2015年・上半期ベストアルバム

【2015年・上半期ベストアルバム】



・2015年上半期に聴いたアルバムの個人的ベスト10です。
(年末に選定するベスト20(+次点)においては微妙に順位が入れ替わる可能性もあります。)

・評価基準はこちらです。
個人的に特に「肌に合う」「繰り返し興味深く聴き込める」ものを優先して選んでいます。

・これはあくまで自分の考えなのですが、ひとさまに見せるべく公開するベスト記事では、あまり多くの作品を挙げるべきではないと思っています。自分がそういう記事を読む場合、30枚も50枚も(具体的な記述なしで)「順不同」で並べられてもどれに注目すればいいのか迷いますし、たとえ順位付けされていたとしても、そんなに多くの枚数に手を出すのも面倒ですから、せいぜい上位5〜10枚くらいにしか目が留まりません。
(この場合でいえば「11〜30位はそんなに面白くないんだな」と思ってしまうことさえあり得ます。)
たとえば一年に500枚くらい聴き通した上で「出色の作品30枚でその年を総括する」のならそれでもいいのですが、「自分はこんなに聴いている」という主張をしたいのならともかく、「どうしても聴いてほしい傑作をお知らせする」お薦め目的で書くならば、思い切って絞り込んだ少数精鋭を提示するほうが、読む側に伝わり印象に残りやすくなると思うのです。
以下の10枚は、そういう意図のもとで選ばれた傑作ばかりです。機会があればぜひ聴いてみられることをお勧めいたします。もちろんここに入っていない傑作も多数存在します。他の方のベスト記事とあわせて参考にして頂けると幸いです。

・ランキングは暫定です。聴き込み次第で入れ替わる可能性も高いです。



上半期Best10



第10位:Tigran Hamasyan『Mockroot』

Mockroot

Mockroot


ティグラン・ハマシアンは現代ジャズシーンを代表するピアニストの一人で、自身の出自であるアルメニアの音楽とアメリカのフォーク音楽、そしてMESHUGGAHのようなエクストリームメタルの要素を統合して独自の音楽を作る俊才です。レパートリーの殆どを占めるオリジナル曲は大部分が予め構築されたもので、ジャズならではの(コードやモードといったルールに則った)即興(=ライヴでの瞬間作曲)も用いはするのですが、その比率は多くありません。曲の土台になっているのはピアノによるリフで、頻出するボーカルパートとあわせてはっきりした展開を描いていきます。硬く締まったタッチで“重く跳ねる”グルーヴはいわゆるdjentに通じるもので、ピアノやドラムスの音作り自体がメタルを強く意識していることなどもあって、プログレメタルのファンなどにもアピールする要素が多いのではないかと思います。実際ティグラン本人もそちら方面の熱心な愛好家のようで、'11年に行われた日本語インタビュー(http://tower.jp/article/feature/2011/11/21/eg_tigranhamasyan)でも「MESHUGGAHのFredrik Thordendalに共演を求めて断られた」という話が出てきます。MESHUGGAHの「複雑な変拍子が連発されるようにみえて実は(4〜8〜16小節単位でフレーズ構成が一周する)4/4拍子のみで占められている」リズム構成をしっかり理解した上で、ジャズ方面の演奏スタイルでなければできない柔軟なひねりを加えていく。テクニカルでありながら(フュージョン的な“技術のひけかし”に陥らない)音楽的必然性を失わない作編曲が見事で、繰り返し聴き込むに足る構造的強度と深みある表現力が生まれています。“刺激的でしかも聴き飽きにくい”音楽を探している方はぜひ聴いてみてほしい、とても優れたミュージシャンです。

本作『Mockroot』は、優れた内容で評判になった前作『Shadow Theater』('13年発表)に続く作品で、独自の音遣い感覚が一層味わい深く熟成されています。わかりやすく“立った”リードフレーズがつかみの強さを発揮していた前作と比べると多少地味な感じはするのですが、聴き減らない中身の濃さとアルバム全体の構成力は本作の方が数段上で、捻りあるリズム構成にも一層磨きがかかっています。MESHUGGAH的なリズムアイデアを複合拍子・複合連符(5連符による4/4拍子など)でチューンアップするだけでなく、演奏の段階でも“訛り”“揺らぎ”を加えて複雑なニュアンスを生んでいく。これはいわゆるdjent方面のバンド(プレーンでブレないグルーヴを用いる場合が多い)ではなかなか太刀打ちできない部分で、現代ジャズ・シーンのトレンド(ヒップホップなどから学んだ“つんのめる”演奏感覚を高度な技術で掘り下げていく)に通じる要素としても興味深いのではないかと思います。この人の音楽のトレードマークであるアルメニア的なメロディ感覚も魅力的で、同じくアルメニアのコミュニティから出てきたバンド(SYSTEM OF A DOWNやTHE APEX THEORYなど)を好む人にはかなり強く“刺さる”ものなのではないかと思います。

ティグラン・ハマシアンの音楽は、薫り高い個性と構造的な強度を高度に両立するもので、本作『Mockroot』ではそれが渋くまとまりのあるかたちで示されています。聴き込みがいのある優れた作品です。



第9位:THE POP GROUPCitizen Zombie』


ストパンク〜ニューウェーブを代表するグループの実に35年振りの新譜です。現時点での評判は微妙で、ロック〜オルタナティヴの歴史を代表する名盤1st・2ndと比べ「あまりにも覇気がなく“普通”でつまらない」という声がたくさん聞かれます。しかし、これは実のところ非常に味わい深い作品です。過去の作品を意識し同じ聴き方で接するのでなく、このアルバム特有の“過ごし方”を見つけてしまえば、とても興味深く聴き浸れてしまいます。一聴してピンと来なかった人もぜひ繰り返し聴いてみてほしい一枚です。

このアルバムには、過去の作品で特徴的だった(ハードコア的とも言える)高速で暴れる曲調は殆どなく、テンポを大きく落としたダビーなホワイト・ファンクばかりが収録されています。そしてその完成度が素晴らしいのです。ブラックミュージックにおける(無限に分割されるビートの)“歯車の目が細かく合う”ファンクと比べ明らかに“目が粗い”(ビートがあまり分割されていない)アンサンブルなのですが、そうやって緩くたわむグルーヴが不思議な完成度をみせていて、ブラックミュージックのタイトなファンクでは出せない深い味わいを獲得することができています。これはひとたび慣れると病みつきになる極上の珍味で、ニューウェーブの時代から様々なかたちで試されてきたホワイト・ファンク・スタイルの一つの完成系ではないかとすら思える心地よさがあります。過去作品の窮屈にもつれるアンサンブルにはなかった大らかな隙間感覚も好ましく、バンドの新たな境地として歓迎されてもいい達成なのではないかと思います。
こうした演奏だけでなく、音遣い〜作編曲もかなり良い出来になっています。2ndなどで聴ける(ノーウェーブの無調ファンクに通じる)不協和音も巧みに活用されており、スウィートなレゲエに通じる明るい音進行との対比が良い効果を生んでいます。2曲目「Mad Truth」などはManuel Göttschingの『E2-E4』をダブ・ファンク化したような響きが素晴らしいですし、演奏の魅力を除いてみても、耳を惹く場面の多いアルバムになっているのではないかと思います。
一枚モノとしての構成も良い作品で、繰り返し聴き込みたいという意欲を引き出してくれる快適な流れがあります。
(日本盤は1曲目「Citizen Zombie」の別バージョンが最後に入っており、アルバムの完成度を一段高めています。聴くならこちらをお薦めします。)
一聴の価値がある、優れた作品だと思います。

キャリア全期と比較しての具体的なレビューとしては、行川和彦氏のブログが詳しいです。併せて読まれることをお勧めします。



第8位:ももいろクローバーZ青春賦』


ももクロの魅力としてよく言われる「全力」というキーワードがあります。「全力」で歌い踊る姿がなにより感動を呼ぶ、それがももクロの魅力なのだ、という話です。
これは確かに間違いではないのですが、個人的にはややピントがズレていると感じます。「全力」でやるパフォーマンスの“力強さ”よりも、むしろ、「全力であることを暑苦しく感じさせない」パフォーマンスの“質”こそが魅力の肝なのではないかと思うのです。

ももクロの重要な個性として「呑気だけど能天気ではない」というのがあると思います。力みすぎない飄々とした軽やかさがあるけれども、何も考えずヘラヘラしているわけではない。彼女たちなりに悩み、深刻に考えることもあった上で、それにとらわれ過ぎずにまっすぐ突き進んでいく。「屈託があるけど屈折してない」とでも言いましょうか。肩肘張らないのにエネルギーに満ちている、押し付けがましくないアツさがあって、出し惜しみせずに「全力」で行くところでもそれが暑苦しく感じられないのです。接する側に「何か重たい」というような心理的負担を一切かけず、さりげなく活力を与えて心を震わせてしまう。こういう絶妙の“力加減”があるからこそどんな相手の懐にもスッと入っていけるのでしょうし、テンションの高い人からも低い人からも丁度いい立ち位置にあって、その両者を取り込めてしまうのだと思うのです。ももクロがここまで広く強い支持を得ることができたのは、パフォーマンスの凄さはもちろんのこと、こうした人柄によるところが大きいのではないかと思います。

そして、こうした人柄は、動いているところを見なくても、録音されている声だけを聴いても伝わってくるものです。むやみやたらにスコーンと抜けたりしない(発声技術的な話でいうなら「頭頂部をひらいて高域のヌケをよくする」ようなことをあまりしていない)程よく“くぐもった”声質は、お行儀よく快活なJ-POP的発声とか、「私上手いでしょ?」というような自意識を力強く押し付けてくるR&B系ディーヴァの歌い上げなどとは異なる、どこか謡曲的な湿り気や“控え目”な落ち着きを感じさせます。そうした力加減が基本的なテンションとして維持されているから、どんなに力強く歌うところでも不躾で暑苦しい印象が生まれない。抑え気味な陰翳とまっすぐで衒いのない活力が自然に両立されているのです。
ももクロの楽曲について「別の上手い人が歌えばもっと良くなるのに」ということを言う人はわりと多いですが、フレージングの滑らかさというような「整った技術」に関して言えばその通りでも、上記のような人柄とか力加減について言えば、代わりになるものはそうありません。そして、音楽においては(少なくとも、完璧に整ったバッキング・トラックの上にのるリードボーカルに関して言うなら)そうした「味」の部分がなにより重要なのです。このメンバーの声質やパフォーマンス(そしてその源となる人柄)がなければ、ももクロの楽曲がこれほど“伝わる力”に満ちたものになることはなかったと思います。

このように、ももクロが成功したのはメンバーのキャラクタ・音楽的個性によるところが大きかったのではないかと思うのですが、運営側の音楽的ディレクションもそれと同じくらい大きな貢献をしているのではないかと思われます。幅広い音楽要素をつぎ込みめまぐるしく展開させる作編曲スタイルは「ジェットコースター的な」刺激と滋養の豊かさを両立するもので、小難しいことに興味がないライト層にも、細かく聴き込んで分析するのが好きなマニア層にも、ともに強く訴求する構造を勝ち得ています。
(この点RUSHあたりに通じるポジションにいるのではないかと思います。)
様々なジャンルを節操なく網羅する持ち曲も、そうして増やしていくうちに「何でもありなグループ」「どんなジャンルを追加しても方向性がブレない」という印象が生まれ、何をやっても(時間をかければ)受け入れられるようになっていく。こういう流れを作ることができたのも(この先の活動における自由度を確保できていることも含め)成功の大きな要因なのではないかと思います。

2015年に入ってから発表された3枚のシングル『夢の浮世に咲いてみな』(KISSとの共演盤)・『青春賦』・『『Z』の誓い』は、上記のような「何でもあり」な流れをよく表すものです。そしてその中でも『青春賦』(4曲入りCD版)は大変素晴らしい仕上がりで、1枚モノとしての構成の良さもあわせ、名盤と言っていい出来なのではないかと思います。
まず表題曲が良いです。発表直後に10回続けて聴き通した感想
にも書きましたが、「卒業式で歌われる合唱曲を、大学のアカペラサークルでよく用いられる“ジャズ〜ゴスペル的なコードワーク”(Donald Fagen〜TAKE 6あたりに通じるスタイル)でアレンジした感じ」の編曲を担当しているのが、まさにそのSTEELY DAN〜Donald Fagenスタイルを得意とする国内屈指のアレンジャー冨田恵一で、キリンジの名曲「Drifter」に絶妙な“つまずき”を加えたような音進行により、「卒業」(ちょうどメンバーはそのあたりの年齢です)に伴う「爽やかな決意表明とそこに伴う困難」を表現しているのです。それに取り組み先述のような「屈託があるけど屈折してない」雰囲気を醸し出すパフォーマンスも見事で、このグループにしか表現できない素晴らしい味を生んでいると思います。
他の曲も良いものばかりです。グループの代表曲である「走れ!」の現編成ver.では、爽やかな原曲に程よい渋みと切実さが加わっていて、この歌詞を良い意味で“身の丈に合った”ものとして歌いこなせている感がありますし、残りの2曲も、ちょうど高校の卒業を控えた最年少メンバーをメインに据えつつ卒業済みの他のメンバーと対比させるなど、巧みな仕掛けで優れた表現力を生んでいる場面が多いです。アルバムとしての流れまとまりもとても良く、心震わされながら何度も聴き返してしまえる快適な居心地が備わっています。このグループのカタログにおいて出色の作品というだけでなく、日本のポピュラーミュージックシーン一般でみても傑作と言える内容なのではないかと思います。
機会があれば(「食わず嫌い」の流し聴きをせずに)ぜひ耳を傾けてみてほしい一枚です。



第7位:SIGH『Graveward』

Graveward

Graveward


SIGHは、日本が生み出した最高の音楽珍味の一つであり、ジャンルを問わずに聴かれるべき優れたバンドです。よく「アヴァンギャルドブラックメタル」と言われますが、音楽の成り立ちからみれば「アヴァンギャルド」でも「(現在の一般的な意味でいう)ブラックメタル」でもありません。演歌〜歌謡曲特有の音遣い感覚に膨大な音楽要素を溶かし込み、独自のやり方で料理したようなスタイルは、日本特有の音遣い感覚が生み出した究極の珍味のひとつであり、NWOBHMから初期スラッシュに連なるカルトメタルの最高進化形とみるべきでしょう。

SIGHの音楽は、世界各地の食材や技法に精通した料理人が、あくまで醤油にこだわった味付けに徹しているようなものです。現代音楽やフリージャズ、70〜80年代のジャーマンロックやノイズミュージック、アジア〜ユーラシア大陸民族音楽など、非常に豊かな音楽的語彙が巧みに溶かし込まれているのですが、基本となる下味はあくまで80年代クサレメタル(VENOM、MERCYFUL FATE〜KING DIAMOND、CELTIC FROSTや初期スラッシュ各種)であり、“アヴァンギャルド”な仕掛けは、単なるギミックでもないにしろ、メインの要素ではありません。高度な音楽技法を駆使しながらも、音楽史上における未踏の領域を探索し新たなセオリーを見出そうとするのではなく、既存の語法を誰もやっていないやり方で深く掘り下げるのを主眼とする。80年代クサレメタルを味わいの面でも作曲・音響技法の面でも最高度に深化させているバンドであり、その点において(良くも悪くも)大きな変化はしない音楽性を貫いているのです。

そして、そうしたクサレメタル的な音遣い感覚には、日本の演歌〜歌謡曲における音遣い感覚に通じるものがあります。70年代の英国ロック〜80年代のNWOBHMからブルース成分が希釈されていく過程で生まれたクサレメタルの音遣い感覚は、ブルース成分を吸収・定着させる以前の日本のポピュラー音楽、つまり演歌〜歌謡曲における音遣い感覚とかなり似た進行感を持っており、両者の食い合わせは非常に良いと言えます。SIGHの音楽においてはこうした成分が理想的なバランスをもって融合されており、それが豊かな音楽技法で巧みに捻られながら提示されていくのです。
(先に挙げた「現代音楽やフリージャズ、70〜80年代のジャーマンロックやノイズミュージック、アジア〜ユーラシア大陸民族音楽など」もブルース成分が薄めなものばかりで、こうした音遣い感覚との相性は抜群です。)
下味となる音遣い感覚を図太く貫きつつ、多彩な仕掛けで微妙な変化をつけ続ける。同じ味わいに浸らせながらも単調にせず飽きさせない構成が素晴らしく、慣れるとどんどん惹き込まれていきます。格好良いキメを連発するシンフォニックメタルの物理的刺激を心地よく感じ聴き込んでいるうちに、そうした音遣いに反応する“回路”が形成され、味わいの質を理解してハマり、離れられなくなっていくのです。本当に巧みな成り立ちをしている音楽性であり、このジャンルが生み出したものとしては最高の珍味のひとつと言えるでしょう。聴いたことのない方はぜひ体験してみてほしいです。

今年発表された新譜『Graveward』は、前作の洗練された構成から一転し、めまぐるしく展開する場面を増やした作品で、「MERCYFUL FATE〜KING DIAMONDにMASTER'S HAMMERを注入し、優れた演奏力でまとめ上げた」ような趣があります。
SIGHの過去作品で言えば『Hail Horror Hail』『Imaginary Sonicscape』『Hangman's Hymn』のどの作品のファンにもアピールしうる要素があり、膨大な情報量をすっきりまとめて聴かせてしまう作編曲が見事です。22年間在籍したギタリストが諸事情により交代して初めて作られた作品でもあるのですが、ヘタウマで定評のあった前任者とは異なる味を加えつつ技術レベルを大きく引き上げる演奏は素晴らしく、全体のまとまりをみても何も違和感がありません。ジャンル特有の深みある胡散臭さ(仏頂面のユーモア感覚)に満ちているのも好ましく、このバンドならではの高度な音楽性と「SクラスのB級」感がとても良いかたちで示されています。SIGHの新たな代表作と言える、非常に充実した作品です。

なお、国内盤と輸入盤はマスタリングが異なっており、新加入のギタリストが膨大な時間をかけてやりきったバージョンが採用されている国内盤の方が、各パートの抜き差しなどの音楽的な表現や音質の陰翳ほか、あらゆる面において優れた仕上がりになっていると思います。これからチェックされる方は、是非こちらを聴いてみることをお勧めします。

本作関連の情報としては下の記事が詳しいです。併せてご参照ください。

リーダー川嶋未来による作品解説(HMVコラム)

インタビュー(奥村裕司ブログ)



第6位:ceroObscure Ride』

Obscure Ride 【初回限定盤】

Obscure Ride 【初回限定盤】


各所で大絶賛されているceroの新譜。確かに非常に優れた作品です。90年代のネオ・クラシック・ソウル(ヒップホップのグルーヴ感覚や“なんでも取り込む”音楽的アイデアを通過した上での高度なソウルミュージック)を、ジャズや南米音楽の音遣い感覚と、ブラックミュージックに留まらない様々なビートミュージックのリズムアイデアでチューンアップし、細かく多様なひねりを加えながらすっきりまとめ上げている、という感じでしょうか。複雑で多様な仕掛けを何重にも施しているのに、それを気にせず快適に聞き流してしまうこともできる。もちろん聴き込もうとすればいくらでも楽しめる。居心地のよさと聴き減らない強度を両立する仕上がりが素晴らしく、超一流の「挑戦的なポップ・ミュージック」と言える傑作なのではないかと思います。

レビューなどではD'Angeloがよく引き合いに出されますが、似ているのは1曲目や8曲目くらいで(しかも最新作『Black Messiah』より1st〜2ndあたりの方が近い)、アルバム全体としては通じる要素は多くありません。音進行の引っ掛かり感覚などで比べるならキリンジあたりが近く(ソウルミュージック〜ゴスペルの“クリーミーな”濁り感)、ボーカルの声質が似ていることもあって、『Fine』などが好きな方にはかなりアピールするものになっていると思います。ただ、声質が似ているとはいえ歌い回しのキャラクタはかなり異なっていて、わりとシニカルに枯れた味のあるキリンジ(特に堀込泰行)に比べ、落ち着きながらもわりと“イキッた”ヤンチャ感が前面に出ています。そうした雰囲気のせいもあってか、音楽全体にどこか“涼やかに尖った”“沸騰しきらないけれどもざわついている”感じが生まれていて、個人的にはなんとなくじゃがたらの「都市生活者の夜」を連想させられたりもします。
(音進行とか主な雰囲気などはかなり異なるので、あくまでその「都市生活者の夜」という言葉のもつイメージで繋がっている、というところでしょうか。)
スムースなだけでない“静かにたぎるテンション”があって、快適に聴き浸っているうちに少しずつ温められていく。そういう効き目の部分も含め、強力な表現力のある一枚だと思います。

各曲がごつごつした輪郭をもって主張しているのに、アルバム全体としては共通した温度感や仄暗さが貫かれていて、かたちの良いまとまりができている。微妙な不親切さを伴う居心地のよさが絶妙で、馴れ馴れしくない親密な距離感を生んでいると思います。繰り返し聴きたいという気にさせてくれる、非常に優れた作品です。


《参考》メンバーのインタビューがいくつかネット上にあがっています。併せてご参照ください。



第5位:ARCTURUS『Arcturian』

Arcturian

Arcturian


ARCTURUSは「シンフォニック・ブラックメタル」の始祖の一つとされるバンドですが、現在の型にハマった多くのそれとは一線を画す音楽性を持っています。
ノルウェー特有の“薄くこびりつく”引っ掛かり感覚(こちらの記事http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2015/03/27/050345参照)を音遣いの芯に置き、シンフォニック・ロックの壮麗なメロディ感覚と(アメリカのブルースにも通じる)鈍く引っ掛かる進行感を統合する。華やかに変化するリードメロディと(彩り豊かではあるけれども)意外と色の種類が変化しないモノトーンなコード感が両立されていて、展開がはっきりしている歌モノなのに“同じような雰囲気に浸り続ける”酩酊感を与えてくれるのです。きびきび流れる構成なのにアンビエントな聴き味がある音楽性は意外と稀なもので、歌モノのファンにも電子音楽や70年代ジャーマンロックなどのファンにもアピールする懐の深さがあります。
また、エクストリームメタルが敬遠される大きな理由となっている「がなり声」「低域を強調した轟音」のような要素もほぼなく、(メタル的なエッジを確保しながらも)J-POPのファンにも抵抗なく受け入れられうる“うるさ過ぎない”音像が主になっています。北欧特有の底冷えする空気感と独特の親しみやすさを両立する音楽性は(マニアックながらも)とても聴きやすいもので、ブラックメタル特有の味わいや“気の長い”時間感覚を抵抗なく身につけられる素材としても好ましく、そうしたものの入門編として最適なバンドなのではないかと思います。

一度の解散・再結成を経て10年振りに発表された新譜『Arcturian』は、一言「完璧なアルバム」です。2nd『La Masquerade Infernale』の暗黒舞踏アヴァンギャルド・オペラ的な雰囲気が、4th『Sideshow Symphonies』で完成された先述のような“薄くこびりつく”音遣い感覚で強化された上で、3rd『The Sham Mirror』の洗練された“歌モノ”スタイルでまとめ上げられている、という感じの仕上がり。濃密な作り込みをさらりと聴かせる作編曲の語り口は殆ど理想的で、よく動く歌メロに注目しながら展開を追うだけで、独特の深い味わいにどんどん酔わされていきます。ノルウェー・シーンを代表する名人揃いの演奏も素晴らしく、それを快適に聴かせるサウンドプロダクションも極上です。アルバムの構成も実によく出来ていて、聴きやすく聴き込みがいのある内容に負担なく接し続けることができます。上記のような音遣い云々に興味がなくても、優れた歌ものロックアルバムとして楽しめる作品。気軽に手を出してみてほしい傑作です。

ブラックメタルやエクストリームメタル一般を好む方向けに言いますと、この『Arcturian』は、ARCTURUSのどの作品が好きなファンも納得できる出来だと思いますし、この手の音楽性では前人未到の境地に到達している作品なのではないかと思います。単にこのバンドの最高傑作(個人的な意見です)というだけでなく、HR/HMの歴史が生み出した一つの達成と言える傑作です。広く聴かれてほしいアルバムです。



第4位:Kendrick Lamar『To Pimp A Butterfly』

トゥ・ピンプ・ア・バタフライ

トゥ・ピンプ・ア・バタフライ

  • アーティスト: ケンドリック・ラマー,ジェイムズ・フォンテレロイ,ラプソディー,ジョージ・クリントン,ビラル,ロナルド・アイズレー,K.ダックワーズ,D.パーキンス,マシュー・サミュエルズ,T.マーティン,C.スミス
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2015/05/20
  • メディア: CD
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2015年グラミー賞の「最優秀ラップ楽曲」「最優秀ラップパフォーマンス」部門を受賞し、名実ともに現在のヒップホップシーンを代表するラッパー・Kendrick Lamarの3rdアルバムです。これは本当に驚異的な傑作で、歌詞云々を無視して作編曲と演奏〜アンサンブルだけをみても、あらゆるジャンルの代表的な名盤に勝るとも劣らない圧倒的な格があります。ヒップホップ(〜ブラックミュージック一般)に偏見や抵抗感のある人にこそ聴いてほしい作品です。

本作においては、たとえばFLYING LOTUSの『You're Dead!』(Kendrickも客演)で聴けるような、初期SOFT MACHINEや電化マイルス(Miles Davisのエレクトリック楽器導入期)〜初期WEATHER REPORTなどに通じる、60年代末から70年代初頭にかけてのジャズやプログレッシヴロックを意識した音進行が、独自のやり方で柔らかく解きほぐされ、引っ掛かりと滑らかな浸透性を両立した、非常に魅力的なものに仕上げられています。Lil LouisやMOODYMANNのような(上記のジャズからトロピカルなフュージョンに繋がっていくあたりの音遣い感覚を活かした)薫り高いハウスを連想させるパートもあり、ゆったりした流れを保ちながら檄を飛ばし続けるバランス感覚は驚異的です。79分の収録時間を全くダレさせない、程よい緊張感を保った居心地の良さがあり、戦闘的でスムースな雰囲気にどこまでも快適に浸ることができるのです。複雑でしかも効果的なリズムアイデアも素晴らしく、それをかたちにする演奏〜アンサンブルも、“訛り”“揺らぎ”を巧みにコントロールする見事なものばかり。そしてそれをのりこなすKendrickのラップは最高で、歌詞を一切聴き取れなくても楽しめるどこまでも“音楽的”なフレージングは音楽全体の顔として完璧です。
このアルバムは、アメリカの社会問題(昨年7・8月に起きた白人警官による黒人暴行事件ほか)に反応した濃密な歌詞世界も勿論すごいのですが、そんなものを一切聴き取れなくても楽しめる圧倒的な音楽的クオリティがあって、ヒップホップやファンク(特に、James Brownのワンコード・ファンクに連なるモノトーンの音進行)に抵抗のある人も、驚くほどすんなり惹き込まれてしまえる作品になっていると思います。ジャズやプログレッシヴロックのファンにもぜひ聴いてみてほしい、最高の「ブラックミュージック入門篇」と言える傑作です。

たとえば先に挙げたFLYING LOTUS『Until The Quiet Comes』のライナーノートでは、「最近はGENTLE GIANT、SOFT MACHINEの『Volume Two』、CANなどを聴いている。良いものなら何だって聴く。」という発言が紹介されています。そもそも「ロック(白人音楽)はブルースなどの黒人音楽のパクリだ」というよく言われる話と同じくらい黒人音楽も白人音楽からの影響を受けているのですが
Miles DavisやSly Stone、P-FUNK、PRINCEなどの時代からそういう傾向がありましたし、KRAFTWERKYMOに連なるジャーマンロック〜ニューウェーブテクノポップのラインが土台の一翼を担っているヒップホップなどは良い例です)、ここ数年、上記のような(ビートの効いたものに限らない)高度な白人音楽を掘り下げ自分達のものにしてしまう、という黒人音楽からの動きが、どんどん面白い結果を出すようになってきている感があります。Kendrick Lamarの3rdアルバムはその最大の好例と言える作品で、あらゆるジャンルのファンが(流行り云々関係なく)聴いてみるべき大傑作なのだと思います。

なお、本作の国内盤には、膨大な歌詞(輸入盤には掲載されていない・ブックレット16ページ分)、そして「どのパートを誰が歌っているか」の詳しいクレジットが、丁寧な日本語訳(ブックレット20ページ分)とともに完全掲載されていて、作品を理解するための大きな助けになってくれます。これは大変な労作。買うならこちらの方が遥かにお得です。



第3位:DHG(DØDHEIMSGARD)『A Umbra Omega』

A Umbra Omega

A Umbra Omega


ノルウェーブラックメタルシーンを代表する奇才Vicotnik(ex. VED BUENS ENDE・〈CODE〉)のリーダーバンド。8年ぶりの新譜です。

DØDHEIMSGARD('94年結成)は作品ごとに大きな方向転換を繰り返してきたバンドです。
初期はDARKTHRONEに通じるプリミティブ・ブラックメタル(1st・'95年)やBATHORYなどを意識したと思しき荒々しいブラック・スラッシュ(2nd・'96年)といった(当時のシーンからすれば)割とオーソドックスなスタイルをとっていたのですが(その中で強力な個性を示していました)、シンフォニック爆走ブラックメタルの名作とされるEP『Satanic Art』('98年)の翌年に発表した3rd『666 International』で一気に奇怪な音楽性を確立することになりました。
この作品にはCarl-Michael Eide(別名Czral:VIRUS / ex. VED BUENS ENDE)やSvein Egil Hatlevik(別名Zweizz:FLEURETY)といったノルウェー・シーンを代表する天才奇才が大集合しており、ブラックメタル特有の音遣い感覚をインダストリアル(非メタル含む)要素などでミュータント化したような個性的な仕上がりに貢献しています。(VicotnikはSveinとのデュオAPHRODISIACでインダストリアル〜ノイズ的な作品を発表しています。)アヴァンギャルドブラックメタルを代表する名盤(迷盤)であり、ボーカルAldrahnの脱力感溢れる不思議な歌い回しも含め、他の何かでは替えのきかない味を持つ作品です。
この8年後に発表された4th『Supervillain Outcast』('07年)は、3rdのスタイルを引き継ぎつつ様々なアイデアを試す短めのトラック(15曲)の集合体になっており、音遣いの熟成度やサウンドプロダクションの出来は前作を上回っているのですが、アルバム全体の流れまとまりという点では少しパッとせず(前作はその点完璧だった)、今ひとつ冴えない印象を持つ作品になってしまっていました。そうしたこともあってか、バンドは本格的な活動を停止し、Vicotnikはイギリスのブラックメタル風バンド〈CODE〉(これも非常に個性的で強力なバンドです)への参加('02〜'10年)など、他での活動を主とすることになったのでした。

本作はそうした流れを経たVicotnikが久しぶりに発表した作品であり、その個性的な音楽性が最も良いかたちで示された大傑作です。『666 International』をVED BUENS ENDEやVIRUSの音遣い感覚で強化したようなスタイルなのですが、そこにはVIRUS(というかCarl-Michael)の音楽に常につきまとうKING CRIMSON〜VOIVOD的な要素が一切なく、VED BUENS ENDEのクラシック〜現代音楽成分を最高度に熟成させた感じの仕上がりになっているのです。収録曲は(冒頭の1分ほどのイントロ曲を除き)全て10〜15分の長尺(×5)で占められており、その長さを全くダレさせず快適に浸らせる構成が見事。奇怪に入り組んだ世界観を直観的に理解させ惹き込んでしまう力に満ちています。『666 International』では完全にはこなれていなかった感のあるAldrahnのボーカル(Vicotnikによれば「独自の解釈力では比肩する者のいない凄いシンガーで、ノルウェー・シーンを代表する一人」とのこと)も、曲に完璧に合った素晴らしい表現力を発揮しており、音楽全体の説得力を大きく高めています。こうしたスタイルの音楽に慣れていない方がいきなり聴いた場合は取っつき辛く思えるかもしれませんが、VED BUENS ENDEやVIRUS、〈CODE〉などに少しでも惹かれるもののある方はぜひ聴いてみてほしい大傑作です。

このアルバム、現時点では(そもそも知名度が低いことに加え、聴いた方からも)あまり芳しい評価を得られていないようなのですが、個人的には今まで聴いてきたあらゆるブラックメタル関連作品の中で最も好きな一枚ですし、作品の深み・それを伝える巧みな語り口という点でも、ジャンルを問わず最高級の傑作なのではないかと思います。できれば広く評価されてほしいアルバムです。

《参考》ここで出てきた各バンドについてはこちら
で詳述しています。よろしければ併せてご参照ください。



第2位:Jim O'rouke『Simple Songs』

シンプル・ソングズ

シンプル・ソングズ


ジム・オルークの6年振りの新譜にして『Insignificance』('01年発表)以来実に14年振りの歌入りアルバムです。この14年というのは実際に制作にかかった時間のようで、'13年に行われたTime Out Tokyoのインタビュー(http://www.timeout.jp/s/ja/tokyo/feature/7388)には「12年かかってしまった新しい歌のアルバムがもうすぐ完成する」「5曲はすでに録音済みで、でもまだ完成はしていません」という発言があります。その時点でバンドのメンバー(山本達久・石橋英子・須藤俊昭)は既に固まっており、気の合う達人たちと時間を気にせず納得いくものを作りあげてきたのだということが窺い知れます。そうした感じは実際に作品に反映されていて、極めて緻密に作り込まれているのに窮屈にまとめられた印象がなく、同じ部屋の中でそっと寄り添ってくれているような親密さと、ダイナミックに弾け広がっていくようなスケール感とが、無理なく自然に両立されています。

その点、全てのパートを一人多重録音で作り上げた前作『The Visitor』('09年発表)の密室感に通じるものがあるのですが、アメリカ音楽的な要素が前面に出ていたそちらに比べ、本作『Simple Songs』では、60〜70年代のイギリス音楽に通じる風合いが強まっています。初期GENESIS(ボーカルの声質もあって連想させられる場面が多い)や初期SOFT MACHINEのような、いわゆるサイケデリックポップからプログレッシヴロックが生まれてくるあたりの、不定形で混沌とした豊かさを持つスタイル。それがFrank Zappaやミニマル寄り現代音楽の(ブルース的な引っ掛かりの薄めな)進行感と混ぜ合わされ、両者の中間あたりの音遣い感覚に仕上げられているのです。
(上記インタビューでLED ZEPPELIN『Presence』を「完璧な、最高に完成されたアルバム」と言っているように、もともと英国ロックの味わいも深く吸収してきているのだと思われます。)
そうした音遣い感覚は「フォークをベースにしたポストロックの味わいを70年代英国ロックに寄せた」ようなものでもあり、そしてそうした味わいが、極めて滑らかに流れていきながらもしっかり印象に残りこびりつく、さりげなくよく“立った”フレーズにより表現されています。ミニマル音楽〜ポストロック特有の、長いスパンで解決していく“気の長い”時間感覚が、コンパクトに洗練された強力な歌モノにより、ゆったりした居心地のよさを保ちながら形にされる。このような聴き味を生み出す作編曲・演奏が本当に素晴らしく、「いつどのような場面が現れるか」の配置が絶妙ということもあって、何度繰り返し聴いてもモタれない、しかも聴けば聴くほど味が出て酔わされるという、最高に快適な音楽体験をさせてもらえるのです。この手の音遣い感覚に馴染みのない人でも、滑らかに流れていく居心地の良い構成に浸っているだけで、いつの間にかそれを味わうための“回路”が形成されていき、深く惹きつけられ離れられなくなってしまう。こんなによくできた(それでいて作為を全く感じさせない)アルバムはそうあるものではありません。
(先のインタビュー文末にあるジムの『Presence』評「細部にこだわっていないようで、ものすごくこだわっている。それなのにあたかも即席でつくられたかのように聴こえる」がそのまま当てはまるように思います。)
ぜひ手にとってみて、何度か聞いてみることをお勧めします。

かくいう私も、聴き始めてから数回はピンときませんでした。7/1に選んだ「残す100枚」(http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2015/07/02/120531)からも落としていましたし、まさかここまで急激に惹きつけられるとは思っていませんでした。ふとしたきっかけで勘所をつかんだら最後、みるみるうちになじんでいき、さりげなく盛り上がる展開に心震わされるようになる。本当に素晴らしいアルバムです。これからも楽しく聴き込んでいきたいです。 



第1位:cali≠gari『12』

12(狂信盤)

12(狂信盤)


cali≠gariというのは本当に凄いバンドで、作詞作曲・演奏表現力のすべてにおいて替えのきかない味と実力をもっています。
完璧な発声と絶妙に突き放した歌い回しが心地よいボーカルに、タッチは雑なものの卓越したリズム処理能力と音遣い感覚で唯一無二の個性を誇るギター、そして世界的にも超一流の技術&フレージングセンスが素晴らしいベース。そうしたメンバーが集まってできるアンサンブルは、メタル的な安定感(ベース)とニューウェーブ的な隙間感覚(ギター)を両立しハードコアパンクの瞬発力で強化したような質感をもっており、滑らかな機動力の味で替わりになるものはありません。
音楽性も実に強力です。広く豊かな音楽的バックグラウンド(ニューウェーブ〜ハードコア〜オルタナティヴ、ジャーマンロック〜テクノ〜クラブミュージック、歌謡曲〜J-POPなど)を活かした自在な曲想が、各メンバーの個性的なフレージングにより細かく巧みにひねられる。オーソドックスなコード進行をするところでも複雑な陰翳を生んでしまうアレンジセンスは驚異的で、このバンドにしか作れないタイプの名曲を数多く生み出しています。

本作『12』は、長く在籍していたドラマーが諸事情(主に技術的限界?)により脱退したことをうけ、4人の卓越したサポートドラマーを招いて製作された作品で、残ったメンバー3人の技術や個性が制限を受けることなく発揮され、素晴らしい結果を生んでいます。各曲のスタイルはバラバラなのですが、それがうまく並べられることにより出来るアルバム全体としての“かたち”がとても良く、程よい隙間(=想像の余地)を伴いながら滑らかに流れまとまる構成が絶妙。緩急のバランスが非常に良く、ほどよい勢いを保ちながら息切れせず走り抜くことができています。強力な疾走感とゆったり浸れる居心地のよさが両立されており、複雑な作り込みをすっきり呑ませてしまう作編曲・演奏の良さもあって、もたれず何度でも聴き返してしまえる一枚になっています。アルバムとして理想的な成り立ちをした、掛け値なしの大傑作です。

ところで、このアルバムが「もたれず何度でも聴き返してしまえる」ようになっているのは、cali≠gariというバンド特有の“さばけた親しみやすさ”によるところも大きいのではないかと思います。聴き手に安易な感動を提供したり馴れ馴れしく手を差し伸べるようなことはなく、むしろ“客をあしらう”ような感じでクールに突き放す。しかし全く取りつく島がないわけでもなく、微妙な温度感を保ちながら側にいてくれる。仏頂面になりながらもそれとなく寄り添っていてくれるような付き合いの良さがあり、聴き手との間に絶妙な距離感を保ち続けてくれるのです。先述の「オーソドックスなコード進行をするところでも複雑な陰翳を生んでしまうアレンジセンス」はそうしたバランス感覚の賜物で、本作で言えば終盤の「フィラメント」「あの人はもう来ない」「さよならだけが人生さ」など、何も考えずストレートにやったら鼻につくものになってしまう曲調に、そうした素直な叙情が上滑りしないだけの裏付けを与えています。このような“節度”を感じさせる人当たりはまことに得難いもので(60〜70年代の優れた音楽に通じるものでもあります)、cali≠gariの音楽の魅力である“べたつかない湿り気”の大事な源になっているのだと思います。こういう点でも素晴らしい味のある作品です。

唯一無二の魅力をもつバンドの持ち味が最高のかたちで発揮された大傑作。広く聴かれてほしいアルバムです。


《参考》本作発売前後のインタビュー記事です。具体的な情報についてはこちらをご参照ください。