【2020年・メタル周辺ベストアルバム】前編 Metal The New Chapter

2020年・メタル周辺ベストアルバム】前編 Metal The New Chapter

 

 

2020年に発表されたメタル周辺作品(音的にはメタル要素の乏しいものも含む)を36枚選び、各々の作品についてだけでなく関連するトピックについてもまとめたものです。

前編となる本稿は17作品で

  • Roadburn Festival
  • ビートミュージック、メインストリーム
  • ニューヨーク周辺の越境シーン/人脈(特にジャズ方面)

について書いています。

メタル関係のメディアでは残念ながら現時点ではあまり言及されていない領域ですが、このジャンルの未来を考えるにあたっては特に重要なものばかりだと思います。ディグや議論の素材になることができれば幸いです。

 

 

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一覧

 

Emma Ruth Rundle & Thou

Oranssi Pazuzu

Triptykon with The Metropole Orkest

Vile Creature

Neptunian Maximalism

 

Ghostemane

Poppy

Code Orange

Run The Jewels

Duma

 

John Zorn

Titan To Tachyons

Mr. Bungle

Krallice

Imperial Triumphant

Liturgy

Napalm Death

 

 

 

 

Roadburn Festival

 

 

Emma Ruth Rundle & Thou:May Our Chambers Be Full(2020.10.30)

 

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 Roadburn Festivalは毎年4月にオランダのティルブルフで開催される音楽フェスティバルで、立見2100人収容のメインステージと立見数百人収容のサブステージ数ヶ所で同時に進行する形態をとっている。ストーナーロックを主に扱う音楽ブログが母体となっており、70年代前半の越境的なロックの気風を受け継ぐそうしたサブジャンルから出発したこともあって、“ヘヴィ・ミュージック”と形容できるものであればメタルでもハードコアパンクでも電子音楽でも分け隔てなく並べる闇鍋状の運営を続けてきた。参加する観客の聴取姿勢もそうしたラインナップに自然に対応するものとなり、アーティスティックディレクターを務めるWalter Hoeijmakersはインタビュー(註1)で「バンドがオープンマインドな観客の前で演奏する機会を与えるのが主な目的」「(出演者を選定するにあたっては)ジャンルは問題ではなく心に訴える力があるかどうかが最も重要」と語っている。メタルというと保守的イメージを抱かれやすいものだが、アンダーグラウンドシーンにおける音楽的発展の自由さ豊かさは「ロック」や「オルタナ」と曖昧に括られる領域全体にひけをとらないし、そうした音楽的豊かさを損なわずに網羅して提示するのがRoadburnの活動であり重要な役割なのだと言える。そうした姿勢を反映してか、ここのラインナップは他のメタル系メディアやフェスが取り上げるそれの数年は先を行っており、ストリーミング配信の普及によりこうした出演者リストをディグのガイドとして利用しやすくなった昨今では、シーンを先導する最高のプレイリストとしても機能している。ORANSSI PAZUZUとDARK BUDDHA RISINGの合体バンドWASTE OF SPACE ORCHESTRAなどRoadburn限定企画から生まれた交流も多く、新しく興味深い“ヘヴィミュージック”を探求する者にとっては無視できない存在であり続けている。

 

 Roadburnが他の音楽フェスティバルと一線を画す最大のポイントはキュレーター(curator、学芸員)制度だろう。4日開催となった2008年以降、その4日間のうち1日のヘッドライナーがキュレーターに選任され、ディレクターのWalterと協力しながら1年間かけてラインナップの選定と交渉にあたる。これまでキュレーターを務めたミュージシャンは以下のとおりである。

 

2008:David Tibet(CURRENT 93)

2009:NEUROSIS

2010:Tom G. Warrior(TRIPTYKON、ex. CELTIC FROST)

2011:Sunn O)))

2012:VOIVOD

2013:Jus Osborn(ELECTRIC WIZARD)

2014:Mikael ÅkerfeldtOPETH

2015:Ivar BjørnsonENSLAVED

2016:Lee Dorrian(ex. CATHEDRAL、NAPALM DEATH etc.)

2017:John Dyer Baizley(BARONESS)

2018:Jacob Bannon(CONVERGE)

2019:Tomas Lindberg(AT THE GATES)

2020:Emma Ruth Rundle(ソロ、RED SPAROWES、MARRIAGES)、James Kenta.k.a. PERTURBATOR)

 

いずれもアンダーグラウンドなメタル~ハードコア周辺領域を代表するミュージシャン/バンドであり、同時にシーン屈指の音楽ディガーでもある。例えば、2016年のキュレーターを務め、日本のメタル専門誌『BURRN!』でもレコード購買日記的なコラムを連載するLee Dorrianは、同誌の35周年記念号(2019年10月号)掲載企画「編集部とライター陣が選ぶ35年間、この100枚」で最初の1枚にDEAD CAN DANCEを挙げるなど、この雑誌の保守的な気風に真っ向から逆らう脱ジャンル的なセレクトをしていたし、日本のみならず世界を代表するハードコアパンクバンドG.I.S.M.の復活および初の海外公演をRoadburnで実現させたのも彼のそうしたセンスや人脈の賜物だったと言える(註2)。歴史と現状に精通したマニア兼実作者の協力を得て様々なシーンを過去にも未来にも接続するキュレーター制度はRoadburnを他から一線を画す音楽フェスティバルにしているし、そのラインナップは一見無秩序なようでいて様々な裏テーマを緻密に張り巡らしたものになっているのである。

 

 

 という書き出しから始まる6000字のRoadburn論を寄稿したZINE『痙攣』vol.1が発行されたのが今年5月で、そこでは史上初の2名キュレーター制度を採用したRoadburn 2020の歴史的意義に触れた。この領域との共演経験が多いとはいえ自身の音楽はメタルでもハードコアでもない女性・男性アーティストを音楽監督兼メイン出演者に据えて素晴らしいラインナップを構築したRoadburn 2020は、両者とも関わりが深い重要バンドTHE BODYの2018年インタビュー(註3)におけるコメント

アンダーグラウンドはポップミュージックからもっと多くのことを学ぶ必要がある。ビヨンセのコーチェラ(※同フェスティバルのトリを飾った2018年屈指の歴史的パフォーマンス)、カーディB、そしてテイラー・スウィフトがチャーリーXCXやカミラ・カベロとまわったツアー。このレベルの包括性(inclusiveness)がアンダーグラウンドでも生じてほしい。これが皮肉ととられるのはわかるけれども、白人男性がリフを弾く(※メタルなどにおけるリズムギターの反復演奏を指す)のは世の中にとってこれ以上必要なことなのだろうか?そうではないだろう。」

に通じる理念を見事に体現していたし、それがコロナ禍の影響で翌2021年に延期→中止(2020.12.20時点では配信イベント化の計画がある模様)となってしまったのは残念というほかない。ただ、コラボレーションを生み出す場としてのRoadburnの機能は活き続けていて、今年を代表する傑作の数々にその影響力がみてとれる。Emma Ruth RundleとTHOUの初共演アルバム『May Our Chambers Be Full』もその一つである。

 

 もともとこのコラボレーションはRoadburn 2019のArtist in Residence(4日間を通して複数回出演するその年の代表的アクト)を務めたTHOUがアーティスティックディレクターWalterの発案をうけて画策したもので、同年の2日目にはEmma Ruth Rundle & THOU名義での1時間のステージが実現している。本作はそのために2019年初めに作られた楽曲を2020年8月にレコーディングした作品で、音楽の構造についてはその間の状況や政治の影響を特に受けていないと作者本人が言う一方で、表現力の質に関してはRoadburn 2020の企画立ち上げからコロナ禍を経て現在に至る流れを結果的にはとてもよく象徴するものとなった。メタル領域ではスラッジコア~ポストブラックメタル的な流れにあるバンドとして扱われることが多いTHOUはNIRVANAのカバーのみで16曲70分のアルバムを制作するなどハードコア~グランジ方面への造詣も深く、EmmaはRED SPAROWES(元ISISのBryant C. Meyerらが結成したポストロック/ポストメタルバンド)への参加で知られる一方でソロではChelsea WolfeとU2の間にあるような弾き語りやFripp & Eno的なアンビエント寄りギター独奏をやっており、the nocturnesやMARRIAGESといった他バンドでもエモ/ポストロックがかったフォークゲイズを追究するなど、メタル的な質感を微かに取り入れてはいるもののサウンド的には“ヘヴィ”な要素はほとんどない。『May Our Chambers Be Full』はその両組の持ち味や豊かなバックグラウンドが絶妙なバランスで融合した傑作で、複雑な構造を非常に聴きやすい歌もの構成に整理する作編曲はもちろん巨大な存在感と柔らかい包容力を自然に両立する演奏~音響もどこまでも素晴らしい。ポストメタルを通過したTHE GATHERINGという趣もある本作は様々なメディアの年間ベスト記事で上位に選出されており、音楽性の面でも活動経歴の面でもメタル内外を接続する働きを担いつつそうした世界的傾向をよく示してもいるのではないかと思われる。これまでRoadburnが人知れず果たしてきた意義がこのような作品を通して意識される機会も今後確実に増えていくだろうし、それに伴いメタル一般に対する視野やイメージもメタル内外両方の立場から広がっていくことを期待したい。その方が絶対に良い循環を生んでいくはずだから。

 

 

註1

「The Art Of Roadburn, An Intervier With Founder Walter Hoeijmakers」

(2017.5.8掲載)

https://metalinjection.net/interviews/the-art-of-roadburn-an-interview-with-founder-walter-hoeijmakers

 

註2

弊ブログClosed Eye Visuals「G.I.S.M.関連英語記事【リンク&和訳集】」

http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2015/11/21/212142

 

註3

「THE BODY interview: “We Don`t See ‘Heavy’ Music As Strictly Being A Metal Thing”

(2018.5.31掲載)

https://metalinjection.net/interviews/the-body-dont-see-heavy-music-as-strictly-being-a-metal-thing

 

 

 

 

Oranssi Pazuzu:Mestarin kynsi(2020.4.17)

 

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 今年の年間ベスト記事群で最も注目された作品の一つとなった本作もRoadburn限定のコラボレーション企画が重要な原動力になっている。ORANSSI PAZUZUに関しては自分は2009年の1stフル発表当時から聴いていたものの「確かに非常に優れたバンドだし個性もあるがそこまで持ち上げられるほどか?」というくらいの印象で、2016年の前作4thフルがPitchforkなどで取り上げられるようになったのも「知的なメタルはインディーロック文脈から評価しやすいから知見の広さを示すためにも取り上げる」ハイプしぐさだという印象が強かったのだけれども、昨年発表されたWASTE OF SPACE ORCHESTRA(DARK BUDDHA RISINGとの合体バンド)の傑作を経ての本作には初回から完全に惹き込まれることになった。前作あたりから増えてきた複合拍子をほどよく複雑化させつつキャッチーな引っ掛かりとして活用できている楽曲は何よりもまず非常に聴きやすく、それを足掛かりにすることで“知識や技術があるからこそ放出できる衝動のかたち”が理想的な按配で表現されている。今年DARK BUDDHA RISINGが発表した5年ぶりのフルアルバム(傑作)もそうだが、WASTE OF SPACE ORCHESTRAの制作は両組の特性を補完するだけでなく互いがそれまで前面に出していなかった持ち味を伸ばす場としても強力に機能したようで、Roadburn 2018の出演およびそれに先行する楽曲制作がなければこうした達成も(少なくとも今のタイミングでは)有り得なかったのかもしれない。

 

本作はブラックメタルのコアなファンからはハイプ扱いされていたりもするが(ツイッターでは「ORANSSI PAZUZUなんかより〇〇を聴いてください」という言い回しでプリミティブ/ベスチャルなバンドを挙げまくる人が現れたりもした:確かにそれもある種のアンダーグラウンド嗜好からすればよくわかる反応でもある)、ノルウェー発の“Second Wave of Black Metal”黎明期のジャンル越境傾向を考えれば本作は間違いなくその精神を受け継ぐものだし、ある意味でブラックメタルというもの自体を再発明するような完成度と覇気にも溢れている。その上で興味深いのが普段メタルを聴かない音楽ファンにも好評を博していること。これは制作の動機になったという映画『ミッドサマー』に通じる甘いカルト感覚、快適に危険なところまで引きずり込んでくれるような聴きやすさによるところも大きいのかもしれない。今年のメタル領域を代表する歴史的傑作といえる。

 

 

ジャンル論的なことも含む詳説はこちら:

 https://twitter.com/meshupecialshi1/status/1251596150919974912?s=21

 

 

 

Triptykon with The Metropole Orkest:Requiem – Live At Roadburn 2019(2020.5.15)

 

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80年代スラッシュメタルハードコアパンクから今に至る地下音楽の流れにおいて最も重要な(現人神と言っても過言ではないレベルの)ミュージシャンであるTomas Gabriel Warriorが32年越しに完成させた3部構成の組曲『Requiem』の初演音源。これもRoadburn 2019の特別企画で、こちら方面との仕事経験も多いオランダのオーケストラThe Metropole Orkest+バンド自身という編成で披露された。これが全編驚異的に素晴らしい演奏で、この手のコラボレーションで問題になりがちな「クラシック方面のプレイヤーはBPMを一定にキープするビート処理が得意でないことが多い」「生楽器大編成はロックの爆音PAとうまくミックスするのが極めて難しい」といった困難が完璧にクリアされている。バンド自身の演奏も最高で、唯一無二の個性を誇るTomasのリズムギター&ボーカルはもちろんV. Santuraのギターソロは歴史的と言っていいレベルの名演だし、リードシンガーとして招聘されたSafa Heraghi(DEVIN TOWNSEND PROJECTなどメタル領域の作品にも参加経験あり)のパフォーマンスも極上。最初から最後まで“音楽の特別な瞬間”に満ちた演奏になっており、現場で体験できた人々が実に羨ましい。これが完全にライヴレコーディングであることはCD付属のDVDに収録された全編動画でも確認できるので、音源に感銘を受けた方はぜひそちらの方も鑑賞してみてほしい。

 

本作がこれほどの傑作になったのは上記のような演奏によるところも大きいが、それは今回新曲として披露された32分に渡る(全体の3分の2を占める)第2部「Grave Eternal」の出来が極めて良かったから可能になったものでもあるだろう。Tomasの特異な音進行感覚(十二音技法的な音進行をシンプルなメタル/ハードコアリフで表現)が近現代クラシック音楽の語法で豊かに培養強化されたような組曲はどの場面をとってみても素晴らしい仕上がりだし、キャッチーな引っ掛かりと無限の奥行きが両立されていて何度聴いても飽きることがない。特異な構造美と抑制された叙情に満ちた大傑作であり、Roadburnの優れたアンダーグラウンド精神(先進的なミュージシャンだけでなく現役のレジェンドにも積極的に機会を与えシーンの過去と未来を繋ぎ続ける姿勢)が支えとなって初めて具現化された一枚。広く聴かれ名盤扱いされるようになってほしいアルバムである。

 

 

詳しくはこちら:

 https://twitter.com/meshupecialshi1/status/1262703375939846144?s=21

 

 

 

Vile Creature:Glory, Glory! Apathy Took Helm!(2020.6.19)

 

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 Femme Metal Webzineというwebメディア掲載のVILE CREATURE インタビュー(註4)を読んでいて個人的に新鮮に思う箇所があった。本作のレコーディングでドラムス/ボーカル担当のVicが声を枯らしてしまったのをギター/ボーカル担当のKWが「Vic lost their voice」と言っていたのである。VILE CREATUREはVicとKWのクィアかつヴィーガンドゥームメタルデュオ(二人は結婚している)で、Metal Archives(註5)の表記によればVicのジェンダーはNon-binary(身体的には女性)、KWはMale(JUDAS PRIESTロブ・ハルフォードと同じ)。上記theirの用法は性別を限定しないために用いられる3人称単数で、それがメタル関係の記事で用いられていることに感銘を受けてしまったのだった。先掲ZINE『痙攣』vol.1寄稿の記事冒頭でふれたようにメタル領域は伝統的に男性中心主義傾向の強い世界で、今まではこのくらいの配慮すら十分になされてこなかった感が強い(これに対し「新鮮に思う」「感銘を受けてしまった」という筆者の反応もその状況を反映しているだろう)。VILE CREATUREのスラッジコア~フューネラルドゥーム的な音楽性にのる歌詞はそういった状況やそれに立ち向かう姿勢を示すもので、本作においてはそれが「無気力になってしまうことに対する個人的な葛藤と、世界にポジティヴな変化をもたらすことができないという感情」やその上での「道徳的な虚無主義(多くのメタルバンドが陥りがちなもの)の理想に反発すること」とともに綴られる。激情ハードコアとLingua Ignotaあたりをグレゴリオ聖歌やWARHORSEのようなフューネラル寄りドゥーム経由で接続しスラッジメタルで引き締めたような本作の音楽性は上記のような歌詞を一切聴き取れなくても訴求する力に満ちているが、両方の要素をあわせて参照することでより響くものになるだろう。KWはRoadburn 2019のステージを「これまでやった中で最も好きなショウ」と言っており(註6)、VILE CREATUREのように無名だが極めて優れたバンド(2020年末の時点で日本語で言及している記事やツイートは殆どない)を応援し注目を浴びる機会を与える場としてのRoadburnの意義や得難さが窺い知れる。サウンドだけみても今年屈指の内容だし広く聴かれてほしい傑作である。

 

 

註4

Femme Metal Webzine「VILE CREATURE – An Interview with Vic and KW」

(2020.7.9掲載)

https://www.femmemetalwebzine.net/interviews/vile-creature-an-interview-with-vic-and-kw/

 

註5

Metal Archives – VILE CREATURE

https://www.metal-archives.com/bands/Vile₋Creature/3540393546

 

註6

THE INDEPENDENT VOICE「Vile Creature Interview」

(2020.6.29)

https://www.theindependentvoice.org/2020/06/29/vile-creature-interview/

他にも下記記事など参照

https://www.chicagoreader.com/Bleader/archives/2017/06/15/queer-doom-duo-vile-creature-dont-have-time-for-melted-dickwads

https://www.vice.com/amp/en/article/6e4z3m/vile-creature-interview-2015

 

 

 

 

Neptunian Maximalism:Éons(2020.6.26)

 

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 Roadburnへの出演経験はないがその公式プレイリスト(Spotify)に選出され注目を浴びているバンドとして。Bandcamp(本作をオールジャンルの年間ベストに選出)の紹介記事でSunn Ra A)))rkestraと形容されているように、サン・ラがSunn O)))やSWANSを経由して芸能山城組と接続した感じの爆音ラージアンサンブルで、2時間余を心地よく聴かせるテンションコントロールが作編曲・演奏の両面において素晴らしい。東南アジアの民俗音楽に通じるパーカッションアンサンブルやフリージャズ~インド音楽的展開、ドローンメタルを介して70年代の暗黒ジャーマンロックに接続しているような多様な音楽要素はこの手のアヴァンロックには比較的よくみられるものだが、これがベルギー出身だということを考えると、UNIVERS ZEROやPRESENT(プレザン)、X-LEGGED SALLYのような偉大な先達がこの手の領域を既に開拓していたから当地からこういうバンドが出現すること自体は意外ではない一方で、この国の外で発生し確立されてきた要素ばかりを取り込み独自の形で融合活用している音楽なのだということも見えてくる。その意味で本作は多くの仮想の民俗音楽のように「ここではないどこか」を志向する音楽なのであり(「To The Earth」「To The Moon」「To The Sun」というチャプター名はこうした姿勢をそのまま表している)、混沌としてはいるが非常に聴きやすく仕上がっているのも明確なコンセプトやヴィジョンを持っているからなのだろう。小説『三体』やタイの地獄寺のサントラとしても実によく合う傑作。Roadburnの姿勢や雰囲気にも確かに通じる音楽だし、今後の出演やコラボレーションなどにも期待したいものである。

 

 

 

 

 

 

ビートミュージックメインストリーム

 

 

Ghostemane:ANTI-ICON(2020.10.21)

 

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 Ghostemaneはフロリダ出身のラッパー/マルチ楽器奏者/シンガーソングライター/ノイジシャンであるEric Whitneyが複数持つ名義のひとつ(そして最も有名なプロジェクト)で、ヒップホップ~トラップとエクストリームメタルを自然に融合する音楽性で注目を集めてきた。「残念ながら1991年生まれなのでデスメタル黄金期のパイオニアとなったバンド群、例えばDEICIDE、DEATH、CARCASS、MAYHEM(※これはブラックメタル)などは後追いで知った」「10代はATREYU、BENEATH THE SKY、AS I LAY DYINGのような2000年代前半のメタルコアにどっぷりハマり、20代にはハードコアの方に向かった」「その後、Dirty BoyzやBone Thugs、Three 6のようなダーティな南部のグループを通してヒップホップにのめり込んでいった」(註7)という経歴が示すように、Ghostemaneの音楽はエクストリームメタル(サンプリングも多用)とヒップホップ両方のエッセンスをサウンドの面でもフィーリングの面でも高度に融合しており(通称トラップメタル)、両ジャンルのファンからアクセスしやすいものになっている。過去作ではその配合が基本的にはトラップ寄りだったが、本作ではそのバランスがだいぶメタル(というかバンドスタイル)寄りにシフト。楽曲単位でもアルバム全体としても構成力やサウンドの威力が一気に高まり、殺傷力のあるポップアルバムとしての完成度や訴求力が一気に増しているように思われる。

 

 スラミングブルータルデスメタルと言われるバンド群やメタルコアのビートダウンパートを聴いてもわかるように、トラップの「BPMは遅めだが刻みは速い」「揺れが少なくカッチリしていて縦ノリしやすい」ビートはエクストリームメタルと共通する部分が非常に多く、メタルを全く通っていないトラップ方面のビートメイカーがメタル的にも楽しめるトラックを発表することも多い。そうした音楽的相性の良さに目を付けたメタル方面のバンド(BRING ME THE HORIZONなどもそこに含まれるだろう)がトラップ的なビートを取り込むようになったこともあって2つの領域(トラップ&メタルだけでなくメジャー&アンダーグラウンドも)は急接近し、この手の音楽に対するノリ方が全世界的に共有されていく。以上の全ての領域に精通しているGhostemaneがこのようなスタイルをうまくこなせるのはある意味当然だし、そういう立場にいるからこそ多彩なバックグラウンドを援用して自在に発展させていくこともできるのだろう。本作はトラップ的なビートを土台にしながらもトラップにありがちな定型的コード進行からは完全に離れたものになっており、ゴシックインダストリアル、ブラックメタル、ブルータルデスメタルなどを独自の形に融解錬成した楽曲群はSLIPKNOTの名盤『Iowa』にも通じる混沌とした豊かさを湛えている(しかも『Iowa』より格段にうまく整理された形で)。「自分にとってのアイコンとはアリス・クーパーマリリン・マンソン、ルポール(ドラァグクイーンのRuPaul Andre Charles)のような人達のことで、どこにでもいるようなYouTuberやTikTokerのようなものではない。自分はそんな“アイコン”にはなりたくない」(註8)という姿勢がよく反映された作品であり、NINE INCH NAILSやFEAR FACTORYの代表作にも並ぶような傑作といえる。

 

 ちなみに11曲目「Melanchoholic」のアウトロで流れるピアノの陰鬱な美旋律はブラックメタルの歴史的名曲であるMAYHEM「Freezing Moon」のメインリフを移調したもの。これまでも地下メタルファンであることをTシャツ着用姿などで度々示してきたGhostemaneのアンダーグラウンド精神はここに至っても健在で(※サマーソニックの2020年企画スーパーソニックで来日が予定されていたくらいの人気や存在感が既にある)、そうした領域の蓄積をメインストリームに吸い上げたうえで健全な循環を生み出そうとする姿勢は先掲のRoadburnにも通じるものがあるように思われる。

 

 

註7

Metal Insider「Interview:rapper Ghostemane talks death metal influence

https://www.metalinsider.net/interviews/interview-rapper-ghostemane-talks-death-metal-influences

 

註8

Kerrang!「How Ghostemane Is Changing The Fabric Of Heavy Music」

https://www.kerrang.com/features/how-ghostemane-is-changing-the-fabric-of-heavy-music/

 

 

 

 

Poppy:I Disagree(2020.1.9)

 

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 本作の音楽性を一言でたとえるなら「グライムスとマリリン・マンソンをデヴィン・タウンゼンドやPERIPHERY、100 gecsやTHE BEACH BOYSなどを介して接合したような音楽」という感じだろうか。デプレッシヴブラックメタルを連想させるアルバムジャケットからは想像もつかない華やかさと様々な意味でうるさい音響が完璧に自然に両立されていて、ポップス的な意味でもメタル的な意味でも極めてエッジーなのに聴きやすい。メタル出身でないアーティストがメタルを完全に理解したうえで現行ポップスと統合した作品として最高レベルの傑作だと思う。

 

 Poppyが影響を受けたアーティストはコーネリアスビョークNINE INCH NAILSYELLOW MACHINEGUNTHE BEATLESTHE BEACH BOYS、デボラ・ハリー(BLONDIE)、グウェン・ステファニー(NO DOUBT)、スージー・スー(SIOUXSIE AND THE BANSHEES)などで、人生で一番好きなアルバムを3枚挙げるならNINE INCH NAILS『The Downward Spiral』、コーネリアスFANTASMA』、AIR『Talkie Walkie』であるという(註9)。上記のようなアーティストの優れた和声感覚とヘヴィな音響構築は過去作でも別々に駆使されてきたが、本作ではそれらがともに飛び道具としてではなくメインの武器として併用されている。こうしたことが可能になった背景には、先述のトラップメタルのようなメタル側からポップスへの音響的接近だけでなく(ちなみにPoppyとGhostemaneは今年の7月10日に婚約を発表している:註8)、チャーリーXCXや100 gecsのようなハイパーポップ(註10)がポップスのラウドさの水準感覚を引き上げてきたことも少なからず関係しているのではないかと思われる。そうした音作りがPERIPHERYのようなジェント的サウンドなどもあわせて徹底的に磨き抜かれた結果デヴィン・タウンゼンド的な質感に至るのはとても興味深い。遊園地のアトラクション的に何も考えずに楽しめる一方で超絶的な作り込みとそれを可能にするバランス感覚が光る逸品。DREAM THEATERやTOXIKが好きなメタルファンとルイス・コールやTAME IMPALAが好きなポップスファンにともに抵抗なく薦められるこういう音楽はなかなかないし、本当に得難いポジションを撃ち抜くことに成功した傑作なのだと思う。

 

 

詳しくはこちら:

 https://twitter.com/meshupecialshi1/status/1277104908626350081?s=21

 

 

註9

シンコーミュージック『ヘドバン』Vol.27(2020.9.7発行)掲載インタビュー

 

註10

「hyperpopに関する雑記」

https://note.com/ssxxzzxxrr/n/n58caa3276fec

fnmnl「What is 「HYPERPOP」?  by tomad」

https://fnmnl.tv/2021/01/28/115465

パンデミック下に狂い咲く、破壊と越境の音楽「hyperpop」とは何か?

 https://note.com/namahoge_f/n/nb757230fd013


 

 

 

Code Orange:Underneath(2020.3.13)

 

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 今年最も注目されたアルバムの一つ。日本のメディアでも例えば『ヘドバン』Vol.26で巻頭カラーページでのクロスレビューとモノクロページでのインタビューによる特集が組まれるなど少なからず脚光を浴び、BRING ME THE HORIZONあたりと並ぶ“新世代の旗手”的なポジションで重宝される気配をみせている。しかし作品としてはそこまで整理洗練されてはおらず、“よくわからないが凄いことだけはハッキリ伝わってくる”感覚を非常に快適に伝える奇怪なポップミュージックと捉えるほうがうまく読み込めるようなものになっているとも思われる。

 

「俺たちはハードコア出身だけど、メタルやエレクトロニック・ミュージック、ヒップホップなどから影響を受けてきた。俺たちが誇りにしているのは、それを咀嚼して、独自のアイデンティティーを生み出していることだ。PANTERA、NINE INCH NAILSALICE IN CHAINSSLIPKNOT、CONVERGE、HATEBREED…、カニエ・ウエストからも影響を受けている。注意して聴けば、影響は明らかだろう。でも、俺たちは自分たちのフィルターを通して、CODE ORANGEの音楽として吐き出すんだ」(註11

「最近Spotifyで『From the Machine to the Street』というプレイリスト(註12)を作ってアップデートしたんだよ。俺はいつも何かを聴いていて、素晴らしいサウンドトラックになっているものも沢山あるし、素晴らしいフル・アルバムも沢山ある。INJURY RESERVEが出しているレコードも俺達はとても気に入っている。クラシックなもので俺達が大好きなのは、PANTERA、SLAYER、CELTIC FROSTといったバンドだし、俺が個人的に大好きなのはNINE INCH NAILSだ。俺達は沢山のものを聴いているよ。それから、ジャーマン・エレクトロニックのAMNESIA SCANNERの新しいレコード(「TEARLESS」)に参加したところなんで、俺は彼らもかなり聴いているよ。ファンタスティックなバンドだと思う。若いバンドでは、MACHINE GIRLが素晴らしい。とても風変わりなエレクトロニック・グループでね。VEINとJUDAS PIECEの2バンドは、これからが楽しみな最高のハードコア・バンドだよ。そういう風に、色々と沢山聴いている。」(註13

(発言者はともにフロントマンのジェイミー・モーガン

 

本作の音楽性はまさに上記コメントの通りなのだが、それはパーツ単位に分解した場合の話で、全体の構造はそれらからは全く想像もつかないような異様なものに仕上がっている。それこそALICE IN CHAINSNINE INCH NAILSに通じるNWOBHMグランジ系列のアメリカンゴシック的音進行が捻りなく繰り出される一方でその並べ方は既存の文脈を切り刻み無造作に配置しなおしているような印象もあるし、同時代のエレクトロニックミュージックの語彙を節操なく大量に援用する音響も、近年ひとつのトレンドになっている感のある「インダストリアル」というキーワードで括れるようでいて既存のインダストリアルメタルやインダストリアルノイズとは大きく異なる位相で構築されている。このようにありきたりな(レトロと言ってもいい)要素が並んでいるのに総体としては誰も見たことがないような風景が立ち現れる様子は『ブレードランナー』や『AKIRA』などの街並みを連想させるし、バンド自身がインタビューで掲げる「4D」「ホログラム」という語彙はこうしたことに通じるものでもあるのだろう。膨大な情報に包まれ高速で翻弄されながらもしっかり食らいついていく感覚を異常なまでに美しく解きほぐされた演奏および音響とともに堪能できる稀有のアルバムで、超ハイファイな闇鍋という趣の聴き味は他ではなかなか得られない。文句なしの傑作というのは難しいかもしれないが、そうやって困惑させられる部分も含め一つの路線のもとで突き抜け磨き抜かれてしまった作品だし、それがここまで大きな注目を浴びるポジションで発表されたこともあわせ、確かに何かの未来につながる重要作なのだろうと思う。

 

 

註11

シンコーミュージック『ヘドバン』Vol.26(2020.3.31発行)掲載インタビュー

 

註12

CODE ORANGE選曲のSpotifyプレイリスト

https://open.spotify.com/playlist/1mg2tw2cEdiJp8Ddq7ADIy

 

註13

シンコーミュージック『BASTARDS!』Vol.1(2020.9.20発行)掲載インタビュー

 

 

 

 

Run The Jewels:RTJ4(2020.6.3)

 

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 今年5月25日にアメリカ・ミネアポリスで起こった白人警官によるジョージ・フロイド殺害事件で再燃したBlack Lives Matter(以下BLM、起源はトレイヴォン・マーティン殺害事件に対する無罪判決が出た2013年7月13日)は全世界的に急速に広まったが、その傾向はメタル周辺の領域においては他ジャンルに比べかなり消極的だったように思われる。もちろん真摯に取り組む人も少なからずおり、LINKIN PARKのマイク・シノダはこのスローガンの起源(そもそも黒人(アフリカン・アメリカンやブラックなど様々に注意すべき呼称があるがここではあえてこう言う)の命が大切にされておらず社会的にも不当に扱われるシステムが構築されてきた背景があるからこそこの言葉が生まれそうした状況の是正を求めているのであって、“黒人の命だけが大切”と主張しているわけでは全くないということ)を丁寧に説明する動画を配信し(註14)、AVENGED SEVENFOLDのM.シャドウズは事件発生直後の6月3日にはBLMをサポートする旨の長文声明をアメリカのメタル専門誌REVOLVERに掲載(註15)、RAGE AGAINST THE MACHINEのトム・モレロはBLACK SABBATHの歴史的名盤『MASTER OF REALITY』のタイトルロゴジャケットをもじった『BLACK LIVES MATTER』Tシャツを着用して96歳の祖母とともにデモに参加(註16)、そのすぐ後にBLACK SABBATH公式がこのTシャツを公式通販開始する(註17)など、メジャーフィールドで他ジャンルと売上を競ってきたビッグな(そして他ジャンルのリスナーにも訴求するポップさをもつ)バンドは積極的な行動を起こしてきたが、メタルというジャンル全体でみれば言及する者は少なく、SYSTEM OF A DOWN のドラマーであるジョン・ドルマヤンが「BLMは民主党の資金集めとプロパガンダの素材だ」という発言を繰り返すようなことさえ起きている(註18)。音楽的にいえば確かにメタルはいわゆるブラックミュージック的なところから遠ざかる歴史を辿ってきたジャンルで、LIVING COLOURやSUFFOCATION、BLASPHEMYのような黒人メンバー主導のバンドがサブジャンルを代表する傑出した存在として重要な影響源になってきた経緯はあるにせよそれは稀な例外で、生活圏的にも文化圏的にも棲み分けと言っていいくらい隔絶された関係であり続けてきた。そういう背景を考えればBLM的なことに対する消極的な傾向(というか無関心)も残念ながら自然な反応ではあるのだが、その一方で、ループミュージックとしての音楽構造(註19)や演奏技術などの面でメタルはブラックミュージックから大きな恩恵を得てきたし、トラップメタルのようにビートミュージック成分の導入が増えてきた今に至ってはその度合いはさらに強くなり続けている。そもそもブラックミュージック的なものを一切聴かない(というか生理的に好まないように音楽嗜好を築き上げてきてしまった)メタルファンも多いので致し方ないところもあるわけだが、こういうある種の引きこもり傾向はやはり脱するべきなのではないかと思う。

 

 RUN THE JEWELSの本作は6月3日リリース。ジョージ・フロイド殺害事件を受け警察に対する抗議が破壊的な展開を生み始めていくなかでメンバーのキラー・マイク(ラッパーというだけでなく優れた社会活動家でもある)が5月29日に行った抑制的かつ感動的なスピーチの直後に予定を2日前倒ししてデジタルリリースされたアルバムで、公式ページではmp3音源を無料ダウンロードすることもできる。本作の音楽スタイルはハッキリ言ってメタルではないが、60~70年代のスウィートなR&Bソウルミュージックをサンプリングしつつハードコアパンク的なバウンス感や攻撃力を生むビート作りはメタルを聴く耳でもそこまで抵抗なく楽しめるだろうし、過去作に比べインダストリアルメタル度を増した感のある(ギターはほとんど入っていないはずなのにそういう質感になっている)サウンドはGhostemaneやPoppy同様に両ジャンルの接近傾向を示すものになっているのではないかと思われる。ゲストとしてザック・デ・ラ・ロッチャ(RAGE AGAINST THE MACHINE)やジョシュ・ホーミQUEENS OF THE STONE AGE、ex. KYUSS)が参加した本作は先掲メタル専門誌REVOLVERの年間ベストアルバム記事で第6位を獲得。これは原理主義/純粋主義的な立場からは受け入れがたいものだろうが、先述のような歴史や関係性から考えれば的外れとは言い切れないし、ジャンル外や“今の”社会状況ともしっかり関わる姿勢の提示として良いことなのではないだろうか。本作の得難い味わいのひとつになっている柔軟さと真摯さの両立はジャンルを駆動し存続させていく力としても重要なのではないかと思う。

 

 

註14

rockin`on .com - リンキン・パークのマイク・シノダ、「Black Lives Matter」の本来の意味を説明。「『All Lives Matter』に話をすり替えてはいけない」

(2020年6月3日掲載)

https://www.google.co.jp/amp/s/rockinon.com/news/detail/194233.amp

 

註15

REVOLVER「AVENGED SEVENFOLD`S M.SHADOWS: WHY I STAND WITH THE “BLACK LIVES MATTER” MOVEMENT」

(2020年6月3日掲載)

https://www.revolvermag.com/culture/avenged-sevenfold-m-shadows-why-i-stand-with-black-lives-matter

 

註16

インスタグラムのtommorelloアカウント

(2020年6月8日投稿)

https://www.instagram.com/p/CBJ6IoYj-mB/

 

註17

BLACK SABBATH公式の通販ページ

(2020.12.22現在も同Tシャツは購入可能)

https://blacksabbathapparelshop.com/products/black-lives-matter-t-shirt

 

註18

AP「SYSTEM OF A DOWN DRUMMER CALLS BLACK LIVES MATTER A “PROPAGANDA TOOL”」

(2020年7月7日掲載)

https://www.altpress.com/news/system-of-a-down-drummer-dismisses-black-lives-matter-movement/

SYSTEM OF A DOWNの場合はルーツであるアルツァフ共和国に対するアゼルバイジャンとトルコの非人道的行為についての全世界の関心喚起を目的に15年ぶりの新曲をBandcampで公開(2020.12.22時点で該当ページは消失)しており、そういった行動に出るバンドの一員がこうした主張をしてしまう(バンドとしての活動はほとんど行われていないため意見の一致しない部分も多いだろうにしろ)ところに問題の難しさや根深さが見てとれてしまうというのはある。

https://jasonrodman.tokyo/system-of-a-down-speaking-out-for-artsakh/

 

註19

拙ブログ:「ブラックメタル」のルーツを探る(欧州シーンを通したブルース感覚の変容)

http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2015/03/27/050345

 

註21

REVOLVER「25 BEST ALBUMS OF 2020」

https://www.revolvermag.com/music/25-best-albums-2020

 

 

 

 

Duma:Duma(2020.8.7)

 

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 ケニア・ナイロビを拠点とする電子音楽デュオの1stフルアルバム。東アフリカなどの複雑なビートをグラインドコア近傍のパワーエレクトロニクスと融合したような音楽性で、複雑にねじれた構造を余計なことを考えさせずに楽しませる機能的快感とそれに並走して滲み出る独特な人間的味わい深さが素晴らしい。メタルというには変則的な音楽性ではあるけれどもこの領域から出てきたものとしては間違いなく今年屈指の傑作といえる。

 

 本作は確かに傑出した作品だが、メタル内外の多くのメディアの年間ベストに選ばれるなど大きな注目を浴びることになったのはBandcampの猛プッシュによるところが大きいように思われる。Album of the Day(註22)こそ逃したものの発売直後に貴重なインタビュー記事(註23)を掲載、8月のメタル関係ベストアルバム(註24)に挙げた上に夏季総合ベスト(註25)にも掲載、年末のベスト記事企画では電子音楽註26)と総合(註27)で選出するに至った。Bandcampはもともとインディペンデントな活動をするミュージシャンの発表のプラットフォーム(ダウンロード販売とフィジカル通販の両方に対応)として便利なだけでなく優れたスタッフ達が日々連投する記事群(個別作品のレビューだけでなくジャンルや地域に関する論考も多数)も異様に充実しており、未だ見ぬ素晴らしい作品を追い求める音楽ファンたちの理想的なディグの場となってきたのだが、今年のコロナ状況を受けたBandcamp Fridays(事前予告された金曜日には手数料がゼロになり作品の売上金がアーティストに全額支払われる)の話題性などもあって注目度がさらに上昇。Bandcampでしか発表されていない作品が各所メディアの年間ベストに入る機会も増えており、本作はその好例といえるのではないかと思われる。

 

 Dumaはメンバーがケニアのメタルシーン出身であるためメタル方面に絡めて語られることが多いが、文脈としては隣国ウガンダを代表する先鋭的なDIYレーベルNyege Nyege Tapes(註28)の方が重要で、ここ主催の音楽フェスNyege Nyege Festivalに参加した現地のライターが予備知識なしに観て惚れ込み紹介記事を書いた(註29)のが発火点となり、ジャンルを越えて注目される機会を次々に獲得していった。同レーベル発の傑作Duke『Uingizaji Hewa』あたりに通じる異常な運動神経の高さを示しつつ確かにメタル由来と思われる微妙な体の固さを伴うグルーヴ表現や音響は“よくわからないが凄いことはハッキリ伝わってくる”理屈抜きの魅力に満ちており、何度聴いても飽きない不思議な奥行きを備えてもいる。メインストリーム(メタルでいえば米英や北欧)から離れているからこそルールに縛られにくくなり奇妙かつ自在な配合を編み出しやすくなるという傾向を最高の形で示す作品で、それだからこそ得られるジャンル越境的な訴求力が様々なメディアを通し連鎖的な波及効果を生んでいった例としても興味深い。様々な意味で今年を代表する作品の一つである。

 

 

詳しくはこちら:

 https://twitter.com/meshupecialshi1/status/1292496075245248512?s=21

 

 

註22

Bandcamp:Album of the Day(公式リンク集)

その日にリリースされた全ての作品から最推しの一枚を選びレビューする名物企画。個人の年間ベスト記事を見て「全然知らなかったけど素晴らしいな」と思うアルバムがあったらその情報源は(間接的にでも元を辿れば)ここであることが多いはず。

https://daily.bandcamp.com/album-of-the-day

 

註23

Bandcamp:Features – Duma Shines A Light on Underground Kenyan Metal

(2020.8.13掲載)

https://daily.bandcamp.com/features/duma-duma-interview

 

註24

Bandcamp:The Best Metal on Bandcamp August 2020

(2020.8.31掲載)

https://daily.bandcamp.com/best-metal/the-best-metal-on-bandcamp-august-2020

 

註25

Bandcamp:The Best Albums of Summer 2020

(2020.9.25掲載)

https://daily.bandcamp.com/best-of-2020/the-best-albums-of-summer-2020

 

註26

Bandcamp:The Best Electronic Albums of 2020

https://daily.bandcamp.com/best-of-2020/the-best-electronic-albums-of-2020

 

註27

Bandcamp:Best of 2020: The Year`s Essential Releases

オールジャンルベストだけでも5つあるうちのメイン記事に掲載

(2020.12.18掲載)

https://daily.bandcamp.com/best-of-2020/best-of-2020-the-years-essential-releases

 

註28

Resident Advisor「Nyege Nyege:東アフリカの新しい波」

https://jp.residentadvisor.net/features/3127

 

註29

PEOPLE`S STORIES PROJECT「ENTER THE DARKNESS: DUMA`S REFLECTIONS ON A METAL SUB-CULTURE」

https://www.psp-culture.com/music/enter-the-darkness-dumas-reflections-on-a-metal-sub-culture

 

註30

Tone Glow「025: Duma」

(2020.8.4掲載)

https://toneglow.substack.com/p/025-duma

 

 

 

 

 

 

ニューヨーク周辺の越境シーン/人脈

 

 

John Zorn:Baphomet(2020.6.26)

 

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 今年の6月22日、Rolling Stone誌のwebメディアにとんでもない記事が掲載された(註31)。ジョン・ゾーンの最新作『Baphomet』に関連して30年以上にわたる越境キャリアを4章構成(Spy vs SpyからNaked City、Painkiller、MR. BUNGLE人脈、近年の新世代)15000語(英語のペーパーバックでいえば30ページに達する)で総括する超長文記事で、デイヴ・ロンバード(ex. SLAYER)やNAPALM DEATH周辺、山塚アイ、NYジャズ人脈の証言も交えて膨大な情報量を整理する手際が驚異的に素晴らしい。著者は同誌の音楽関連シニアエディターを務めるHank Shteamerで、この人は2011年にはアンダーグラウンドメタルの有力メディアInvisible Orangesでジャズ-メタル越境重要人物たちのインタビューシリーズを連載しており(註32)、そうした蓄積および研究がこの記事で一つの結実をみたのだともいえる。内容に関しては興味深い話が多すぎるので記事そのものを読んでいただくとして、フリージャズ方面のサックスプレイヤーとして知られるゾーンがニューヨークのバワリーにあった伝説的ライヴハウスCBGBハードコアパンクに衝撃を受け、黎明期グラインドコアデスメタル、日本のアンダーグラウンドシーン(長期滞在していた時期あり:註33)などにのめり込みつつあらゆるジャンルを越境してきた背景には、変化を求め続ける性向、膨大な文脈を掘り続ける欲求、それらを瞬間的に結びつける即興演奏、以上を統括し接続するものとしての“速度”への志向があるということが記事全体の軸として示され、そうして得られた持ち分を的確に伝え後進を育てるゾーンの教師としての存在感もあわせ、かれらが開拓してきたジャズ外の領域(これまで具体的に示される機会がほとんどなかった)に光があてられている。今まで語られてきたジャズとメタルの接点というと、アラン・ホールズワースからMESHUGGAHを経由して現代ジャズ(ティグラン・ハマシアンやキャメロン・グレイヴスなど)に至るラインがここ数年で両サイドから知られるようになってきたくらいで、基本的にはあまり関係のあるものとして認識されていないようなのだが、ゾーンに薫陶を受けたミュージシャンの中にはニューヨークの音楽シーンでジャズとメタル両方のバンドで活動している人も複数存在し、そこが結節点となって新しい音楽や人脈が形成されていく流れが確かにある。今年のメタル関係ベストアルバム記事群で注目を集めたIMPERIAL TRIUMPHANTなどはその筆頭だし、注目し辿っていく必要性は今後さらに高まっていくのではないかと思われる。

 

 本作『Baphomet』は、CDの帯(ゾーンのレーベルTZADIKは日本盤を模した帯を付け続けている)に「『Baphomet』は傑作だ!(中略)ハードコアパンクプログレッシヴメタル、ジャズを接続するネクサス(結びつき・集団などの意)を30年かけて探究してきたゾーンにとって、『Baphomet』は勇気ある新たな一歩であり、壮大な集大成でもある。必須!」(註34)とある通りの音楽性で、KING CRIMSON的な不協和音遣いをするハードコアパンク系列のリフ(80年代の音楽的に捻りのあるハードコアはだいたいそうだしTHE DILLINGER ESCAPE PLANのようないわゆるカオティックハードコアもその流れにある)を同じくKCの影響下にあるOPETHジャズロックスタイルに通じる静謐なパートと並置、双方に通じる構造や在り方を備えるストラヴィンスキー的な和声感覚および変則拍子をもって統合し、その上でKCの歴史的名盤1stに通じるサウンドプロダクションで仕上げた感じの1曲39分構成になっている。ゾーンは作編曲と指揮のみ、演奏はジョン・メデスキ(クラヴィネットとオルガン)、ケニー・グロースキ(Kenny Grohowski、ドラムス)、マット・ホレンバーグ(Matt Hollenberg、ギター)からなるバンドSimulacrumが担当。非常に完成度の高い作品で、構造の面でも演奏ニュアンスの面でも繰り返し聴くほどに味が増すし、そうすることで感覚的につかめてくる“全体としての居心地”そのものが特異な個性になっている傑作なのだと思う。TZADIKはごく一部のDL販売サイトを除きデジタルリリースを全く行っていない(もちろん各種サブスクリプションサービスには配信されていない)ので手軽にアクセスできないのが残念だが、このシーンに興味があればぜひ聴いてみてほしい作品である。

 

 

註31

Rolling Stone「‘He Made the World Bigger’: Inside John Zorn`s Jazz-Metal Multiverse」

https://www.rollingstone.com/music/music-features/john-zorn-jazz-metal-interview-naked-city-1015329

 

註32

Invisible Oranges「Heavy Metal Be-Bop」シリーズ

全10回の記事へのリンクは下記スレッド参照

https://twitter.com/meshupecialshi1/status/1310138067743727617?s=21

 

註33

Jazz Tokyo No.272「#161 ニューヨークからせんがわまで~巻上公一ヒカシュー)インタビュー」

https://jazztokyo.org/interviews/post-19170

 

註34

TZADIK公式『Baphomet』紹介ページ

http://www.tzadik.com/index.php?catalog=8372

 

 

 

 

Titan To Tachyons:Cactides(2020.8.14)

 

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 ORBWEAVERやGIGANといったプログレッシヴなデスメタルバンドに参加してきたギタリスト(後者ではライヴのみのセッションプレイヤー)サリー・ゲイツがケニー・グロースキ(ドラムス)、マット・ホレンバーグ(Bass Ⅵという表記なので6弦ベースまたはギターで低域を担当ということだろう)と結成したインストバンド。前項でふれたようにケニーとマットはジョン・ゾーン作品を度々演奏してきたSimulacrumのメンバーであり、音楽面で直接の影響関係があるかどうかはともかく人脈的には確実に接続している。本作の音楽性を一言でまとめるなら“GORGUTSやEPHEL DUATHのような現代音楽寄り和声感覚をもつエクストリームメタルの語彙を用いてKING CRIMSONの『Starless And Bible Black』と『The ConstruKction of Light』の間にあるような渋く複雑なアンサンブルを繰り広げる”という感じだろうか。楽曲構成は作曲と即興のミックスで、サリーが全曲をギターで作曲した上で他の2人が各自のパートを追加、そこからさらにスタジオでのジャムセッションでアイデアを拡張していったとのこと(註35)。結果として、細部まで緻密に書き込まれた構造的強度と勢いある閃きが自然に両立され、異形ながら艶やかな構成美を生み出している。ドラムスのフレーズ(特にバスドラ)や各楽器のサウンドプロダクションは明らかにメタル寄りだが全体的な聴感はむしろ現代ジャズに近く、メタルを全く聴かないそちら方面のリスナーにも訴求する内容になっているのではないだろうか。マットが所属するCLERIC(初期MESHUGGAHをカオティックハードコア化した上でフリージャズと混ぜたような凄すぎるバンド)やケニーが所属するIMPERIAL TRIUMPHANT(後述)に通じるエクストリームメタルの技法が随所で駆使されているのに音作りを柔かめにすればラウンジジャズとしても通用するような落ち着きぶりがなんとも不気味で、それが得難い個性にもつながっているように思われる。

 

 本作は『ツイン・ピークス』に強くインスパイアされているという(註36)。これは最終曲「Everybody`s Dead, Dave」に客演しているトレヴァー・ダンが全面参加したダン・ウェイス(Dan Weiss:CONFESSORやGORGUTS、MESHUGGAHなどから大きな影響を受けたジャズドラマー)の連作『Starebaby』『Natural Selection』も同様だし、そのトレヴァー・ダンとMR.BUNGLEの同僚マイク・パットンが結成したFANTôMASは劇伴音楽カバー集『The Director`s Cut』で「Twin Peaks: Fire Walk With Me」を扱っており、このドラマ/映画シリーズが暗い音楽表現にもたらした影響の大きさや複雑な和声感覚を活用する場としての魅力が窺い知れる。先述の不気味な落ち着きぶりなどはそういったことと併せて吟味することで初めて理解が深まっていくものでもあるのだろう。何度繰り返し聴いても掴みきれないもどかしさもあるが永遠に飽きようのない奥深さもある。そういった感覚がアルバムの居心地として饒舌に表現されている稀有の作品。傑作だと思う。

 

 

註35

THE FAMILY REVIEWS:Meet Sally of Titan to Tachyons

(2020.10.4掲載)

下記URLは正しいはずだがこれを踏んでも該当ページに行けない(We Couldn`t find…となる)のでタイトルで検索することをお勧めする

https://www.google.co.jp/amp/s/www.thefamilyreviews.com/interviews/titan-to-tachyons%3fformat=amp

 

註36

THE FAMILY REVIEWS:Titan to Tachyons

上と同じくタイトル検索する必要あり

https://www.thefamilyreviews.com/interviews/titan-to-tachyons?format=amp#click=https://t.co/B3lZX4Eep0

 

 

 

 

Mr. Bungle:The Raging Wrath Of The Easter Bunny Demo(2020.10.30)

 

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 MR. BUNGLEというと一般的には「FAITH NO MOREのマイク・パットンの別バンド」程度にしか認識されていないと思われるが、先掲のジョン・ゾーン総括記事(註31)でも詳説されているようにメンバーはいずれもこのシーンで非常に重要な役割を果たしてきた。Metal Archives(註37)に各人の経歴が概ね網羅されているのでそれを参照していただくとわかりやすいのだが、特異かつ強力なパフォーマンスで名ボーカリストとして知られるマイクだけでなくトレヴァー・ダン(ベース)やトレイ・スプルーアンス(ギター)も数々の重要バンド/プロジェクトに参加してきており、トレヴァーはマイクの音楽的パートナー(多くのバンドで正メンバーを務めている)としてだけでなくジャズ方面の名プレイヤーとして活躍(ジョン・ゾーンやネルス・クラインとは共演歴が特に長い)、トレイも自身のリーダーバンドSECRET CHIEFS 3(註38:作品ごとに様々な編成をとるのでソロプロジェクトというほうが正しいのかもしれない)でジャンル越境的な共演を繰り返し豊かな人脈の結節点になっている。そうした音楽的バックグラウンドや卓越した演奏表現力を十全に活かした作品群はいずれも極めて強力で、90年代に発表した3枚のフルアルバムはポップミュージックとエクストリームメタルの間を過剰なブラックユーモアで反復横跳びするような無節操な音楽性(これもゾーンの影響が大きいようだがしっかり別物になっている)で“アヴァンギャルドなメタルの聖典”的に信奉されている。アメリカのメタル~ジャズ近傍地下シーンを俯瞰するにあたっては必須の資料だし、フランク・ザッパの名盤群にも通じる味わいと強度を備える傑作ばかりなので、興味がある方はぜひ聴いておかれるのがいいと思う。

 

 本作は2004年の解散から15年を経た再結成に伴い発表された4thフルアルバムで、上記の3人にデイヴ・ロンバード(SLAYERの名盤群に参加した最高位のスラッシュメタルドラマーとして知られるが先述のようにジョン・ゾーン人脈であり現在はアヴァンギャルド方面の活動が主)とスコット・イアン(ANTHRAXのリーダーでありスラッシュメタル史上屈指の名リズムギタリスト)が参加した5人編成で1986年発表の1stデモを再構築するかたちで制作された。活動の経緯は先頃公開されたトレヴァーの素晴らしい日本語インタビュー(註39)に詳しいのでそちらを読んでいただきたいが、「『The Raging Wrath~』を再レコーディングしたポイントは、35年前にやったことでも、今でも俺たちの心の隅に留まり続けている何かを尊重し、祝福するためだということなんだ」とあるように、複雑に拡散していく前の素材を現在のミュージシャンシップをもって万全な状態に仕上げるのが主な動機だった模様。そのため音楽的には以降の作品群に比べ格段にシンプルなのだが、もともとの楽曲がクロスオーバースラッシュ(ハードコアパンクスラッシュメタルが混ざり両方の特性を併せ持つスタイル)だったわけで、このバンドならではのジャンル越境性はここにも確かに根付いている。そうした按配の作編曲をこのなんでもできてしまうメンバーがストレートにこなす(デメトリオ・ストラトス巻上公一にも通じる特殊発声でソロ声アルバムをも発表してきたマイクが変化球を投げず“吐き捨て声”スタイルに徹するなど)からこそ可能になる演奏はどこをとっても極上で、DBCやLUDICHRISTのような名バンドにも勝るとも劣らない最高級の内容になっている。今年のスラッシュメタル関連音楽では間違いなくNo.1といえる傑作。歴史的にも非常に貴重で重要な一枚だと思う。

 

 

註37

Metal Archives - MR. BUNGLE

https://www.metal-archives.com/bands/Mr._Bungle/1381

 

註38

SECRET CHIEFS 3のWikipediaに参加ミュージシャンの一覧あり

https://en.wikipedia.org/wiki/Secret_Chiefs_3

 

註39

AVE - CORNER PRINTING「Interview - MR. BUNGLE – Trevor Dunn」

https://ave-cornerprinting.com/mr-bungle-10302020/

 

 

 

 

Krallice:Mass Cathexis(2020.8.7)

 

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 KRALLICEは「ポストブラックメタル」と呼ばれるサブジャンル名が定着し始めた頃にALCESTやDEAFHEAVN、LITURGYやFENなどと並んで注目されたバンドで、プリミティヴブラックメタルサウンドアンビエントに寄せ薄靄のように幽玄かつリリカルな音響を描く「アトモスフィリックブラックメタル」を超絶技巧(ブラックメタルには一般的には似つかわしくないレベルでの)をもって異化する初期作品のイメージが今でも強いようだが、シーンにおける功績や影響力はそれとはまた異なるところにあるように思われる。2008年からは同じラインナップを保つ所属メンバー達はいずれも10以上のバンドを渡り歩いてきた(または維持している)卓越したプレイヤーで(註40)、特に創設メンバーであるコリン・マーストンの仕事ぶりは本当に凄まじい。BEHOLD... THE ARCTOPUSやDYSRHYTHMIAといったプログレフュージョン系メタルを代表する超絶技巧バンドに所属するだけでなく、現代音楽的和声を駆使するプログレッシヴ/アヴァンギャルドデスメタルの神として君臨する名バンドGORGUTS(註41)に加入し歴史的名盤『Colored Sands』以降の活動を支えるほか、昨今のテクニカル系デスメタルのうち名のあるものにはエンジニアとしてだいたい関与している膨大なスタジオワークなど(註42)、この人がいなければこのシーンはまわらないと言っていいくらい重要な役割を担い続けている。特にIMPERIAL TRIUMPHANTとPYRRHONにはほぼ全ての作品で関与しており、特異なヴィジョンの具現化を助ける名裏方として大きな信頼を得ていることが窺える。そうした仕事を通して得たシーンの動向把握や音楽知識も測り知れないくらい多いだろうし、それをアイデアの源として発展変容し続けるKRALLICEの音楽が興味深いものになるのは当然なのだといえる。

 

 フルアルバムとしては3年ぶり8枚目となった本作は8月7日のBandcamp Friday(Bandcamp公式が仲介手数料を放棄し売上を全て渡す日ということもあって新作の公開をここに合わせてくるミュージシャンも多い)に先行リリース。それから今(2020.12.24)に至るまでSpotifyApple Musicのようなサブスクリプションサービスで配信されていないこともあっていまいち注目されていないようだが、本当に素晴らしい内容になっている。TIMEGHOULやNOCTURNUSが土台を築き上げBLOOD INCANTATIONが主な構成要素の一つとして援用したことで注目を浴びつつあるコズミックデスメタル、EMPERORやLIMBONIC ARTに連なる宇宙的なシンフォニックブラックメタル、VED BUENS ENDE...や一時期以降のDODHEIMSGARDに連なる現代音楽~フリージャズ寄りのアヴァンギャルドブラックメタル、GORGUTSに連なるテクニカルなデスメタル、そしてそれら全てに大きな影響を与えたVOIVODなど、様々なタイプ/文脈の複雑かつ滋味深い和声感覚が見事に解きほぐされた上で溶け合わされ、見る角度によって異なる配合で知覚されるプリズムのようなかたちで並列融合しつつ、それらのいずれの亜流にもならず薫り高い個性を確立している(4曲目「Aspherance」が特にわかりやすいが他の曲も各々異なるバランスで上記すべての要素を掛け合わせている)。しかもその上で過剰に入り組んだ印象がなく非常に聴きやすいのが好ましい。今年はCRYPTIC SHIFTやULTHAR、VOIDCEREMONYなどコズミックデスメタル系統の優れたアルバムが多数輩出されたが、KRALLICEの本作はそれらを数段上回る極上の出来なのではないかと思う。このバンドの並外れた文脈接合能力が人脈的にも音楽的にもよく示された傑作である。

 

 

註40

Metal Archives – KRALLICE

https://www.metal-archives.com/bands/Krallice/3540258039

 

註41

GORGUTSの絶対的リーダーであるLuc Lemayの音楽遍歴については拙ブログで詳説

https://progressiveundergroundmetal.hatenablog.com/entry/2017/05/04/131420

 

註42

Metal Archives – Colin Marston

https://www.metal-archives.com/artists/Colin_Marston/8454

 

 

 

 

Imperial Triumphant:Alphaville(2020.7.31)

 

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 IMPERIAL TRIUMPHANTはニューヨーク(以下NY)を拠点に活動するテクニカルなブラックメタル出身バンドで、初期は19世紀クラシックの和声感覚と複雑な展開を混ぜ合わせたような比較的オーソドックスな音楽をやっていた。そこから大きな路線変更がなされたのが2015年発表の2ndフル『Abyssal Gods』で、創設者/リーダーであるザッカリー・イルヤ・エズリン(Zachary Ilya Ezrin:Cal Artsで作曲の学位を得たクラシック音楽寄りプレイヤー)、2012年に加入したケニー・グロースキ(Kenny Grohowski:New Schoolでジャズ・パフォーマンスの学位を得たドラマー、前項までで何度かふれたようにジョン・ゾーン人脈)、そして2015年に加入したスティーヴ・ブランコ(Steve Blanco:Suny Purchaseでジャズ・パフォーマンスの学位を得たベーシスト、ジャズ方面ではむしろピアニストとして有名)というトリオ編成になったことにより楽曲構造が大幅に複雑化。それをうけて制作された2018年の3rdフル『Vile Luxury』はGORGUTS系統の現代音楽寄りデスメタルを40~60年代ジャズ(プレモダンからコーダル/モーダルまで)の和声感覚とブラックメタル+ジャズ的な演奏表現で悪魔改造したような音楽性で、入り組んだ展開をすっきり聴かせる驚異的な構成力もあって様々なメタル系メディアの年間ベストに選出されることになった。メンバーが特に影響を受けたというジャズのアルバムは、マイルス・デイビス『Nefertiti』、ジョン・コルトレーン『Interstellar Space』、セロニアス・モンク『Monk`s Dream』、デューク・エリントン『Money Jungle』、ベン・モンダー『Hydra』で(註43)、確かにこの5枚の和声感覚や静謐かつハードコアなアンサンブル表現、そして複雑な変拍子遣い(例えば「Lower World」はそのまま『Hydra』に通じる)を足し合わせれば『Vile Luxury』になると言ってしまえる感もある。壮大ながら柔らかい肌触りもあるシンフォニックサウンド金管プレイヤー5名やYoshiko Ohara(BLOOY PANDA)のような現地の優れたミュージシャンを多数招いたからこそ実現できたものでもあり、KRALLICEのコリン・マーストンの素晴らしい音作りなどもあわせ、NYという地域の特性が様々な面において反映されたものだと言える。事実、バンド自身にとってもNYは音楽表現における主要なテーマであるようで、今年発表された最新作である4thフル『Alphaville』に関するインタビューで「前作『Vile Luxury』はNYへのオマージュだったが『Alphaville』はそのテーマの延長線上にあるのか」と問われたイリヤは「ある意味ではね。我々はNYのバンドだし、我々の曲の多くはNYの街をテーマにしている。自分が知っていることを書くのが一番だと思うし、ここは自分の人生の中で一番の故郷なんだ」と答えている(註44)し、別のインタビューでも、「IMPERIAL TRIUMPHANTの音楽はNYの活気と威厳からどれほどのインスピレーションを得ているのか」と訊かれて「活気と威厳、そしてその下にある不潔さと腐敗からインスピレーションを得ている。観光客でも認識できる刺激的な二面性があり、我々はそれを自分達の音楽に可能な限り反映させようと試みている」と答えている(註45)。このシーンにおける現代メタル-ジャズ間越境の象徴ともいえる立ち位置にいるバンドなのである。

 

 本作『Alphaville』のアルバムタイトルはジャン・リュック・ゴダールの1965年公開映画『アルファヴィル』からとられたもので、「第1の都市」という意味のタイトルを良い意味でも悪い意味でもニューヨークに重ね合わせ主題にしているのだという(註46。「ゴダールは大きなインスピレーションの源」「我々はフィルム・ノワール(1940~50年代に流行した犯罪映画のジャンルで、アメリカ社会の殺伐とした都市風景や虚無的な雰囲気を描写する)のメタルバンドなんだ」「ニューヨークは我々の主なインスピレーション源だが、こうしたアイデアはどんな大都市にも適用できる。そういった場所には闇があり、フィルム・ノワールは闇と光のコントラストを扱っている」とのことで(註47)、例えば原爆実験や第二次世界大戦後の世界情勢をテーマとした「Atomic Age」の冒頭にバーバーショップカルテット(男声4声合唱:20世紀冒頭に流行してから一度は廃れたのち1940年代に復活し現在につながるスタイルを確立)が出てくるのは、こうしたテーマを発想の源として音楽表現を探究する姿勢の表れなのだと言える。作曲は2018年から始まり、1曲ごとに異なるプロセスを経て完成。基本的にどの曲も異なるストーリーを描いており、1人のメンバーが完全に構築した楽譜をもとに演奏されたものもあれば、リハーサルスタジオに持ち込んだ1つのリズムを元にして数か月間お喋りしながら作ったものもあるという(註45)。イリヤが「曲を書くことよりも曲を精査することに多くの時間を費やしている。初めて聴いた人にも理解できるような曲になるまで、構成を捻ったり調整したりしている」(註48)と答えるように、例えば61拍子(4+4+3+4、4+4+3+3、4+4+3+4、4+4+3+3+3)メインで展開する「Atomic Age」などでも意外なほど小難しい印象が生まれない。こうした点において、イリヤの発言「デスメタルも好きなんだけど、自分にとってデスメタルは常にブルータルさ(残忍さ)と技術的熟練が必要で、それに対してブラックメタルは自分が良いか悪いかなんて気にせず、自分達が目指す雰囲気を表現するだけなのがいい」(註45)とスティーヴの発言「即興は音楽を作る上でとても自然なことで、構造を生み出し(作曲を行い)その周囲で作曲(ここでは“即興”=その場その場での瞬間作曲を指すと思われる)をする必要がある。巧妙で思慮深いパートと即興のバランスは好みの問題」(註46)には相通じるものがあり、ジャズとある種のブラックメタルとの在り方レベルでの相性の良さが示されているのではないだろうか(これはVED BUENS ENDE...やVIRUSといった偉大なる先人の作品についても言える)。サンタクルーズでのライヴを観て感銘を受けプロデュースを申し出た(註44・45)トレイ・スプルーアンス(MR. BUNGLE)はSECRET CHIEFS 3でケニーと共演経験があり互いをよく知っていたこともあって素晴らしい仕事をしているし、演奏経験がなかったという太鼓で卓越したパフォーマンスをしているトーマス・ハーケ(MESHUGGAH)をはじめとしたゲスト陣や、ボーナストラックとして収録されているVOIVODおよびTHE RESIDENTSのカバーなど、様々な文脈がこの1枚のアルバムの中で消化不良を起こさずに並列示唆されている。混沌とした豊かさを損なわずに聴きやすくまとめあげた作品で、個人的には“新しさ”という面ではKRALLICEやTITAN TO TACHYONSに比べ微妙というかレトロフューチャー志向の良さと悪さが両方出ている音楽性だと思うのだが、未知ではないかもしれないが未踏の境地を切り拓く傑作だということは言える。「過去現在を問わず誰かをゲスト参加させることができるとしたら誰を呼ぶか」と問われてペンデレツキとスコット・ウォーカーの名を挙げ、「もし誰とでもツアーができて世界中のどこにでも行けるとしたら誰とステージを共有したいか」という質問に対しては1974年のLED ZEPPELINとともに海王星・火星・UKを回りたいと答える博覧強記のバンド(註48)。これからも興味深い達成をし続けてくれるに違いない。

 

なお、これまでのキャリアの中で最も印象に残っている瞬間は何かと問われたイリヤは、ヨーロッパにおけるデビュー公演の一つとなったRoadburn 2019のステージを挙げている(註45)。アンダーグラウンドシーンは地下水脈のように繋がり世界規模で良い影響を及ぼしあっているのだということがこうしたところでもよく窺える。

 

 

註43

DECIBEL「Imperial Triumphant List Their Top 5 Jazz Albums」

(2018.10.8掲載)

https://www.decibelmagazine.com/2018/10/08/imperial-triumphant-black-metal-jazz

 

註44

REVOLVER「HOW IMPERIAL TRIUMPHANT GOT MR. BUNGLE AND MESHUGGAH MEMBERS FOR WILD NEW ALBUM」

(2020.7.1掲載)

https://www.revolvermag.com/music/how-imperial-triumphant-got-mr-bungle-and-meshuggah-members-wild-new-album

 

註45

ech(((10)))es and dust「INTERVIEW: ZACHARY ILYA EZRIN FROM IMPERIAL TRIUMPHANT」

(2020.8掲載)

https://echoesanddust.com/2020/08/zachary-ilya-ezrin-from-imperial-triumphant/

 

註46

SCENE POINT BLANK「Interviews: Imperial Triumphant」

(2020.8.6掲載)

https://www.scenepointblank.com/features/interviews/imperial-triumphant/

 

註47

NEW NOISE「Interview: Steven Blanco of Imperial Triumphant」

(2020.7.31掲載)

https://newnoisemagazine.com/interview-steven-blanco-of-imperial-triumphant/

 

註48

THE INDEPENDENT VOICE「Interview with Imperial Triumphant」

(2020.8.30掲載)

https://www.theindependentvoice.org/2020/08/30/interview-with-imperial-triumphant/

 

 

 

 

Liturgy:Origin Of The Alimonies(2020.11.20)

 

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  KRALLICEの項冒頭でもふれたように、LITURGYは「ポストブラックメタル」と呼ばれるサブジャンル名が定着し始めた頃に特にDEAFHEAVNなどと並び注目を浴びたバンドである。同系統のバンドと比べ特異だったのは演奏表現における異常なテンションの高さで、教会音楽に通じる神聖風味なシンフォニックサウンドを粗い音質と直情的なアンサンブル(これは名ドラマーGreg Foxによるところが大きい)と掛け合わせて具現化する様子にはSOLEFALDあたりにも通じる“キレた天才”感があり、明るく穏やかな美旋律+絶叫というポストブラックメタル~ブラックゲイズ(ブラックメタルシューゲイザーという音響面では近いものがありつつ文脈的には全く離れたところにあった2ジャンルを融合したスタイル)を好まない原理主義的なブラックメタルファンにも初期は比較的好意的に聴かれていたように思う。そこにケチがついたのがPitchforkでの高評価(註49:2011年発表の2ndフル『Aesthethica』は8.3点を獲得)による“ハイプ”な印象の強化と2015年発表の3rdフル『The Ark Work』の未洗練な仕上がりで、特に後者は初期の発狂的な疾走感を削いで入り組んだ曲構成を開拓したはいいものの演奏ニュアンス面での適性や音作りがそれにそぐうかたちになっておらず、個性的で興味深いけれども直感的な訴求力には欠けるものとしてあらゆる方面から微妙な問題作扱いされることになった。その後作品を発表しない期間が続いたのもあってしばらくは“過去のバンド”的な印象が定着してしまっていたように思う。

 

 こうした状態が覆されたのが2019年に発表された4thフル『H.A.Q.Q.』である。初期の激烈な演奏表現(新ドラマーLeo Didkovskyはこの時点ではGreg Foxほどのキレを示すことができていないものの非常にうまいし十分良い)と前作で開拓した複雑な構成を両立するために選ばれたのはMESHUGGAH的なリズム構成で(4小節や8小節の長尺の中で複雑なアクセント移動をする反復フレーズ、一見変拍子ポリリズムにみえるが実際は4/4に収まる)、アンサンブルの一体感が増したこともあわせて素晴らしい完成度が生まれている。バンドのリーダーであるHunter Hunt-Hendrixは2015年のインタビュー(註50)でMESHUGGAHのことを「ミニマル音楽とメタルを繋ぐ存在」と評しており、同記事には「自分の作曲技法はシュニトケに通じるが、ロックやラップ、クラシック音楽など、インターネットでみられるあらゆるものが混入している」「自分の音楽はブラックメタルよりグレン・ブランカやSWANS、SONIC YOUTHのようなNYシーンに近い」という発言もある。良く言えば視野が広い(悪く言えばとっちらかった)こうした志向が文句なしの達成にはつながらなかったのが3rdフル、ブラックメタル的な機能的快感も併せ持つ形で成功したのが4thフルなのだろう。これを機にLITURGYに再びメタル方面からの注目が集まるようになったのだった。

 

 

 以上の流れを受けて今年発表された5thフル『Origin Of The Alimonies』は上記のような音楽性とは全く異なるものになっている。Bandcamp掲載のプレスリリース(註51)によれば、「このアルバムは、ブラックメタルミニマリズム、実験的なクラブミュージック、そして19世紀のロマン主義からなる特徴的な合成物を新たな過激さへと押し上げた、LITURGYの最も綿密でラディカルな声明である。微分音、フリーインプロヴィゼーション、ポリメトリック(声部によって拍子が異なるリズム)構造、ワーグナーのムジークドラマ(歌唱中心ではなく歌唱と器楽を一体化し高度の劇構成をねらう形式)とライトモチーフ(オペラや交響曲などの楽曲中で特定の人物や状況と結びつけられ何度も用いられる短いフレーズ)のアイデアを探究し、Hunt-Hendrixは独自の“バースト・ビート”というテクニックを用いて、メタル、実験的なクラブミュージック、クラシック音楽のリズムの特徴を音声パターンと物語の流れのために結び付けている」という。カバラドイツ観念論、フランスのポスト構造主義の影響(衒学を超えた血肉になっているかは不明だが)を受けたオペラだという本作にはNYのアヴァンギャルド音楽シーンを代表する8人の達人が参加しており、ブラックメタルシーンで培われてきたスタイルの延長線上にあるものというよりも、ブラックメタルなどの語法を取り込んだ激烈なチェンバーロックとみるほうが吞み込みやすいかもしれない。アルバムの構成は序曲・第1部・第2部・間奏曲・第3部となっているが、メインとなっているのは間奏扱いの「Apparition of the Eternal Church」で、オリヴィエ・メシアン「L`Apparition de I`Église éternelle(永遠の教会の出現)」をブラックメタル化したこの14分余の大曲では、それこそGreg FoxやDaniel Tracy(DEAFHEAVNの超絶ドラマー)に通じるドラムスの荒れ狂うヨレ感が美しい安定感と完璧に両立され、正確なBPM進行を保ちつつ絶妙な減速→瞬間的にトップスピードに至る加速感を生むブラストビート(この一連の展開こそがHunt-Hendrixのいう“バースト・ビート”なのかもしれない)が異常なカタルシスを生み出している。本作が凄いのはそうしたブラックメタル的アンサンブルに客演の生楽器陣が完璧に寄り添っていることで、風塵のようなノイズ感と見通しの良さを両立する驚異的な音作り(録音とミックスはTHE BODY作品の多くで録音およびドラムプログラミングを担当するSeth Manchester)もあわせ、オーケストラ編成を含むロックサウンドとしては歴史的にも最高到達点と言っていいのではないかとすら思える。そうした生楽器にさりげなく加えられる電子音響的処理(主にグリッチ)はブラックメタルトレモロギターと同様の痙攣感覚を生み出していて双方の相性は非常に良いし、上記メシアンの楽曲をむしろKING CRIMSONバルトーク的に響かせるアレンジも興味深い。アルバム全体の構成はやはり歪で何度聴き通しても微妙に気になるが、そういう違和感込みで比類なき境地に達した傑作なのだと思う。

 

 Hunter Hunt-Hendrixは今年5月にトランスジェンダー女性であることを公表、「ある種の妥協からついに自由になった」というコメントを残している。その数か月後にはホルモン療法を開始し「自分の体があるべき姿に進化していくのを見ている」「恥ずかしさが減る一方で共感性は増し、自殺願望がなくなった」という彼女の感覚が遊び心を伴う激烈なオペラ形式のもとで綴られたのが本作なのであり、アルバムジャケットはそれを反映している。前作からの変化飛躍が凄まじいだけでなくNYの越境的音楽シーンにおける達成という点においても稀有の成果を示したアルバムだし、これをうけて生み出されるだろう以降の作品がとても楽しみである。

 

 

註49

Pitchfork - Liturgy

https://pitchfork.com/artists/27940-liturgy

 

註50

BOMB MAGAZINE:Hunter Hunt-Hendrix

(2015.4.7掲載)

https://bombmagazine.org/articles/hunter-hunt-hendrix/

 

註51

LITURGYのBandcampページにプレスリリース(作品のバックグラウンド解説)と参加ミュージシャンのクレジットあり

https://liturgy.bandcamp.com/album/origin-of-the-alimonies-2

 

 

 

 

Napalm Death:Throes Of Joy In The Jaws Of Defeatism(2020.9.18)

 

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 NAPALM DEATHというと誰もが連想するのが“史上最短の曲”「You Suffer」で、「You suffer but why」という早口絶叫+激速ブラストビートで2小節(1秒以内)を駆け抜けるこの曲は確かにインパクト満点なのだが、それは果たしてこのバンドの音楽性を代表するものなのだろうか?なんとなく賛成する人も含めれば9割以上がYESと答えそうなものだが、実際は完全にNOである。NAPALM DEATHの初期メンバーには脱退後にサブジャンルの創始者になった者が非常に多く、ビル・スティアー(CARCASS)やリー・ドリアン(ex. CATHEDRAL)、ジャスティン・ブロードリック(GODFLESH、JESUなど多数)、ミック・ハリス(ハードコア領域の伝説的ドラマーとしてだけでなくジョン・ゾーンビル・ラズウェルのような越境的ミュージシャンの人脈でも重要)がかつて所属していたバンドとしてばかり認識され、それらの初期メンバーが在籍していた3rdフルアルバムまではいずれも歴史的名盤と言われる一方でそれ以降の作品が言及されることは極めて少ない状況にある。そういう状況が定評の形成につながり、4th以降はバンドとしては出涸らしみたいなイメージを勝手に抱いたまま一切聴いたことのない人も多いのではないだろうか。しかし実態はまったく逆で、少なくとも作編曲の面ではその4th以降(現在の4人が揃った後)の方が遥かに凄いし面白い。自分も最近まで3rdフルまでしか聴いたことがなく、今年発表の17thフルである本作に感嘆し全アルバムを聴き通すことになった次第である。

 

 4thフル以降のNAPALM DEATHの音楽性を一言でいうならば「あらゆる文脈の音進行を横断融合するプログレッシヴで異常に巧いエクストリームミュージック」という感じだろうか。メタル・ハードコア両方のあらゆるサブジャンルに精通しており、その各々のエッセンスを醸し出す音進行を理解した上で駆使、演奏ニュアンスの描き分けもあわせて自在に統合してしまえる。「You Suffer」のイメージしかない人が連想するのはただ速くうるさいだけの一発芸的雑音だろうが、在り方としてはむしろTHE CUREBUCK-TICKに近く、固有の存在感を保ちながら楽曲単位でもアルバム単位でも全く異なる味を描き分けることができるのである。本作17thフルについてみると、冒頭を飾る「Fuck The Factoid」はDISCORDANCE AXIS的サイバーグラインドから初期MESHUGGAH的コード感&変則アクセント4拍子のキメにつながる(しかもそのどちらの亜流でもなく格的には同等以上の)驚異的な展開で、このバンドをナメていた人はここで一気に認識を叩き直されることになる。以降の楽曲もいずれも凄まじく、2曲目「Backlash Just Because」は5+5+7+5+5+9拍子のイントロから滑らかな疾走を挟みミドルテンポに繋がる展開が興味深いし、4曲目「Contagion」は日本のメロディアスなメタリックハードコア的なパートからENSLAVED~IHSAHN的な明るい暗黒浮遊感溢れるパートにつながる構成が素晴らしい。続く5曲目「Joie de ne Pas Vivre」はAMEBIXをインダストリアルメタル化したような艶やかな疾走部分とVOIVOD的なミドルパートの対比が絶妙だし、7曲目「Zero Gravitas Chamber」はCONVERGE的なメタリックハードコアから比較的オーソドックスなグラインドコアフレーズ(ただしキーチェンジを繰り返すためシンプルなようでいて表情は豊か)につながりMORBID ANGEL的なスローパートに至る流れが実に良い。11曲目「Acting in Gouged Faith」ではハードコアデスメタル的な序盤からMESHUGGAH(3rdフルの頃)的なコード感とともに疾走、高速7拍子のキメを挟んでブルデス的フレーズに至る展開がツギハギ感なく自然に仕上げられているのが見事。というふうに、NAPALM DEATHの音楽は文脈批評やそれをもとにした新境地の開拓・提案を作編曲と演奏面の両面でやってのける(そういった意味ではマニアにしか読み込めない)ハイコンテクストなものであり、その一方でそんなことは何も考えずに楽しめる圧倒的な機能的快感のあるキャッチーなものにもなっているのである。こうしたつくりはアルバム全体でもなされていて、本編最終曲「A Bellyful of Salt and Spleen」の初期SWANS的ジャンクからボーナストラック(これがあるデラックス版or日本盤の方が曲順も含め格段に完成度が高い)であるSONIC YOUTH「White Cross」およびRUDIMENTARY PENI「Blissful Myth」のカバーに至る流れなどはNYのアンダーグラウンドシーンからポストパンク~アナーコパンクに繋がるラインを美しく示唆している。以上のようなことを全てのアルバムにおいて異なる配合でやってのけてきた現編成NAPALM DEATHの活動はある意味ジョン・ゾーン(2012年発表の15thフル『Utilitarian』で客演してもいる)以上に越境的で、初期メンバーの凄まじい人脈と同じくらい適切に把握されるべきなのだと思う。本作はDECIBEL誌の年間ベスト1位を獲得する(註52)など各メディアでの評価も非常に高い。それも頷ける傑作なのでぜひ聴かれることをお勧めする。

 

 

註52

DECIBEL「SPOILER: Here Are Decibel`s Top 40 Albums of 2020」

https://www.decibelmagazine.com/2020/11/12/spoiler-here-are-decibels-top-40-albums-of-2020/#