた方の音楽の、いわゆる東洋音楽的なメロディやリズムは、東洋そのものから来たものなのだろうか。それとも南部や地中海由来のものなのだろうか?〉
(そうした音楽ができるのは)我々がイタリア出身だというのが大きいな。イタリアは地中海中部にあるから、ヨーロッパの南部からも北部からも大きな影響を受けている。我々はそうしたことを、少なくとも理にかなうように混ぜ合わせようと試みているんだ。

我々は奇妙になりたいわけではない。奇妙であるのはカッコいいことだけど、所詮それだけのことだ。我々はそうしたことに捉われない。強い個性を持った良い音楽をつくりたいだけなんだ。

つまり、自分にとって大事なのは、SADISTの音楽を聴いたとき、それがSADISTによるものなのだとすぐにわかるということなんだ。PANTERAみたいなバンドはそれができている。SADISTもそうであってほしいんだ。例えSADISTのことが好きでなかったとしても、はじめの一音を聴けば、「おいおいSADISTじゃないか」とわかる。そうでない凡百のバンドのようになりたくないんだ。

〈『Lego』(4th:'00年発表)をセルフプロデュースした理由はそれかな?〉
うん。『Lego』以降は全てのアルバムを自分達でプロデュースしている。『Sadist』(復活作5th:'07年発表)も最新作『Season in Silence』(6th:'10年発表)もそうして作った。

Lego』の仕上がりは良くなかったかもしれない。バンドの求める音にはっきりした方向性を見出せなかったからだ。だから自分達は休止期間をとり、結成当時のSADISTがどういう音を出していたか考えるようにした。『Lego』はバンド史上最も出来の良くないアルバムだな。沢山の人々が失望したし、自分達自身としてもあまり良いと思えない。

そして、セルフタイトルを冠した『Sadist』で復帰したとき、自分達はこれこそがSADISTの音なのだと確信することができた。そこでは全ての要素を統合した。プログレや東洋の影響、デスメタルスラッシュメタルなど。そしてできたものは、SADISTとしての最良のものだったんだ。自分はこれがよいやり方なんだと思っている。自分達はこういう感じでやり続けるよ!


SADISTインタビュー(2010.11)

〈バイオグラフィについて、詳細を教えてほしい。バンドを始めた頃の影響源は?〉
活動開始当初から様々な音楽に影響を受けているよ。もちろんメタルからの影響もある。我々はキーボードを使った最初のスラッシュ/デスメタルバンドの一つだからね。影響を受けたバンドの名前を言うのなら、まず挙がるのは70年代のプログレだ。Emeson, Lake & Palmer、YES、GOBLINなど。そこから80年代後期のスラッシュメタルデスメタルにつながるわけだ。特に大事なのはSLAYERとANNIHILATORだね。

〈初期のSADISTは、デモ音源で高い評価を受け、ヨーロッパのデスメタルとしては最も将来を嘱望されるバンドの一つだった。そのデモEP『Black Scream』('91年発表)、そして伝説的な1stアルバム『Above The Light』('93年発表)について話してくれないかな?〉
『Black Scream』EPを録音した頃の我々は若く未熟だったし、こんな感じの音楽をやるのはイタリアではとても珍しいことだった。レコーディングスタジオもこの手の音に慣れていなかったから、EPのサウンドは実に酷い仕上がりになってしまったよ!同じ問題は多かれ少なかれ『Above The Light』にもあるけれど、少なくとも音楽自体はとても奇妙で個性的なものだったから、SADISTはヨーロッパ全土で注目されるようになった。このアルバムのサウンドは、プロダクションは悪いけれども未だに個性的だ。全てのSADISTファンに愛される一枚だよ。

〈続く『Tribe』は'96年に発表された。この作品について話してください。〉
『Tribe』では多くの変化があった。シンガーもベーシストも交代したし、音楽の書き方自体が完全に変わった。それまではメンバーがリハーサルルームに集まって一緒に作曲するというやり方が殆どだったけど、『Tribe』では全ての曲をTommyが書いている。この2ndアルバムのサウンドが冷徹でギターとキーボードが前面に出ているのはそのせいだ。

〈'97年発表の『Crust』について話してください。〉
'96年にはオリジナルベーシストのAndyが復帰し(2ndの頃のみ不参加)、音楽の書き方がそれ以前に戻った。しかし、『Tribe』と異なる何かが欲しいとも思っていたから、Tommyは7弦ギターを使い始め、よりヘヴィなサウンドを求めるようになった。

〈'00年の『Lego』はそれまでと比べ一風変わったサウンドで、物議を醸すアルバムになっていた。このアルバムについて話してください。〉
Lego』は失敗作だと思っている。悪くない曲も幾つかあるけれど、作曲の総合的な方向性は、それまでの作品とはかけ離れたものになっていた!何か違うことをやりたかったんだけど、失敗してしまったんだよ。どんなバンドも一枚は駄作を作るものなんじゃないかな!

〈このアルバムの後、SADISTは長く沈黙していたね。その頃のことを話してくれないかな。〉
このアルバムについてのレビューや評価は概ね悪く、バンドの雰囲気は非常に悪くなっていたから、休止期間をおくのがいいのではないかと合意したんだ。実際これは良い決断だったと思うよ。2005年に復帰したとき、バンドは2000年の頃と比べて非常に強力なものになっていたからね。

〈2007年以降のSADISTについて話してください。〉
『Sadist』('07年発表)は、自分達が受けた影響すべてを良いバランスで組み合わせることができた作品だった。完璧なSADISTサウンドを獲得できたんだよ!これを作っていたときは、最初の3枚のアルバムをまとめたような音にしたかった。それは成功したと思うよ!SADISTのアルバムに期待されるだろう全ての要素が詰まっている。攻撃性、技術、プログレ要素、実験性…いまだにとても誇りに思っているよ!

〈数ヶ月前に新譜『Season in Silence』('10年)を発表したね。これについて話してください。〉
今回はよりヘヴィでダークな音を作りたかった。冬の寒さとそれに関係する雰囲気がアルバム全体の土台になっているけれども、それは深い苦悶の感覚をもった激しい霜を作り出したかったからだよ!

〈『Above The Light』から『Season in Silence』に至る音楽遍歴を言い表すなら?〉
我々はエクストリーム・ミュージックを演奏するプログレバンドだよ!自分にとっての“プログレ”というのは、長い演奏とか複雑な曲のことではなく、独自のスタイルを開発し続け、新しい音の実験をし続けるということだ!自分からすると、「プログレメタル」と呼ばれるバンドの殆どは、RUSHやYES、PINK FLOYDのメタルバージョンに過ぎないんだよね。

〈バンドの作曲・創作過程はどんなものなのかな?〉
特に決まりはない。バンドのうちの一人が興味深いアイデアを提示したら、全員でそれに取り組むんだ!ただ、問題もある。我々はイタリア人、つまり、とんでもなく怠惰な人間の集まりだから、良いものを作るのにとても時間がかかるんだよ!

〈音楽業界ではどんなことを経験してきた?〉
自分達はとても経験豊かだと言えるよ。Nadir Musicという会社を運営していて、そこではTrevor(ボーカル)がライヴ・プロモーターと広報をやっているし、Tommyはエンジニア・プロデューサーとしてよく知られている。それに、Federico(SADISTのマネージャー)は経験豊かな音楽マネージャーだ。我々はみな音楽業界で長く働き続けている。単なるミュージシャンではないよ。

デスメタルシーンを知る者にとってSADISTは伝説だ。あなた方のいた90年代のデスメタルシーン、そして新しいデスメタルシーン。比べてみてどう思う?〉
プログレデスについて言うのなら、自分はいまだに90年代のバンドが好きだ。CYNICはその中でも最高だね!しかし、最近の新しいバンドにもとても興味深いのがいる。例えばOBSCURAなど。

〈自分の知る限り、SADISTはたくさんツアーもしているね。SADISTにとってツアーはどれだけ大事なことなのかな?ライヴアルバムやDVDを出す可能性はある?〉
SADISTは凄いライヴバンドだよ!!ロックバンドである以上当然のことだ!

〈SADIST以外の話として:あなた方は普通の仕事もやっているのかな?それとも100%ミュージシャンでやっている?他のバンドにも参加している人はいるのかな?〉
我々はとても運がいい。全員が音楽だけでやっていけてるよ。そしてそれはとても良いことだ。経験を積み、バンドにとって何が良いのか知ることができているからね。

〈来年の計画は?〉
一ヶ月以上にわたる東欧ツアーを終えて少し休む。しかし、2月か3月にはまた欧州を回ることになるだろう。その合間に新しい作品にとりかかることになるはず。早めにやれればいいね。

〈インタビューを締めくくるにあたって付け加えておきたいことは?〉
ブルータルであり続けよ!


Tommy Talamancaインタビュー(『Crust』発表後:'98年と思われる)

〈バンドは新しいラインナップになっているのかな?〉
このラインナップは一年ほど続いていて、できる限り保って欲しいと本気で願っている。ラインナップのことで悩んでいるバンドは他にもいるけれども、それはともかく、今はメンバー間の関係も友好的で良いし、SADIST史上最も強固な編成だと思うよ。

〈Wacken Open Festivalでドイツに行った時はどんな感じだった?ファンの反応などは?〉
反応は熱狂的だったよ。出演者はパワーメタルやブラックメタルばかりで、“変な”バンドは、VOIVODを除けば自分達だけだった。

〈あなた方のアルバムは、イタリア国外では一般的にどう評価されている?〉
ここ2年間は殆どイタリアの外で活動している。イタリア国内では自分達の望む評価が得られないだろうことがわかったからだ。英語の歌詞や“変な”音楽性は国内の普通のバンドと比べると浮いていて、活動していくのが難しい。ドイツやオランダではこういう“エクストリームな”ロックバンドが出演できるステージが幾つかあって、イタリアに比べ遥かに受け入れられやすいんだ。

〈Trevor(Nadir:ボーカル)がサッカーをしていて法廷送りになった件について、実際何が起こったのか教えてくれるかな?〉
うちのシンガーは完全に“動物”なんだよ。これは秘密でもなんでもない。ステージ上でヤツに掘られそうになったことは一度や二度じゃないし、コンサートは毎回が悪夢のようなもんだ。彼に一番合うスポーツはボクシングかラグビーだろう。サッカーをやる時なんかは誰かをブチのめさずにいられないんだよ。次のアルバムを監獄で録音することにならないよう祈るよ!

〈新しいアルバムで、歌詞でちょっとやり過ぎて普通のリスナーから「ミソジニー(女卑思想)だ」と叩かれる心配はない?〉
普通の人々は自分達の音楽を上っ面でしか聴かないよ。音楽はいろんな意味である種のエンタテインメントのようなものだから、我々はこういうことについて言い争ったりはしない。深く理解したい人達は、我々の歌詞がサタニズムや失恋やお城や剣について語っているのではない、ということをわかってくれるはずだ。我々は現実の出来事について歌っている。やり方は確かに挑発的だけど、音楽はすべからく挑発的な表現とも言えるし。

〈初期2作に特徴的だったテクニカルな作曲と素晴らしいメロディから離れ、『Crust』のようなブルータルでノイジーなサウンドを志向するようになったのは何故?〉
リズムアレンジに関しては、『Crust』は『Tribe』よりも遥かにテクニカルだと思うよ。この点に関しては、『Tribe』は新作(『Crust』)ほど良いとは思わない。ただ、ギターの演奏に関しては、その意見は正しい。ギターでいろんなことを探求したという点では『Tribe』の方が遥かに上だ。(こういう変化をした)理由は単純。SADISTの3rdアルバムには本物のフロントマンが加わっているからだ。彼は、イタリアに限らず、エクストリーム・ロック・シーンにおける最高の人材の一人だと言える。それで我々は、つまらない断片や退屈なソロのコラージュというのでない、本物の“歌”を作れるようになったんだ。

〈TrevorがSADISTの過去作品について、えーと、質的には時代遅れのものだと言っているのを読んだことがあるんだけど。これは本当?〉
彼は正しいと思うよ。自分はSADISTの全作品、特に『Tribe』が好きだけど、それはその全曲を自分が作っているからだ。でも、過去のSADISTが「選ばれた人間のためのカルト・バンド」と思われているのなら、それは我々の音楽が多くの人から嫌われているということだ。『Crust』は、我々が望むだけの評価をドイツで得ることができた。これは過去作品では起こらなかったことなんだ。

〈ソロプロジェクトの進捗はどう?〉
Nadirスタジオでプリプロをしているところなんだけど、不運なことに、SADIST同様すべてがかなり遅れている。

〈『Help』(イタリアの音楽番組)でRed Ronnieの伴奏をして困らせるなんてことが起こった経緯は?〉
これはまあ仕事として興味深いことではあった。Red Ronnie御大が我々の前でとても困っていたのはよくわかってるよ。我々がやったことを彼が理解できていたとは思わないけど、いろんな意味で人々を不快にできて面白かったとは言える。

〈『Crust』を出したDispleasedレーベルの仕事には満足できた?このレーベルから出ているコンピレーションアルバムに参加していないのは何故?〉
アルバムを出す契約をちょうど破棄したところだよ。そして、他から良いオファーが来ない場合でも、ここと仕事をするつもりはない。ここがシーン唯一のレコード会社ということにならない限りは。答えとしてはこれで充分だろう。我々は毎度レコード会社に恵まれなさすぎるね。

〈過去の同僚だったPesoが率いる偉大なるNECRODEATHが復活したことについてはどう思う?〉
それは「Alba Parietti(訳注:映画俳優)の本をどう思うか」「Valeria Marini(訳注:セクシーなセレブ)は俳優としてはどうだと思うか」と訊いているようなもんだぜ!?

〈今後は?〉
ポルトガルでのツアーを終えたら、新譜の製作に集中するためにライヴの数は絞ることに決めている。新譜に関してはちょっと神経質になってるね。個人的にはNadirスタジオのことでとても忙しい。基本的な設備を大きく入れ替えているところで、貴重な時間がたくさん失われているよ。

〈あと何行か、言いたいことがあれば!〉
ショッキングなことを考えているところなんだけど、それはまだ秘密にしておこう。女の子たちみんなに熱い口づけを!


Tommy Talamancaインタビュー(2013.5.16:ソロアルバム『Na Zapad』発表後)

〈読者のために、簡単に自己紹介お願いします。〉
自分は、ミュージシャン・複数の楽器を演奏する者・作曲家・編曲家・ソングライター・サウンドエンジニア・レコードプロデューサー。10歳の時にクラシカルギターの勉強を始め、15歳の時にエレクトリックギターに転向した。幾つかのローカルなロックバンドで演奏した後、18歳の時(訳注:1990年)にプログレッシヴ・デスメタルバンドSADISTに加入した。その合間の1996年には自分のプロジェクト・スタジオNadirをオープンし、SADISTのプリプロダクションに使ったり、ローカルなロックバンドの録音を手がけたりした。そのNadir Musicは、今では音楽製作一般を取り扱う有力な企業になっている。500平方メートルの敷地に、レコーディング・マスタリング用のハイエンドなプロ機材を備え、プロのミュージシャン用のリハーサル・ルームを4つ持っている。世界中の有力な流通業者と仕事をしているレーベルでもある。

〈あなたはSADISTのメンバーとしてだけでなくNadir Musicの支配人としても知られている。スタジオ録音、レーベル、プロモーションなど。これは初めからやりたかったこと?それとも何年かかけて徐々にやりたいという思いを膨らましてきたことなのかな?〉
子供の頃から音楽の仕事がしたいと思っていた。やり方は問わず。あらゆる面から音楽製作に関わるのが好きなんだ。自分はセッションプレイヤー・作曲家・プロデューサーの全てをこなせるし、その全てを興味をもってやることができる。まだまだ成長していきたいね。

〈全てを一緒にやることの主な利点は?そして良くない点は?〉
良い点は、バンドに本気で集中できるということだ。作業の初めから参加することができ、バンドのやり方に深く入り込むことができる。しまいには、自分がバンドの一部であるようにさえ思えるものだよ。
悪い点?一日の仕事を終えたとき、楽しみのためにコンサートに行ったり音楽を聴いたりしようと思わなくなることかな。聴くとしても、技術的な部分ばかりに注意を払ってしまう。プロダクションとか、スネアの鳴りのサウンドはどうかとか、そういうことなど。

〈ミュージシャンであり技術者でもあるあなたはどういう教育を受けたのだろう。もしかして完全に独学?それから、手伝ってくれる人達はボランティアでやってくれているのかな?それとも、雇い主として給料を払っている?〉
自分はクラシカルギターの勉強から(音楽を)始めたけれども、数年後にはロックに惚れ込み、エレクトリックギターやシンセサイザーに転向した。エンジニアは殆どふざけて始めたことなんだけど、数年後にはむしろそれが本業になっている。自分はいまだにその2つの主な活動に引き裂かれているけれども、一方がもう一方に影響を及ぼすという点で、それは良いことだと思う。プロデューサーであることがミュージシャンとしての成長を助けてくれることがあるし、逆もまた真なりだ。
自分は雇い主じゃなくて、単なる仕事中毒の男だよ!Nadirには何人か仕事仲間がいる。その中には、SADISTのマネージャーで親友の一人でもあるFedericoなどがいるよ。

〈アーティストのレコーディングを手がけている時に起きた面白い話ってあるでしょう。何か話せることはあるかな。それとも、倫理的にそれは無理かな?〉
誰について話しているか言わなければ大丈夫だよ!誰かと仕事していると、とても「可笑しい」「ストレスがかかる」というのが同時に起こることがある。あるバンドの男2人がスタジオで喧嘩を始めたことがあったけど、それは幾つかのくだらないことで意見を合わせることができなかったからだった。
一般的に言うと、初顔合わせのバンドと仕事する時に、はじめの1・2日間はお互いよそよそしい感じなのに、最後の頃はとても打ち解けた感じで汚い言葉を投げ合うようになる、というのが面白いことかな。

〈最近あなたは『Na Zapad』というアルバムを出したね。ここでも良い評価を得た。このアルバムであなたは全てを一人でこなしている。このプロジェクトを完遂するのにどれたけ時間がかかるか予想できた?一日中これだけに取り組むような作業スタイルをとっていた?それとも他の仕事の合間にやったのかな?〉
他の仕事の合間にやった。自分はスタジオのスケジュールを止める(自在に操る)ことができるから、録音したければ時間は自由にあった。殆どの楽器を自分だけで演奏することができたけれども、ドラムスだけはとても上手くファンキーなドラマーにやってもらった。『Na Zapad』のレコーディングとミキシングにかかった時間は約6ヶ月だね。

〈アルバムの発想の源は?そして、その発想をどうやって育てていった?何かしら調査のようなことはしたのかな?発想の源として好きなものは?〉
収録曲の殆どはここ15〜16年間に書いたもの。その多くが、もとはSADIST用に書いたけどメタル度が足りなくて採用しなかったものなんだ。自分はメタルが好きだけど、単なるロック/メタル系ギタリストとは考えていない。だからこのアルバムは、特定の音楽スタイルに縛られないものにしたかった。

〈アルバムにメッセージはあるのかな?〉
自分は哲学者じゃないから、言葉本来の意味での「メッセージ」を語るつもりはない。自分にとってそれは音楽で表現するものだ。概して人生は永遠の旅であり、決まった方向を持たずに進み、死ぬとき終わりを迎えるものだよ。
それはともかく、『Na Zapad』のコンセプトは、アルバムのブックレットに記載されているニーチェからの引用がよく表していると思う。

〈『Na Zapad』の音楽性はSADISTのメタル度を薄めたような感じだね。これはかねてからやりたいと思っていた方向性なのかな?〉
今の音楽の問題点は、プロのミュージシャンの99%が自由と狂気を欠いていることだ。音楽は音楽。人間がやる表現のうち最も次元が高いものであるべきだ。言葉の中の言葉、という感じで。しかし、音楽に関わっているのにそれをやる意味を見失っている者が多すぎる!これは自分にとって最も恐ろしいことだ。例えば、若いバンドと仕事する時、彼らは「ギターのチューニングを可能な限り低くして録音する」とか「キック(訳注:バスドラムの音)究極のサンプルサウンドを使う」というようなことばかり気にしてるんだけど、「なぜ音楽をやるのか」と訊いたらどう答えていいのかわからないんだ!

〈レコーディング中に切った弦は何本?〉
ギターを弾いて約30年になるし、5分ごとに弦を切らずに済むくらい上手くなれていたらいいね!

〈実際に使った楽器はどんなもの?好きな楽器は何?ギター?それとも別のもの?〉
レコーディング・スタジオでの仕事で面白いのは、およそどんな楽器だろうとプロフェッショナルに録音することができるということだ。好きな楽器?ちょっと可笑しい話かもしれないけど、人の声だね!これほど表情豊かな楽器はないよ。自分が楽器を演奏するときは、いつもその表現力に近づけるよう努めているよ。

〈自分自身でボーカルをやろうと考えたことはある?楽器だけのアルバムを作る方がいい?〉
楽器としての人の声が大好きだから、自分でうまくできないのなら全く入れない方がいいと思ってしまう。エクストリーム・ミュージックにおけるボーカルの表現方法というのは限られていて、シンガーは死にそうになるまで叫んでいるだけでいいようなところもあるから(訳注:これまでの語り口にもあるように少しふざけてそう言っている:SADISTではそんな単純な使い方をしていない)、一切ボーカルを入れないというのも良いやり方だと思うよ。

〈映画のサウンドトラック製作を依頼されたことはない?もし無いなら、やってみたいと思う?やってみたいならどんな映画がいい?〉
依頼されたことはあるし、既にジングル(訳注:番組の転換部などに挿入される数秒単位の短い音楽)製作はやっている。その殆どがCMだね。できるならば、数分のスコアのようなものではなく、映画全体の音楽を担当してみたい。まだ何とも言えないけど、将来もしかしたらやることもあるかもしれないね。やったことのないプロフェッショナルな経験はいつでも歓迎するよ!

〈尊敬するミュージシャンはいる?能力だけでなく人柄なども。そして、そうした人に会ったことはある?いつか会ってみたい人は?〉
幸運にも、多くの才能あるミュージシャンと仕事することができている。有名無名を問わず才能のあるミュージシャンはいるよ。才能と知名度は全く関係ない。

〈最近はあらゆるものがデジタル録音されCD媒体で発表されている。それで、みんなCDをMP3に落としている。CD音質と高レートのMP3音質の間に違いはないと言うことはできる?少なくとも訓練されていない耳にとって。〉
プロのサウンドエンジニアなら、どんなフォーマットでも違いはわかるし、デジタル・アナログの違いもわかるよ!でも、「昔は良かった」と主張するつもりはない。世界は変わり、どんなものも変化していくのだから、音楽やその聴き方も変わっていく。確かに今の音楽は圧縮処理をされすぎているけれども、それが今のやり方なんだよ。これはスモッグのようなものだ。悪いものだということはみんな分かっているけれども、車に乗ったり肉を食べたりガスを燃料にしたりすることを止めたいと思う人もいないんだ。

〈いろんなファイル交換サイトで音楽を共有するのは悪いことでしかないと思う?それを止める方法はあると思うかな?それとも、これはテープトレードと同じようにシーンの一部を成していることに過ぎない(訳注:シーンをうまくまわすのに役立っている要素だということ)と思う?〉
悪い点は、レコードなり映画なりの製作を支えている仕事に対し、新しい世代の人々が対価を払おうとしないということだ。彼らは無料で持っていくだけなんだ。
良い点は、インターネットや新しいコミュニケーションの手段のおかげで、“非常に”才能のある人達が注目させる機会を得やすくなっていることだね。

〈音楽業界以外で関わっていることはある?興味のあることとか、やるのが好きなことなどは?〉
自転車に乗ることかな。残念ながらあまり時間がないんだけど。読書も好きだよ。主に読むのは、宗教や政治、経済についてのエッセイだ。

〈2013年の計画は?音楽・プライベートの両方について。〉
Jeroen Paul Thesseling(ベーシスト:ex. PESTILENCE / OBSCURA)とのサイドプロジェクトNUFUTICに取り掛かっている。これはジャズ・フュージョン・エクストリームメタルの実験的なクロスオーバーだ。SADISTの新譜にも取り組んでいて、これは2014年の春には発表したいと思っている。
プライベートでは、今住んでいるアパートから秋には引っ越ししなければならなくて、それが面倒かな。

〈まだ質問されていなくて言っておきたいことはあるかな?好きなビールの銘柄とか…〉
自分はアル中じゃないから、メタルバンドで演奏するには都合が悪いかな。まあそれはともかく、自分の音楽を(できれば合法的な手段で)聴こうとしてくれている人達みんなに感謝するよ!

〈では、このインタビューを締めくくるにあたって、最後の言葉なり、自分で宣伝をするということについての恥じらいなどを示していただければと思います。ありがとう。〉
まだ聴いてない人達へ。『Na Zapad』を文化的先入観(訳注:メタルでないから云々という偏見)抜きに聴いてみてくれ。悪いものではないと思うよ。



〈やあ、Trevor!強大なるSADISTの帰還だね。復帰と新作についてどう思う?〉
新しいアルバムにはみんなとても興奮しているよ。5年ほど前に出した『Season in Silence』はファンにとても良い評価をもらった作品で、『Hyaena』を作るにあたってはそれが大きなプレッシャーになっていた。その一方で、このアルバムには非常に多くの時間を費やしていたから、素晴らしい作品になることはわかっていた。

〈レコーディングは現時点でどのくらい進んでいるのかな?新譜には何曲入る予定?〉
ちょうど完成したところだよ。マスターを2種類作り、どちらを選ぶか決めようとしているところだ。アルバムはおそらく2つの形態で発売されることになるだろう。つまり、アナログとCDとで別の音質(マスタリング)が採用されることになると思う。それはともかく、新譜は10曲入りで、そのうち1曲がインストだ。SADISTの流儀を最良のかたちで受け継いだものになっているよ。

〈アルバムのティーザー(訳注:宣伝として公表されるダイジェスト版音源)を少し前に聴いて、とても良い仕上がりなのではないかと思った。新譜はどういう作品かな?〉
プログレッシヴな感じを攻撃的に表現したものだよ。プログレッシヴな音を出したがっているデスメタルバンドは多いけど、自分達は(そういうのに倣うことはなく)とにかく「SADISTの音」を生み出したかった。つまり、プログレッシヴであるけれどもヘヴィで攻撃的な感じも損なわれていない、ということだ。加えて、新曲のうち幾つかは前作よりもテンポが速く、民族音楽的な要素もやはり沢山あるよ。

〈新曲の製作過程について話してくれるかな?各個人が別々に作業するのが普通?それとも一緒に作業するのかな?〉
今回はベーシストのAndyが殆どのリズムアイデアを提供してくれた。殆どの曲は2〜3年前から存在し、膨大な時間をかけてアレンジしてきた。最終形が最も良い仕上がりになるように。

〈新曲の中にお気に入りはある?最も時間がかかった曲は?〉
全曲が独特の雰囲気や気分を持っていて、特に好きなのを現時点で選ぶのは難しい。1曲目の「The Lonely Mountain」はSADISTの曲としては例外的なものだね。非常に速くトリッキーな感じで幕を開け、民族音楽的な雰囲気を間に挟み、とてもワイルドなスタイルに展開していく。

〈過去作ではTommy Talamancaがプロデュースとマスタリングを担当していたね。今回も関わっているのかな?あなた方の長い友好関係について話してくれないかな。彼がSADISTの音楽に及ぼした影響はどんなものなのかな?(訳注:TommyがSADISTの主幹だということを知らない感じの話ぶりにみえる)〉
経験豊かでバンドのことをよく知っていて、チーム全体から最良の結果を引き出す能力を持っているプロデューサーと仕事するというのは、SADISTにとってとても大事なことだ。加えて、何年も使っているNadir Music StudioはSADISTの活動拠点のようなものになりつつあり、そこではとてもリラックスすることができる。アルバムのサウンドには完全に満足しているよ。これ以上良くすることはできないだろう。

〈歌詞の面で言うと、このアルバムにはコンセプトがあるのかな?今回取り上げた題材は?〉
確かに『Hyaena』にはコンセプトがある。そしてそのテーマは自分にとってとても特別なものだ。ハイエナは最も魅力的で神秘的な野生動物のひとつで、おそらく最も“SADIST”icな(訳注:「嗜虐的」という本来の意味と「SADIST的」という意味合いを掛けているのだと思われる)もののひとつでもある。

〈SADIST以外では、あなたはストーナーロックバンドALLHELLUJAで歌っているね。このプロジェクトについて話してくれないかな。参加することになった経緯は?〉
ALLHELLUJAプロジェクトはイタリアのメタルシーンにおけるある種のオールスターバンドで、友人であり才能ある同僚でもあるGianlula Pertotti(EXTREMA)と一緒にボーカルをとっている。これは“スタジオ”プロジェクトのようなもので、近い将来何か新しい音源を発表するかどうかは自分にはわからない。

〈昔のことについて話そう。あなたは1996年の『Tribe』発表直後にSADISTに加入した。その経緯は?SADISTでの最初のリハーサルがどんなものだったか覚えてる?〉
SADISTに加入してくれないか頼まれた時、自分はとても興奮した。既にSADISTのファンだったからだ。自分が完全に適任だったということはわかっていたし、自分の前のシンガーは3回も交代したのに、自分は約20年間ずっと在籍し続けている。とても良い縁だったということだね!

〈最後の質問。近い将来の計画は?新譜をサポートするための欧州ツアーの計画などはある?〉
現在我々は、新譜のプロモーション活動を計画する作業に完全に集中している。SADISTはライヴバンドだから、できるだけ早くツアーに出たいものだね。観客の新曲に対する反応を見るのが待ちきれないよ!

〈インタビューを受けてくれてありがとう。なにか付け加えておきたいことはある?〉
全てのSADISTファンへ。アルバムを聴いてみてくれ。過去最高のSADISTを記録できるよう膨大な時間を費やした作品だ。SADISTの200%が示されているアルバムで、我々はこれに惚れ込んでいるよ。